横蔵寺 即身仏

 雨の日には拝観させて頂けないと、うかがっていたので、暗い空を見上げ、大丈夫かなと思いながら車を走らせました。
 幸い、お寺に着いても、本降りにはならず、お天気が味方してくれました。
 清流の清々しい音に迎えられ、樹齢300年と云う杉木立の中を、ひっそりと咲くシャガの花を見ながら境内を歩きました。

 深沙大将様にお会いしたくて拝観に伺いました。深沙大将様は、瑠璃光殿の奥で、髪を逆立て、丸いまなこをギロリと見開いておられました。手や脚には蛇が巻き付き、お腹には幼女の様な小面があります。
 深沙大将様を他のお寺でも拝観させて頂いたことがありましたが、その特異なお姿ばかりに気を取られ、そのご利益等に思いが至っておりませんでした。今回のご縁を機に、学ばせて頂き、病気平癒のご利益があり、修験道にとって大切な本尊様であることが、分かりました。

 近くには、大変端正なお顔をされた大日如来様が坐っておられました。少年の様な、若々しいお姿ですが、奈良県の円成寺さんの大日如来様とはまた違った、気高さを感じました。
 出入口近くには、慶派仏師・定慶作の仁王様がいらっしゃいました。少し離れていても、迫力が伝わってくる像で、室内に居られるのはお可哀そうでした。やはり山門にいらっしゃる方が、この仏様には相応しいと思える像でした。
 「美濃の正倉院」と言われるだけに、その他にもたくさんの仏様にお会いできました。
 
 本尊の薬師如来様は秘仏でお会い出来ませんでした。実は、今のご本尊様は二代目で、現在、比叡山延暦寺の根本中堂にいらっしゃる薬師如来様が、先代のご本尊様なのだそうです。戦国時代、織田信長の焼き討ちで、延暦寺の御本尊様が焼失した際、もともと同じ一本の木から造られたと言われていた当寺の薬師如来様が、比叡山へお移りになられたそうです。
 
 瑠璃光殿を出ると、向いに舎利堂がありました。2つのお堂がセットになっている拝観券だったので、何も考えず上がらせて頂きました。予備知識のない私が「こちらには、どんな仏様が祀られているのですか。」と、受付の方に尋ねると「ミイラです。説明を流しますのでお聞きください。」と、おっしゃられ、カセットテープの解説が始まりました。

 まさか、今日、即身仏様を拝観するとは思いませんでした。あまりのことに混乱し、怖さも感じながら、即身仏様が祀られている奥のほうへと、ゆっくり進みました。即身仏様は祭壇の後の、ガラスケースの中にいらっしゃいました。

 しっかりと手を組んで坐って居られました。そして、何か仰っているように丸く口を開けてらっしゃいました。すぐ近くでお参り出来るので、歯などの細かなところまで拝見できました。
 生まれて初めてでした。東北には即身仏様があるとテレビで見たことはありますが、実際に見るとは思いもしませんでした。
 テレビで見た即身仏様は鮮やかな色の袈裟を纏われ、きらびやかな須彌壇に祀られていましたが、この仏様は頭巾すら被らず、入定されたお姿のままガラスケースの中に祀られていました。
 
 即身仏になるためには一千日以上もの間、それに向けてとてつもない修行が必要だと、以前京都のお寺で伺いました。
 隣りでじっと拝観していた女房は「しんどかったやろ」と言いながら泣いていました。

 後でお聞きしたところ、この即身仏様は妙心上人様とおっしゃり、江戸中期、この村でお生まれになった方だそうです。
 俗名は古野小市郎熊吉と仰られるそうで、僧侶になられてからは富士山で行者の修行をされ、地元の人々に慕われたとのことです。36歳の時、衆生を救済する為、即身仏になられることを決意され、31日間の断食の後、御正体山で入定されました。しかし、明治の廃仏毀釈でお祀りされていた山から下ろされ、見世物になったそうです。その後、山梨県庁、甲府病院に移されました。明治の中頃、上人様のご子孫や横蔵寺の御住職が働きかけられて、ようやく故郷に帰ることができ、こうして横蔵寺にお祀りされることになったそうです。
 
 上人様は、元々、蕎麦粉を水で溶いたものしか召し上がらなかったようで、そのせいか(ミイラの様な防腐処理をしていないのに)傷まないのだそうです。
 また、36歳と云う年齢は、即身仏になられた僧侶の中では最も若いとも言われていました。

それにしても、何と高潔で、無欲な生き方なのでしょう。伺えば伺うほどそんなことができた方が、昔、いらっしゃったことに、只々驚くばかりです。

 緩やかな自殺だと、言う方もいますが、そもそも、生前に余程の人望がなければ、即身仏になるとは言え、人の死に手を貸そうという人たちは現れないと思います。
 
 秋には、見事な紅葉で有名な横蔵寺に、たくさんの方がお参りに訪れるそうです。
 上人様は故郷に帰られ、たくさんのお参りの方にお会いできて喜んでおられるのでしょうか。上人様が命を懸けて願われた人々の幸せが、現在の、我々のこの姿だと良いのですが。

西国三十三所の谷汲山華厳寺の近くですので、行かれた際には、ぜひ、このお寺にもお参りされると良いと思います。