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「あなたの会社に」「その」退職金制度は必要ですか?

日経COMEMO日経新聞連動企画のテーマが「#退職金制度は必要ですか」と人事労務管理を扱う法務パーソンの私にとって大変興味深いテーマでありましたので、今日はこのテーマについて法務パーソンの目線から思うところを書いていきたいと思います。

#COMEMO #退職金制度は必要ですか

1 「退職金制度は必要ですか?」

今回のテーマである「退職金制度は必要ですか?」という問いについては、その会社の人事戦略によって結論が左右されるべきであると考えています。そのため、その会社の人事戦略的な観点から有益であればその会社にとっては必要でしょうし、無益または有害であればその会社にとっては必要ないということになるのでしょう。

退職金制度の法的性質は、一般に、給与の後払いや勤務期間における功労報奨とされています(小田急電鉄退職金請求事件:東京高判H15.12.11等)。法退職金制度は必ず設けなければならないものでなく任意のものになりますので、上記の性格を踏まえても別に退職金として後払いにせず基本給を上げてもいいわけですし、功労報奨も未来に回さずその期の賞与に反映するという考えもあるでしょう。

まず、重要だと思いますのは、退職金制度はポイント制か退職時の給与と勤続年数の係数により設計しなければならないものであるという先入観がありましたらそれを撤回していただくことだと思います。

2 人事戦略と退職金の関係

人事戦略との関係で検討すべきといっても、退職金と人事戦略ってどんな関係なんだとお思いの方もいるかもしれません。そこで2ではこの点について論じていければと存じます。

(1) 退職金制度の変容

退職金制度は、バブル崩壊前は、年功序列・職能性といったいわゆる「日本的経営」にマッチした、基本給に在籍期間を係数化したものを乗じて算出した額を支給するものが主流であった。しかし、バブル崩壊後、人事制度が成果主義化・職務等級化の動きを見せる中で、退職金についても個人業績や会社への貢献度を反映調整できるようにする観点からポイント制度退職金が特に大企業を中心に主流化していきました(※)。

そしてまた、下記の記事で指摘されているように人事制度が変容していっている現在、これらに適した退職金制度が次の主流となっていくのか、多様な働き方となるので主流自体がなくなり柔軟化していくのかのいずれではないかと見ております。

※大湾秀雄ら「なぜ退職金や賞与制度はあるのか」日本労働研究雑誌 2009年4月号18頁~

(2)退職金の人事的な機能

その会社にとって人事戦略上適切な退職金制度を設計するにあたり、なぜ退職金制度を設けるかという退職金制度の人事的な機能を把握する必要があるかと存じますところここで紹介します。端的に申し上げますと主として下記の3つの機能が期待されて退職金制度が設けられます。

①人材の獲得
これは、その会社の退職金制度が求職者にとって魅力的に映ることによって、リクルート活動において他の会社との競争優位に立ちうるというものになります。

②人材の定着
こちらは退職金支給要件との関係から、従業員が何年はいようですとか長くいるほど得なのでずっといようというものになります。

③離職の促進
これは、意外に思われるかもしれませんが、早期退職者優遇として退職金を上積みするように、従業員が退職金がたくさんもらえるタイミングでやめようとすることになるものなります。

(3)上記を踏まえた設計の例

例えば、人が長期在籍し経験を積んで初めて活躍してもらえるような業態なのに居つかずに困っているという企業であれば、ポイント制であった従前の在職年数を係数化するような長くいるほど得をするような退職金制度が好ましいことになるでしょう(もちろん、職場環境自体の問題でそちらの改善がこそが重要です)。他方で、とにかく流動性を重視し定着は期待しないということであれば、退職金制度は導入せずに給与テーブルを上げるか一定の時期に限り支給するといった制度が適することになるでしょう。また、最低な〇年はいてほしいということであれば、その期間を経過するかしないかで退職金の額が大きく変わるようにするという方法も考えられます。

また、例えば下記のようにして一つの会社で複数の制度を採用することも可能で、総合職ではなく専門職や職種限定での採用とする企業ではこのような制度とすることも一案として考えられます。
・年次の影響が大きい職種は定着を重視しポイント制とする。
・業界変化が激しくその時々で有用なスキルを有する人が活躍できるように流動性を重視する職種では、入社から〇年毎に高額の支給をする制度とする。

(4)私的な意見

私自身は転職を経験しておりますし、法務やそれ以外の部署の中途採用の方と一緒に仕事をする中で思いますのは、やはりどれほど優秀な方でも入社した日から即日活躍するというよりは適応して活躍するまでに一定の時間はかかりますし、あまり頻繁に人が入れ替わるとそちらに工数をとられ本来の業務に時間をとれなくなったり雰囲気が悪くなったりします。そうしますと、不要とまで振り切れる企業は稀で、人材の流動性が高くなっていく(=退職することへのハードルが下がっていく)中ではリテンションの機能に重きを置いてどのように設計をしていくかということが、人事戦略上のポイントになっていくだろうと思っております。


3 「あなたの会社には」「その」退職金制度は必要ですか?

これまで述べましたように、退職金制度が必要かは会社によって異なりますし、どのような退職金制度が適切かという点も会社によって異なります。

そこで、会社として人材ポートフォリオをどうしたいか、人の流動性をどうしたいかという点を明確にし、その求める状況に対して退職金制度が上記の3つの機能により有益なものになっているか、なっていないとすればどうすれば有益なものとなるかという点が、今後の退職金制度の在り方なのではないでしょうか。

4 補足

なお、一点、法務の観点から留意をしていただきたい点を補足します。

確立した退職金制度がある会社において、退職金制度を変えることは労働条件の変更となり、会社と従業員の合意ではなく、会社が就業規則の変更により一方的に行う場合には合理性が要求されます。この点について退職金制度は労働者(従業員)にとって最も重要な権利の一つとして考えられるため、裁判所は高度の必要性を要請した上で厳しく判断する傾向にあります(大曲市農協事件ほか)。また、同意があっても、強引に実施すると同意を無効とされる場合があります(山梨県民信用組合事件等)。

そのため、退職金制度を変更するとしても、現在いる従業員については旧制度か新制度を自分で選択してもらう等個々の従業員にとって不利益となることを極小化するための工夫が求められます。

安易な制度変更は変更無効とされるおそれが大きく、慎重に検討実施をしていかなければならない点にご留意ください。

【備考】

電子書籍を書いたりしています。Kindle Unlimitedに加入している方は無料で読めますので、お読みいただきご意見等いただけるととてもうれしいです。





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