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【蓼、パンを食う】 Chapter 2


「研究所?」

「そうだよ。私は研究所にいた。研究所で蓼として育てられたんだ。それがうっかり排水口から流れてしまって川沿いにたどり着いたところを収穫された。」

「で、あの日の鮎料理屋に。」

「そんなところさ。」

「で、博士ってのは?」

「博士は博士だよ。イメージ通りの白髪頭の男さ。風呂に入ったり入らなかったり集中しすぎて研究の最中に気を失ったり。少し変わってる。想像したイメージからは変わらないだろうけど。朝食はだいたいトーストにさっきのジャムさ。」

「ジャムが好きなんだろうな。」

「生活に必要最低限なことで唯一時間を費やすのがその時間だよ。トーストをじっくり焼き切ってジャムを塗って美味しそうにそれを平らげるんだ。コーヒーも淹れてね、いい香りがするんだ。小麦を挽いた粉を焼いたものとコーヒーの実を炒って挽いたものを煮出して作った飲み物さ。蓼を挽いて焼いたってそんなことにゃならない。」

そう言って蓼は少し戯けてみせた、ような気がした。

「世の中ってのは不平等だ。蓼にとっては。」

「蓼に限ったことじゃない。」

「いや、蓼に限った話をさせてくれ。博士は毎日パンを食う。私はそれを眺めてたんだ。水耕栽培の養液で十分な栄養を得ていたからその時はなんとも思わなかったけど、こうやってパンを食べてみると多くの時間と楽しみを失ってきたんじゃないかっておもってるんだ。」

蓼はカニパンのクズを丁寧に寄せ集め、愛おしそうにそれを食べた。

「おいしいよ。このパン。カニパンだったね。おいしいって感覚、そうだよ、その感覚は溶液に浸かるだけじゃわからなかった。」

機会、そんなことが頭をふっと通り過ぎた。変な気持ちだ。この蓼にいろんな機会がこの先あるといいな、そんなことを考えた。

「新幹線を予約した。長良川までは行けないけど、途中で乗り換えてそんなに時間をかけずに到着できる。」

「電車だっけ?このガラスのコップも持って入れるのか?」

「問題ないと思う。」

「このコップはいいものだよ。」

「ありがとう。」

「で、その新幹線の中では何をすればいい。」

「何もしなくていい。景色を眺めながらカニパンでも食べてればそのうちに着く。」

「景色、か。カニパンも。」

「いろんなものがあって、新幹線の旅をきっと気にいると思う。」

「なぁ、なんだかいいな、旅って。知らないことだらけの中を行くんだ。」


【続く】





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