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【六月柿】 旅する日本語 完全版


※本作品は、【旅する日本語】に応募した作品をまとめ、一部加筆したものです。1話400字以内だったので句読点などおかしなところが多々ありますが、原作を出来る限り忠実にのせるためにそのままにしてあります。
1万字以上ありますので、目次をつけてあります。時間のある時に少しずつでも読んでもらえたらいいな。

では、六月柿を中心に広がる物語を、ゆっくりと楽しんでくださいね!





八月のはじめ
【車内販売】



「冷し六月柿いかがですか〜」

車内販売の女性がやってきた。

乗客が氷の入った桶の上を見つめる。

ピカピカの真っ赤なトマトが並んでいる。

新鮮なトマトのヘタの青い香りが車内に漂う

皆、自身の二つ前の席のあたりに差し掛かり、女性が己の横を通り過ぎるまで、桶の中を凝視している。

思うことは同じ。六月柿って呼んでるあれ、トマトだよね

人気の若手芸人の座っていたあたりで、ふいに販売員の女性が立ち止まる。

しばらく動かない。心なしか震えながら言葉を発する

「早くつっこんでください、楽になりたいんです!」

すぐさま若手芸人が立ち上がる

「トマトやないか!!」

販売員がその場に崩れ落ちる。


皆の視線が辛かった…

言葉にならない、声が…


若手芸人が話しかける

「トマトうまそうやな、いくらやねん。ビールももらおかな」

「えっ、買って下さるんですか?トマトを?」

周りの乗客も少しざわつき

「わたしも!」「僕もトマト一つ!」

あれやこれやと、あっという間

「あ、ありがとうございます!」


青々と昔懐かし夏の味

私は一度だけ、六月柿を売り切りました。夏の暑い日のこと。暑い暑い、夏の日に



八月三十日
【六月柿とひき肉の汁なしソバ】
浩一



京都に来ている。


浩一は古い家屋風の店の前の、日替わりメニューの書かれたボードを見て回っている

「六月柿とひき肉の汁なしソバか、きになるな」

店に入ってみることにした

木の温もりを感じる店内。

店員をひきとめ、先程の料理を頼む

「六月柿とひき肉の汁なしソバとビールひとつください!」

「はーい、六月柿とひき肉の汁なしソバにビールね」


ビールを飲み、しばらくしてソバが届く

「六月柿とひき肉の汁なしソバおまたせしました」

一瞬息をのむ

「六月柿とひき肉の汁なしソバって、これ、スパゲティ・ミートソースやん?」


ヘイ、Siri!今日僕は君の知らないオシャレな料理名を知ったんだ!褒めてくれるかい?なあ、Siri?



【BLTサンド】
浩一



久々の京都にワクワクしている。

浩一は気になるお店をのぞいては品を物色し、ちょっとした買い物を続けていた。

それにしても暑い。カフェで涼みながらタバコでも吸おうか。個人経営のような場所に入る。

少し先にカフェらしき建物が見えて、たまらず駆け込む

アイスコーヒーを頼み、ついでに軽食もとろうと思い、あるメニューがふと目に付いた。



【BLRサンド】


店員に話しかける

「俺知ってるで、このサンド、ベーコンとレタスと六月柿のサンドイッチのことやろ!?六月柿。もう知ってるで!」

「お客様すいません、六月柿がなにかを存じ上げませんが、このサンドはベーコン、レタスとRoma産のトマトをはさんでいます。」


ヘイ、Siri!人生は時に複雑なことがおきて、俺はいつも取り残されたような気持ちになるんだ。いったいこの感情をなんて呼べばいいんだい?おい、Siri、眠ったのか?



【トマト売りの少女】



緑は自信を持って六月柿を売る。
あの日、芸人さんに救われたのは偶然ではない。

8月ももう終わり、京都から大阪へ向かう途中の新幹線。

桶にはいった六月柿を指差して、一人の紳士が問いかける

「お姉ちゃん、トマトを六月柿言うんなら、柿はなんて呼んだらいいんかな」

「あら、お客様、柿は柿ですよ?なんで別名で呼ばなきゃいけないんですか?あはっ」

「いや、ちゃうねん、ごめんごめん。十一月トマトとか言って欲しかっただけで、そのあとニッコリしながら八月のトマトちょうだいって言いたかっただけなんや、ごめん」

「すいませんお客様、八月のトマトは現在車内で取り扱っておりません」

「でもそれ、六月柿って名前やけど、八月に収穫したトマトやろ?」

「クレーマーですか?当社では八月トマトは取り扱っておりません!!」


ママ、聞こえる?私、今、輝いてます!



【BL6サンド】
浩一



疲弊を隠せない。六月柿が頭から離れない。

今夜は伏見稲荷近くで取引先と一杯飲む予定だが、気持ちの切り替えが難しい。

タバコが吸いたい。カフェだ、喫煙可能なカフェ。

前方にそれらしき建物があり、軒先の黒板に目がいく。



【BL6サンド】


「またや、また6や。」

不安な気持ちを抱えつつも、足は店内に向かい、涼しそうな席に腰を下した

「おねえさん、BL6サンドとアイスコーヒーちょうだい」


10分後、運ばれてきたサンドイッチをかじる。

浩一の舌が、このサンドイッチにはトマトが挟まれていないことに気づいた

「お姉さん、この6って六月柿って意味じゃないの?トマトの古語の」

「お客様、六月柿の意味がわかりませんが、6は永六輔さんの6です。オーナーが大ファンでして、このオーダーを頂くと、キッチン内の皆が上を向いて調理させていただいてます。」

「ぉ、ぉぅ」


ヘイ、Siri!世の中は知らないことばかりだ、でもひょっとしたら、俺自身が俺の知らない世の中に来ちゃったのかもしれない、そんなことも考え始めた。ヘイ、Siri、君にはわかるのかい?俺は一体どこにいる?



【伏見稲荷、飲み屋にて】
浩一



「プハッ」

泡が口の中に滑り込んでくる、ビールがうまい

「いやぁ久々の京都でえらい目にあいましたわ」

「へ、何かあったんですか?」

「トマトですよ、トマ、へっ、あれですわ!」

浩一は本日のおすすめの書かれたホワイトボードにある文字をみつけた

【冷やしトマト オニオンスライスとポンズで!】

「あれもらいましょ、来たらわかるわ、すいませんおねえさん、あの冷やしトマトひとつください」

「はーい、冷やしトマト一丁!」

「きひひひ、驚くやろな」


「はーい、おまたせ、冷やしトマトです!」

トマトが届く

「ほら、六月柿書いてあるのに、実はトマトなんや。まぎらわしいやろ」

「いやいや、何いうてはるんですか、トマトはトマトでしょ」

「おーい、店員さん、これ六月柿、実はトマトですってみんなびっくりするんちゃいます?」

「すいません、ちょっと六月柿って名前を存じ上げませんが、トマトはトマトですよ。」

「いやいやメニュー見てみいな、六月柿て書いたるやろ!」

「お客さん、どうしたんですか、冷やしトマトは冷やしトマトですよ。メニューにもほら!」

「浩一さん、大丈夫ですか?すこし旅の疲れが出ました?」


ヘイ、Siri!真っ赤に熟れたトマトを食べたことがあるかい?ほんのちょっと塩を振るだけでとびっきりの夏のごちそうなんだ!今度奢るよ、最高のやつを、さ!なあ、Siri!



【禁断の果実】



「六月柿いかがですか〜冷たくて美味しい六月柿いかがですか〜」

みんなに知ってほしい。六月柿と呼ぶことによってこの果実の甘みが愛おしくおもえることを

「六月柿いかがですか〜冷たくて美味しい六月柿いかがですか〜」

手にして、感じて欲しい。このまるまるとした果実の柔らかさ

「六月柿いかがですか〜冷たくて美味しい六月柿いかがですか〜」

特別を手にした気がする。
平凡な人生を歩んできたわたしの、初めての特別。
スペシャルなわたし。
この呼び名はわたしだけのもの。

「六月柿か、懐かしい名前だな。昔、爺さんの畑でそんな名前で呼ばれてたっけ。すいません、六月柿、一つ、いただけませんか?」

「かしこまりました。トマトをお一つですね。ありがとうございます。」

ママ!わたし自分の感情にまた一つ嘘をついた!ホントは許せなかった、わたし以外の人があの名前を呼ぶなんて!
ありがとうございますなんて、ホントは言いたくなかった!



【京都から新大阪へ向かう各駅電車】
浩一



浩一は大阪に宿を取っていた。一度大阪へ戻り週末を両親と過ごし、日曜に新幹線で住み慣れない東京へ帰る。

京都駅から大阪方面へ向かう各駅電車、人もまばらな車内に深く腰をかける。

長い1日であった。

昼を食べてからおかしなものにとらわれつづけている。

視線をあげる、
ふと目にとまる。

シートの近く、車内のマナーの案内に書かれた文字【ろくがつがき】

「なんや、あれ!まだワシを惑わせたいんか、なぁ!」

浩一は人目を憚らず大声を上げ、血走った目で車内の案内を指差し激怒する


次の停車駅で駅員が乗り込み、事情を聞かれる

「ろくがつがきろくがつがきなんやねん!いちにちずっとあんなんや!これいじょうかかわらんといてくれや!かきもトマトもようわからへんのじゃ!」

「お客様、六月柿を存じ上げませんが、あそこに書いてあるのは、【ろくにんがけ】ですよ」


ヘイ、Siri!世界はまるっこくて、笑っちゃうくらいまんまるで。みんながその上に立って、生きている!きこえるかい、Siri?俺もおまえも、トマトも柿も、みんな同じ、丸い星の上でめぐり逢うのさ!



【わたしだけのもの】



ふと感じることが増えた。六月柿という名が先で、トマトがあとからついた名なのか、もしくはその逆なのか。

そんなことはどうでもいい、緑は車内の窓に映る自分に微笑みかける。

私は六月柿の妖精だ

私だけの六月柿、皆トマトと呼ぶといい。トマトと呼ばれれば呼ばれるほど、六月柿とわたしの親密度は上がるのだ

イタリアもスペインも、わたしが六月柿と呼ぶ限り、トマト祭りすらもわたしの前では無力だ

年間何百トンのトマトを煮込もうが、それはトマトですらない

モッツァレラとバジルと合わせようが、あなたたちは六月柿には届かない

出会いが私を変えた

やっと私は私になれた

スーパーのレシートに刻まれたトマトの三文字をみて安堵する

わたしだけの六月柿

ずっとずっとこんな日が続きますように…

トマトの字が×で塗り隠された野菜図鑑を抱え、緑は目を閉じる

そして、その朝が来た


ママ、私の中で実る自我。真っ赤に実る私の自我。



【全ての夜は次の朝へとむかう】
浩一

 


ホテルに着いた

京都から大阪になんとか着いた

酔い覚ましに買った発泡酒をあけ、ベッドに横たわる

テレビにはCMが映る。チキンラーメンのCMだ

「新垣結衣か、ユイアラガキって表記じゃなくてよかったわ。混乱するとこやった」

ユイアラガキが検証をはじめる。トマトジュースで作るチキンラーメンがおいしい、と

「は、は、はぃぁっ、またや、またトマトや!またや、またアラガキトマトや!」

オレン ジ色

の 部屋の 

明かり が 小さく

 る 視野が 狭窄する


「ろくがつでらーめんってなんやそくせきらーめんにかきのしるいれてってどないすんねんおどれらほんまええかげんにせえよわしはねたいんじゃはよこのいちにちをおわら せ     た


明かりのついたままの部屋が闇に包まれた
意識が

とんだ


ヘイ、Siri!真っ赤な六月柿みたいに笑って!心の中に笑顔をたくさん実らせたいんだ!ヘイ、Siri?教えてくれよ!笑顔になれる秘密の場所をさ!



ヘイ、浩一!長い1日だったね!笑顔に秘密なんてないんだ、自然と笑えるような幸せに気づけたならさ、それはそれはステキなことさ!もうすぐだよ、その時は。
きっと、すぐそこにきてる!



八月三一日
【六月柿の販売最終日】



「皆さん、お疲れ様です。夏休みの間の特別販売商品、六月柿も本日8月31日の土曜日を持っておしまいです!」

本当に最後なんだ、今日が。売れるかな、六月柿

焼けるようなプラットフォーム、夏ももう終わりだ

春の入社時にバッサリ切った、それがもう今は首にかかるくらいに伸びたまっすぐな髪を熱風が揺らす

福岡から大阪までを担当した販売員と交代に、東京へ向かう新幹線に乗り込む

全く売れていないな、緑は残りの在庫を確認し、意気込む

わたしは六月柿を売り切る

夏を送り出す儀式、わたしだけの一人夏祭り

夏の終わりの朝のこと


ママ、ママ、ママ、いつか会えるといいな。ママ、いつかママに会えるんじゃないかって始めたこの仕事も、やりがいが出てきました。ありがとう、ママ。わたしは今日、全ての六月柿を売って、立派になって、いつかママの目にとまるようなくらいに立派になります。



【東京へむかう、八月の終わりの土曜日】 
 浩一



会社の上司からの電話で目を覚ます

両親と過ごす週末を切り上げてこのまま東京へ帰ることになった。

新大阪の駅で新幹線の切符を買う

指定席は3人がけの席しかあいていない

「3人がけか、この席クルッと裏返してろくにんがけとかもうやめてくれよ」


真っ赤に焼けたプラットフォーム、浩一は新幹線を待つ

トマトジュースをキオスクで買い、独言る

「トマトとちゃうで、六月柿や、おまえはんは」

グビッと飲み干す

新幹線を待つ間に実家に電話し、帰れなくなった旨を伝え、車内に乗り込んだ


隣はまだ誰も座っていない

新幹線が動き出し、時折車両間のドアが開く

後部車両からか、声が聞こえた気がした



「六月柿いかがですか〜、冷たい六月柿いかがですか〜」




ヘイ、Siri!運命ってあるのかい?
俺にはわかるぜ、運命かなにか呼び名は知らないけれど、波が浜辺の砂を海の中へ運ぶように、時に俺たちはなにかに強く引きずられる。俺は今から砂になって、もう少しだけ彷徨うんだろう?
なあ、Siri?
俺はそれでかまわない



【六月柿畑でつかまえて】
緑と浩一


「六月柿いかがですか〜、冷たい六月柿いかがですか〜」

「ま、また、や、ろくがつがきや、なんで、きのうはおわったはずや、きょうはきょうやで、なんでや、なんでろくがつがきがしんかんせんで、そんなあほな、はちがつやで、さいしゅうび、しんかんせん、とまと、なんでや」

肘掛けが震える、その肘掛けを抑え込む腕が震える

「六月柿いかがですか〜、冷たい六月柿いかがですか〜」

じっとりと汗が滲み、呼吸が浅くなる、目の両端がチカチカする、脳が中心へ向かって縮み、頭皮がそれに張り付くような錯覚をおぼえる

「六月柿いかがですか〜、冷たい六月柿いかがですか〜」

近づいてくる、たしかに聞こえる

「六月柿いかがですか〜、冷たい六月柿いかがで、あ、六月柿一つですね、ありがとうございます!」

「買ったんかい!」

浩一は立ち上がり、声をはる

トンネル内のノイズがその声をかきけす

立ちくらみ、ふらつく

がたっ

脚がシートにもつれ、不覚にも3人がけのシートがぐるっとまわり、ろくにんがけのファミリーシートとなる

後部座席には若い男性がひとり、おどろいた様子で浩一を見上げる

「ねえちゃん、こっちや、そのトマト、こっちや、」

緑はほくそ笑む、トマト、だって?おもしろい…

「お客様、こちらはトマトではありません、トマトの取り扱いはございません」

浩一が目を見開く

「トマトやで、それ、どうみてもトマトやろ、昨日からややこしいねん、その呼び名!」

「お客様、この果実は六月柿でございます!」

「しっとるわ、その呼び名、なんなら他の呼び名も言うたるぞ、それは赤茄子や、それはポモドーロや、それは愛のトマトや!」

「愛のトマト、それは違います、愛のリンゴ、それがトマトの別名です!!フランス語の名前です、ムッシュウ!!」

「やかまっしゃぁ、だれがムッシュウやねん!ムッシュ吉崎とちゃうねんぞ!」

「クリスタルキングですか!かまやつがくるかって思ってましたよ!」

「どうでもええねん、その憶測!大都会でもなんでも、問題はそのなんとか柿って呼び名じゃ!昨日からなんやねん、その柿かトマトかわからん名前!」

「お客様、この柿は福岡産です!」

「福岡産がなんや、なんの関係があんねん!」

「落ち着きなさい、お客様!クリスタルキングの大都会、福岡なんです!あれ、東京じゃなくて、福岡なんです!」

「福岡、トマト、柿、は?」

「じゃあ、福岡県北九州市出身の鈴鹿アンリミテッドFCに所属していたサッカー選手は?」

「柿本健太や」

「じゃあお客様、天神にあるカキもおいしいイタリアンの名前は?」

「カキジローや」

「イタリアンと言えば?」

「トマトやろ」

「じゃあ福岡で有名な種無しの果実【秋王】と言えば?」

「甘柿やろ」

「よろしい、じゃあこの果実は?」

「六月柿」

「おいくつご用意しますか?」

「ぉぅ、み、みっつ?」

「六月柿3つですね、ありがとうございます!」

ろくにんがけになったシートに座っていた若い男性が緑に目を合わせる

「僕もまた1つ貰おうかな、こないだうまかったしな、」

「あ、こないだの芸人さん」

若手芸人が緑と浩一の顔をゆっくりとみわたし、微笑みながら続けた

「どうですか、お二人とも。もし東京に着いた後お時間があれば、会っていただきたい人がいます」


ママ、私テレビに出ることになりました!どこかで観てくれるかな、ママ、元気な私を観てください。面影あるかな。そして、もしできたら、私に会いにきてほしい。本名で、ママのつけてくれた名前で、私はテレビにでます。ママ、私を見つけてください。



初秋
【コント】
緑と浩一





「はーい、お次は新鋭デュオ、ラブ・アップルさんで、コント【八百屋】です!」




ママ、これがあなたの産んだ娘。どうかママが笑顔になれますように!





「いや〜今日も暑いわ、あ、八百屋や、晩酌はトマトにビールにしよか、ついでに買ってこ」

「いらっしゃいませ、豚肉の納品ですか?お肉屋さんは突き当たりを右に曲がったところです」

「だれが豚肉やねん!トマトや、トマトが欲しいねん」

「あ、トマトでございますね!八百屋は店を出て左へ10m、そこで180度くるっと回っていただいて、ブヒッと泣いたらまた10m進んだところにございます!」

「ブヒってなんや!それにその道案内0地点に戻っとるやないか、ここが八百屋ってことやろ、」

「鋭いですねお客様、そうです、ここが八百屋でございます」

「知っとるわ!だれが魚屋にトマト買いに来るんや」

「いや、お客様、当店は魚屋ではなく、八百屋です」

「例えばの話や!八百屋やからトマト買いにきとんねん!」

「あ、お客さん、ひょっとして八百屋もトマトも上から読んでも下から読んでも八百屋もトマトも同じってツッコミ待ってます?」

「めんどくさいわ、くだらん話してる間にも貴重な酸素吸って二酸化炭素吐き続けてんねんぞ!はよ、トマトや!」

「あ、よくご存知ですね、二酸化炭素を用いた栽培」

「はよせぇって言っとんねん!トマトをくださいって!トマトをわたしに売ってください!」

「お友豚への贈り物ですか?それでしたらあちらの根菜などいかがでしょう。だいぶ傷んじゃって売り物にならないんですけど、もしお友豚の方が気になさらない感じでしたら」

「ぉ、おぅ、お友豚って、また豚言うてるぞ!客に豚って!まあええわ、そこのトマトひと山ちょうだい」

「あ、お客様、それでしたらこちらのパールトマトはいかがですか?甘くておいしいですよ」

「パールって真珠やないか、豚に真珠っ言いたいんか!」

「ぷっ、お客様、するどい、ぷぷっ」

「鋭いってそれ、全面的にみとめとるで!おまえはわしへの侮辱を自ら全面的に肯定しとるで!はよ、そこのトマトや、ザルに3つのってるやつ、それちょうだい!」

「お客様もうしわけありません、そちらはトマトでなく、六月柿です」

「は?」

「お客様の選んだその果実は六月柿といいます。トマトではありません」

「なんのこっちゃ、どうみてもトマトやろ」

「いえいえお客様、こちらは六月柿であります」

「はぁ?じゃあこれはトマトとちゃうくて、六月柿、じゃあその隣は?」

「隣はですね、外は夏で暑いのにわざわざ温室で栽培した、温室小屋栽培六月柿です」

「温室小屋って豚小屋みたいに言うなよ、ハウス栽培トマトってこっちゃろ、じゃあその隣は?」

「こちらはスペイン産の六月柿です。イベリコ豚の牧場内で育てられた有機栽培なんですよ」

「おい、ええ加減豚から離れろや!じゃあその隣は!?」

「ぷっ、こちらはパールトマトですので、お客様がお買い上げになりますと、ことわざみたいになっちゃいますよ」

「まだ言うか!やっとトマトや言うたのに、購買意欲削がれるわ!じゃあその隣!」

「三丁目の山中さんです」

「いや、いやいやいや、山中さんたしかにトマトとトマトの境目あたりに立っとるけどな、そんなことやないねん!野菜買いにきただけで個人情報漏洩しとるやないか!なんちゅう世の中やねん!もう一度いうで、その豚に真珠の隣の柿はなんやねん」

「お客様どうされました?柿は柿ですよ、果物の柿」

「バカにしとんのか、さんざん今までややこしい呼び方してトマトを柿だのよんどいて柿は柿って真顔で言うなや」

「じゃあ、季節が逆の南半球で採れたものですから、八月柿とでも呼びましょうか」

「ほうか、じゃあその隣のパールトマトも八月トマトでええんやな」

「八月に収穫してますから、お客様がそう呼びたければどうぞ」

「じゃあさいしょの六月柿も八月に採れたら八月六月柿かい」

「いやいやお客様、六月柿は六月柿です」

「ややこしいわ、なんで六月柿だけ譲らへんねん、まあええわ、最初の六月柿ひと山くれや」

「かしこまりました、フルーツトマトひと山で380円です」



ヘイ、Siri!太陽はひとりぼっちって映画を知ってるかい?
アラン・ドロンの古い映画さ!
もし君が太陽のように、みんなを照らすようにいきていて、それでも自分がちゃんと生きれてるかどうか不安になったら、そっと周りを見渡してほしい。
畑いっぱいに実った、この六月柿のようなまん丸の笑顔が、真っ赤に輝くまん丸の笑顔がそこにあったのなら、きっと君の笑顔も同じようにまんまるだってことさ。
だから君はひとりぼっちなんかじゃないんだ。
でも愛で育った果実を自分でもぎ取っちゃいけないよ、だって、その果実に詰まった愛はまた違う場所で、沢山の笑顔を作るんだからさ!

ヘイ、Siri!今年もたくさんの六月柿が実った。
去年よりも、もっともっと。
なあ、Siri?もしもあの子に会ったら伝えてくれるかい?
来年も、また夏が来たなら、
暑い暑い夏が来たなら、きっと会えるって










六月柿の季節のおわるころ
【エピローグ】
浩一とSiri


ヘイ、浩一!
返事が遅れたよ、すまない
ちょっと遠くに行ってたんだ、遠くへさ
それに、Siriに人生相談するもんじゃないぜ
なんていうかさ、答え出しちゃうとさ、人生つまらなくないか?
みどりちゃんだっけ?よかったな、ママと会えてさ。

ってホラ、答え出すとつまらないだろう?
なあ、浩一
お前の旅はお前が一番前を歩くんだ
だから俺から言えることって、こんなことぐらいだよ
おまえの周りにずっとずっと沢山のまんまるの果実が実りますように!
















Hey、浩一、まだ寝てるのかい?いい加減起きろよ


なんや、また朝か、


Hey、浩一、YouTube、またつけっぱなしだ、六月柿のコント、そればっかりもう3日もだ



ほっといてくれ


まあ、いい、充電だけはしといてくれ、君が眠り続けることはかまわない。でも電源から常に充電だけはし続けてくれ、聞こえるかい?



hey、浩一、聞こえるかい?僕を常に充電しておいてくれ、もうすぐそれはくる。秋と同じ頃に。もうあまり時間がないんだ。その時、僕は君にまた話しかけるよ。なあ、聞こえるかい、浩一?



きこえてる






「ほな、送りますわ、納期どうり、難燃性のポリエチレン、いつものを125kg、ええ、最短ですと明後日着きますわ、今メーカーにオーダー流しますから、いつもの川崎と東大阪の工場に明後日届きますわ」

浩一は午前中に事務所で事務をこなし、午後からは客先をまわる予定でいた。

「ほな、ちょいと出てくる。夕方戻ります」

事務所から駅へ向かう。途中駅前のなじみの定食屋で昼食を取ることにした。女将が同じ大阪出身で落ち着く店だ

「あら、お久しぶり、お元気でしたか?はい、どうぞ、まだ席空いてますからゆったりと使ってください」

「ありがとう、ご無沙汰しちゃってごめんね」

「テレビでたりなんだかんだで忙しかったでしょう?あのコントの番組、ほんま面白かったわ、清水さんあんな才能あるなんて知らんかった、サインでももらっとこうかしら」

「いやいや、お恥ずかしい、」

「あの相方の女の子、ずいぶん有名になっちゃって、CMやらなんやら引っ張りだこ、可愛い子やもんね、まだ連絡取り合ったりしてます?」

「いやぁ、それが全然ですわ、私この仕事ありますから、きっぱりあれでおしまいですわ。あ、話に夢中で注文忘れてたわ、このサバの焼き物定食ちょうだい、よく焼きでお願いね」

「はーい、サバ定よく焼きね!」

棚に設置されたテレビを見ながら昼食を待つ。ベテラン芸人がいろんな相談を聞いて答えていく番組だ。CMに切り替わったところで定食が届く。

「はーい、おまちどー」

配膳された定食屋は、ごはん、味噌汁、漬物、そしてお盆の真ん中に、トマト

「ほぇ、これなんでんの?確かサバの焼き物定食やで、頼んだん」

「六月柿定食です」

「あ、アホな、どこにそんなふざけた定食があんねんな!おい、大将、これ間違いやろ?なんや、トマトのっとんで、真ん中に堂々と、なあ大将、これみて…」

「お客さん、それ六月柿定食ですよ、ちゃんとした定食。よく焼きの六月柿、うまいですよ」

「アホか、焼いてんのかいな、このトマト、よく焼きのトマトて、アホか、誰が昼からそんなもん食うねん、熱帯の鳥とちゃうねんど、おまえ、お洒落少食系女子とちゃうねんど、そう見えるか?なぁ、わしがおしゃれな小食の女子に見えるか?なぁて、これ、あつっ、触られへんやないか、触られへんくらい熱いやないかこのトマト!」

「お客さん、トマトじゃありませんよ、六月柿!トマトなんてこの店にありませんよ」

「わ、わ、わ、ワレ、アホぬかせよ、おどれ、これのどこが柿やねん、どっからどうみても、どっからどうかっぽじってもトマトやないかわけわからんことぬかしやがって、だいいち熱すぎて食われへんどこれ、中身もっとシュンシュンに熱なっとんやろ、なぁ、火傷さす気か、ほんま、柿柿柿、柿食うたことあるんかぃ、ぶるぅぅぅぅぅぁ、腹立ってきた、サバは?わしの鯖はどこ行ったんや、この辛気臭い焼いたトマト片付けてくれ、はよ、わし全然お洒落とちゃうねん、鯖や、よく焼いた鯖をください!早よ出してください、わたしの鯖を!」

「お客様、鯖は別料金になりますけどよろしいですか?」

「なんでもええねん、鯖、鯖を焼いてください、鯖を。わたしの頼んだ鯖を!」

「かしこまりました、店長、焼き六月柿定食に焼き鯖追加ででお願いします!」

「はいよー、おおきに!焼き六定に鯖追加ね!すぐ焼けるからね!」

「よく焼きでお願いします!わたしの鯖を、よく焼きでお願いします!」

「はーいおまちどー、追加のサバ、よく焼きね、小ぶりだけどいい六月柿あったからおまけで焼いといたわよ、ごゆっくり!」

「ごゆっくりできるか!またトマト焼きくさって、ええかげんにせえよ、あほらし、う、うまうま、うまいがな、鯖、これや、これや、わしが食いたかったんは。うまいわ、うん、ほんまうまい」

「良かった、久しぶりにいらしたのに喜んでもらえなかったらって不安になっちゃいました。」

「いや、やっぱりここの鯖はうまい。うまいわ、ほんま。あっという間に食べてもた、あ、おあいそお願いします。焼き六月柿定食に鯖追加でしたっけ?おいくらでっか?」

「ありがとうございます、焼き鯖定食、780円です!」

「ほぇ、なんや、さっきまでさんざん六月柿定食やら鯖追加やら言うてたやないか、なんや、え、なに、鯖定食?」

「いやだなぁ、清水さん、私たちもやってみたかったんですよ、あのコントみたいなこと。今度いらっしゃったら絶対やってみようって、そしたら今日いらしたもんだから、店長もはりきっちゃって、ほんま、テレビのままなんですね、あー、楽しかった!今日はお礼にお会計は結構です!いや、ほんま一生の思い出やわ、ありがとう、清水さん!」

「ほ、ほぇ?」


ヘイ、Siri!有名税っての、知ってるか?なんでも有名になったら多少のプライベートの侵害は我慢しろってことらしいぜ、なぁ、Siri?でも疲れるよな、24時間誰かのための誰かでいるって、さ。

Siri?また、また俺は大きな波にさらわれて、どこか知らない場所まで流されるんだろう?OK、Siri、これで、最後にしよう、俺は自力でその波から、出る。きっと今ならできる気がしてるんだ!










【完】
















本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。