見出し画像

【給食ナイトディナー】 フィクション


わたしはまさのぶと申します。勝つと信じる、そう書いて勝信と。そんな名前とは逆に、わたしの人生は悔やむことの連続。悔やみ多き人生、わたしは何度も小学生の時分を思い出してきました。毎日が1日で完結して、素晴らしい日々でありました。

そんなわたしにおきた、ある日の出来事からこのお話を始めさせてください。

ある日、会社で疲弊しきった体をぶら下げ帰路についていたところ、今まで見たことのないお店が目に入りました。

【給食食堂】

どうしたことでしょう、その建物の古めかしさと幼少期の思い出が繋がって、わたしの足は自然とその店に向かっておりました。引き戸を開けて中に入りますと、静かながらも、調理器具の音、野菜を刻む音、それらが心地よく耳に入り、割烹着姿の店員の姿に心惹かれました。

メニューが見当たらず、近くにいた店員に、メニューをいただけないか、そう聞いたと思います。すると、当店にメニューはございません。好きな日付を言っていただければ、その日の給食の献立に従ってお作りします、とのこと。

では、今日の日付、4月10日の給食をお願いします。そう伝えました。

番号札が渡されて、席で料理の出来上がるのを待っておりました。席は机です。一律キッチンの方向を向いて並べられた、机です。懐かしいなぁ、机の表面の肌触りや鉛筆の跡、それらに気を取られているうちにわたしの番号が呼ばれました。

配給のラインに並び、ご飯、汁物、おかずなどが並べられていきます。今日は、今日はというか、4月10日の献立は、ひじきご飯、大根のお味噌汁、白身魚の焼き物、でありました。ちょっとしたキャベツなんかの生野菜もついておりました。ああ、本当に、懐かしい。薄味で、少し物足りない感じ。

それは感動的な夕食でありましたので、わたしは帰り際にお店の営業時間などを聞き、帰路につきました。

数日の後、わたしはどうしても衝動を抑えることができず、【給食食堂】へ向かいました。先日と変わらぬ様子の店内にすでに親しみを覚えていました。わたしがこの日頼んだのは、7月17日。ちょうど夏休みの前の頃の日付です。ウキウキした気分を取り戻したい。そんなことを思っていたのです。

わたしの番号が呼ばれ、配給のラインに並びました。コッペパン、鶏の胸肉のフライ、野菜のポトフ、冷凍リンゴ。あなうまや、あなうまや、がっついていたと思います。ポトフのオカワリ分があると言うのでそれをいただき、最後に冷凍のリンゴを食べてこの日の夕食を終えました。まだ少し寒い日でした。

その次の週です。どうしても気になっていて、試したいメニューがありました。正直言いますと、それを伝える勇気がなかったのですが、なければないと言われるのだと。思い切って頼んだのです。常に周りに合わせて目立たぬように生きてきたわたしの精一杯の勇気を振り絞って。

8月31日を、いただけますか?

注文は断られることなく通り、しばらくしてわたしの番号が呼ばれたので、配給のラインに並び給食の供される様子をハラハラしながら見ていました。白いご飯、お揚げさんのお味噌汁、とんかつ、小さなバニラ。そうだったなぁ、次の日に何か行事のある時、お袋は決まってとんかつを揚げてくれた。

給食のない日は家庭料理が出てくるのだな。そんなことを思ったものです。

好奇心、それはわたしの行動に幾らかの勇気を与えてくれたように思います。この店に通い慣れた頃、再度勇気を出して注文をしました。

2月29日を、いただけますか。

パックのしょうゆラーメン、青菜のおひたしにミカン。物珍しい献立ではありませんでしたが、ラーメンに入っていたナルトが五輪模様で少し笑ってしまいました。

慣れると意外と大胆になれるものだ、そんなことを実感していた頃の話です。その日はわたしが入店するタイミングでそこそこの人数が席につきました。わたしはこれを好機であると認識しました。席につくなり、いつもより大きくはっきりした声で注文しました。

10月10日を、いただけますか?

店内の多くの人が一瞬わたしを見ました。心臓が鳴りました。すると、周りの人々が、おれも、おれも同じ日のを、と次々と10月10日を注文しはじめました。割烹着姿の店員さんは大きな笑顔で、少し時間をいただきますね、そう言って厨房へオーダーを伝えにいきました。

この日は珍しく、席へ10月10日が運ばれてきました。

大きなお弁当箱にぎっしりと詰まった、まるでそれは運動会の日のお弁当。わたしはおにぎりやタマゴ焼きに唐揚げ、ある人はサンドイッチにウインナー、色とりどりのお弁当が運ばれてきました。好奇心はわたしをさらに大胆に。同じ10月10日を頼んだ方々に、こう聞いたのです。

よかったら、テーブルをくっつけて、みんなでおかずを交換しながら食べませんか?

人が集まり、それは本当に運動会の日のように賑やかな食事となりました。おいしいね、この唐揚げも美味しいよ。いつもは好きなものを食べて生きています。それが、好きなものを誰かにも食べてもらいたい、そんな気持ちになりました。

余談ですが、この時のメンバーで、10月10日会なるものを結成しております。毎年10月10日に集まり、少しづつメンバーを増やしながらワイワイやって、もう4年になります。

さて、話がだいぶ長くなってまいりました。いろんな日付のことを書き記したいのですが、これはみなさんの想像の中で色々と楽しんでいただきたいと思っておりますので、あとひとつだけ紹介して筆を置こうと思うのです。

この日は、5月25日を頼みました。これはわたしの誕生日なんです。照れ笑いなんてものがわたしの表情に浮かぶようになったころです。

いつも通りに番号が呼ばれ、配給のラインに並びました。チキンカレー、コーンスープ、サラダ。給食のおばちゃんたち、わたしより若いかもしれませんが、あえて、愛をこめておばちゃんと呼ばせていただきます。給食のおばちゃんたちが、お誕生日おめでとう、そう言いながら大盛りによそってくれました。

意外性に欠けるって?そうかもしれません。でも、嬉しかったんです。思い返せば、自分の誕生日を意識するなんてことが何年もなかったのですから。

さて、ここまでわたしの思い出話にお付き合いいただき、ありがとうございました。最後にわたしから提案がひとつあるのです。今日本では多くの学校が休校となっていて、多くの子供達が離れて生活しています。

いかがでしょう。もしいつかの給食の献立表をお持ちであれば、地域の皆様でそれをシェアしていただき、時々でいい、生活の時間帯も違うでしょうから、一斉でなくていい、ただ献立に沿った、家庭で作る給食を媒体に、SNSやビデオ通話なんかでみんなで楽しんでみるのもいいかと思うのです。もちろん主役は子供たちです。

みんなで同じものを食べるといった経験は大人になればなるほど減っていきます。せっかくの機会です。お子様に楽しく経験させてあげられる。人と人がオンラインでもいいので関わり合うということで生まれる思いやりなどもあるかと思います。暗いことの多い今、少しでも楽しみが生まれるのなら、と思い提案させていただきました。

そうそう、ついつい過剰に給食をアレンジするのはやめておきましょう。あくまで、素朴に。給食によって元気になれた、わたしからの提案です。



【完】



この記事が参加している募集

おうち時間を工夫で楽しく

本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。