夫は成長教に入信している「休みたいけど休めない」

目を開けている間、ずっと仕事をしている夫

台所に置いてある分別用のゴミ箱を開けて袋を取り出すとやたらと重い。
「なんだこれ?」見るとエナジードリンクの空き缶が沢山入っている。

夫は最近タクシーでの帰宅が続いており、
私は赤ちゃんと一緒に早めに寝てしまう。
夫が何時に帰宅していて、何時に出社しているのかわからない日々が続いていた。

休日にぼーっとできる時間を設けられるように
せっかく赤ちゃんと私でお出かけして、「家でゆっくりしていていねー」と言って、家を開けても、戻ると仕事をしている。休んでいない。

成長教から彼は、
まだ抜けられていないようだった。

沢山のお布施

成長教の特徴は自分自身の限界を越えさせるために圧倒的な努力をさせること。
もちろん、努力がうまくいけば、信者としてパワーアップできるが、
努力できなくなって追い詰められた時のことを、誰も教えてくれないのだ。

成長教のお布施にはどんなものがあるのだろう。

大量のエナジードリンク
エナジードリンクを飲むと一瞬元気になれる。
しかし切れると一気に疲れが出る。
自分自身の限界がわからなくなるドリンク。

Amazonから届く自己啓発本や技術書
ビジネスで成功している人の本を読んで、辛い場面にを乗り越えた所に蛍光ペンを引いて、「こんなに辛い思いをして乗り越えた人もいるから自分も頑張ろう」と思う。

ホットアイマスクや肩こりを軽減させる湿布
ずっとパソコンに向き合いっぱなしなので、
首肩周りの凝りを軽減。いずれも一瞬は元気にさせてくれるけれども
根源的には解決しない。

彼の「休めない」という責任感はどこから来るのだろう。
娘の成長も、私たちの幸せも今ここにあるのに、それを見つめないぐらい、彼は思いつめている。

1、重すぎる責任感
 自分がいなくなったら周りの人に迷惑をかけてしまうという思い込み。
チームみんなで苦労して働いている中、自分がいなくなったら他のメンバーが働かなければいけない。自分が倒れても自分の代わりにみんなが働かなけばいけない。

2、自分の失敗を許せない
 自分が途中で仕事を投げ出すような人間だと思われたくない。
一度失敗した人間は再帰できないという思い込み。

3、小さい頃から刷り込まれた価値観
 私たちは小さい時から、「休んでいるというのは怠け者だ」
と言われて育っている。
 ラジオ体操でも、毎日行ってスタンプカードをいっぱいにしなくては、
という文化があり、学校では、皆勤賞で表彰されてしまう。そんな考え方や価値観を小さい頃から与えられる環境で
育っている。

「あなたが欠けるとみんなの迷惑になる」という
呪いがみんなにかかっている。

高熱があったり、身内の不幸がなければなければ
休んではいけないのだろうか。

私は思う。

彼ではなく、「彼の周り」もまた休むことを認めないのではないか。
我慢を人に強いる世界に彼はいる。


自分の声(本当は休みたい、のんびりしたい)を無視してしまっているのではないだろうか。

休まないことで、夫の心が壊れてしまったりはしないだろうか。


娘を見て

娘は今の所、だいたい決まった時間に起きて、不意に寝る。
まだ母親になって間もない私は、娘の行動に振り回されることも多い。

最初のうちは娘が寝ている間も起きていて家事などをしていた。
でも最近は体力の限界を感じてしまうときはおとなしく寝ることにしている。
娘には「休みたい時は休んでいい、またそこから頑張ればいい」と教えてあげたいと思っている。

休むことができる人は、相手の休息も認められる人

無理して仕事を続けて辞めてしまうより、
仕事と自分の心のバランスをコントロールできることもまた成長なのではないだろうか。
とても厳しいことだけど、自分の伸びしろ、そして自分の限界に気づけるのも
自分だけなのだ。自分を許さないと相手を許すことなどできない。

そして私は自分が昼寝をしまくって夫にも休むことを認めてもらいたいという

名目をつけて今日も昼寝をするのだった。

沢山のnoteの中から、この記事を読んでくれて、 ありがとう。