「フラワー」第四話

58 駅・トイレ前
並んでいた腹が大きいもろこ、トイレに入っていく。
×     ×     ×       
腹がへこんだもろこ、トイレから出てくる。
次に並んでいた女性、もろこを目で追う。
 
59 同・ホーム
もろこ、電車から降りてくる。
ひとみが電車を待っている。
もろこ、ひとみに気がつき、顔を隠しながら後ろを通りすぎる。
逃げるように階段を下りるもろこ。
 
60 居酒屋「わさび」・スタッフ部屋前
もろこユニフォーム姿で来る。
少しあいているドア。
中から聞こえてくる若い女性の笑い声。
従業員1の声「で客に、『かんみ』ねとかって直されてんの」
笑い声。
もろこ、入るのをやめ、聞いている。
従業員2の声「ハリケーン、昨日またレジ間違えてさあ、あたしすんげ謝ったからね」
従業員1の声「また」
従業員2の声「若者に入ってこようとするのもやめてー」
従業員1の声「なんか店長に媚びる感じもやめてー、店長なんで連れてきちゃったかなあ」
もろこポリポリ頭をかく、と、廊下の奥に少し前から居る柳に気がつく。
もろこ、にっこりする。
 
61 同・客席
店を閉めた後の客席。
柳、もろこ、向き合っている。
もろこ「クビですか」
柳 「まさか」
もろこ「『ハリケーン』って呼ばれてるみたいです。影で」
柳 「……どうしましょうか。やってて一番楽しい仕事はなんですか」
もろこ「楽しい仕事なんてあるんですか?」
もろこの真剣な顔。
柳 「……やってて自分が得意だな、と思う仕事はありますか」
もろこ「……漢字は読めないし、レジも間違えるし、敬語も微妙だし……」
柳 「じゃ何ができるんですか?」
柳、笑う。
もろこ、笑う。
柳、しばらくもろこの顔を見ているが
もろこ「?」
柳 「……そうですねえ、これからはひたすらビールの注文だけとって下さい」
もろこ「は」
柳 「僕はあなたの笑顔が好きなんです。なんかホッとします。若くてきれいな子よりずっといい気がする」
もろこ笑う。
もろこ「それ褒めてるんですか」
柳、笑う。
×     ×     ×
にぎわっている店内。
もろこ、サラリーマンの客席に来て、飛び切りの笑顔
もろこ「ビールのお代わりいかがですか?」
サラリーマンC「あ、じゃあ、もう一杯」
サラリーマンD「俺も」
もろこ「かしこまりました!」
 
62 同・スターフ部屋
柳、壁に大きな紙を貼っている。
貼られた紙を満足げに見る。
紙には「6月ビール売上」とあり、下には従業員の名前が並んでいる。
 
63 東口宅アパート・外観(夜)
もろこと縞男、カレーライスを食べている。
もろこ「それですごいの。今私店で二番目にビールの注文とる人だよ」
縞 男「一番じゃないの」
もろこ「意地悪だなあ! これで最低賃金地獄を抜け出せたりして!……あたし、初めてだなあ」
縞 男「何が」
もろこ「こういう事、人生で初めて」
縞男、ニコニコしている。
 
64 第二小学校・花壇前
清彦、ホースで花壇に水を撒いている。
縞男、清彦の近くに来て
縞 男「先生―」
清 彦「ああ」
縞 男「先生『花壇係』なの」
清 彦「好きなんです」
縞 男「カーブのお花も毎日変わってる」
清 彦「自分の為です」
縞 男「……」
友人たち「ゼブラー」
縞 男「先行ってて」
清 彦「人気者ですね」
清彦、水をとめ、雑草を抜き始める。
縞男、同じように雑草を抜く。
清 彦「ゼブラ君は偉いですね。そういう事、みんなしたがらないですよ」
縞男、首を振る。
縞 男「いい人に見られたいから」
清彦、笑う。
清 彦「そんな正直に、大人でも言える人いませんよ」
縞 男「だって大人はそんな風に思わなくてもいいんでしょ。もう何でもできるから」
清 彦「私は大人ですが、何でもできませんよ。ゼブラ君のお母さんは何でもできるんですか?」
縞男、首を振る。
縞 男「もろこさんの僕へほめ言葉は『私の息子じゃないみたい』だし」
清彦笑う。
清 彦「ゼブラ君はどうして、お母さんを名前で呼ぶんですか」
縞 男「もろこさんが、そうしろって。『お母さん』て言われるとすごい人じゃないといけない気がするって」
清 彦「……」
縞 男「……僕、大人になったら色々もろこさんよりできるようになっちゃうな」
清 彦「……」
縞 男「車の免許だけは取らないでおこうと思って」
清彦、動きを止めて縞男を見る。
縞 男「もろこさんは免許持ってるから。そこはずっと僕に自慢できるでしょう」
清 彦「……それではお母さんがかわいそうだな。お母さんは喜ぶよ。ゼブラ君が車でお母さんをドライブに誘ったら」
縞男、手を止めて清彦を見る。
清彦ホースから水を出し、縞男に手を洗わせる。
清彦、ホースの水を再び花壇に。
きらきら光る水。
縞男、水が作る虹を指差し
清彦、縞男、見上げている。
ホースの水が虹色に光を作っている。
 
65 スーパー
もろこ、来て、買い物籠に小麦粉を一袋入れる。
 
66 駅のホームトイレ前
もろこ、来て、トイレに入っていく。
×     ×     ×
腹が膨らんだもろこ、トイレから出てくる。
ホームのエレベーターのガラスにもろこの全身が鏡のように映っている。
もろこ、足を止め、腹の膨らんだ自分の姿を見ている。
 
67 総合病院・病室(夕)
お腹が大きいもろこ、知恵に教わりながら編み物をしている。
もろこ「ここは?」
知恵、もろこにやり方を教えている。
清彦、鞄を持って来て
清 彦「やあ、来てくれてたんですね」
清彦、洗濯ものなどを整理しているが、尻もちをつき、手をつく。
もろこ「先生!」
知恵、とまどいながら見ている。
もろこ、動けない清彦を見、廊下に出て、通りがかった看護士、坂井を連れてくる。
坂 井「あらら」
坂井、床に倒れている清彦に近づく。
清 彦「あ、すいません、大丈夫です。少し休めば」
坂井、近づく
知 恵「いいの。その人大丈夫」
坂井かまわず清彦の様子を覗き込み
知 恵「ちょっと立ちくらみしただけ! 放っておいて!」
坂 井「(知恵に)桜木さん! いい加減にしてください」
坂井、清彦の背中に手を添える。
知恵、悲しそうな顔。
坂 井「大丈夫ですか? 先生に診てもらいましょうか」
清 彦「いえ、家内の言うとおりでちょっと休めば」
坂井、清彦を支えて出て行く。
動かずに見送るもろこと知恵。
知恵、外を眺めながめて
知 恵「……だって……あの人ブラジャーしてるんだもん」
もろこ「知ってたの」
知 恵「……あなたも知ってたのね……イヤでもわかっちゃうの。着けてる時は妙にシャンとしてるんだから。私が病気になってからずっとシャンとしてるのよ」
もろこ、はははと笑う。
知恵、もろこの肩をぴしゃと叩き、おかしくなって笑う。
もろこ「元君の事はブラジャーのせいじゃないと思う」
知 恵「……もっと色々上手にできたはずなの」
もろこ「元君大人だよ。私と同じ28だよ。誰も責任感じる事ない。ちゃんと愛したり愛されたり、普通だったよ。普通でも難しい」
知 恵「……そうねえ。最後にあなたにも会えたんだものね。あの子の人生、ぜーんぶ、よかったんだわ」
知恵、微笑んでもろこを見、そのお腹を見つつ
知 恵「よく動いてる?」
もろこ「あ? はい」
もろこ、目をそらし、知恵の枕元の赤ちゃんの為の作品を見る。
知 恵「年金入ったから」
知恵、枕の下から封筒を出し、もろこに差し出す。
もろこ、首を振る。
知 恵「……どうして?」
もろこ首を振る。
もろこ「じゃああなたにじゃなく、お腹の赤ちゃんに」
もろこ激しく首を振り、受け取らない。
窓の外の夕日。
 
68 電車内
暗い表情で電車に乗ってくる腹が大きいもろこ。
優先席に座っていたやさしそうな老婆、席を譲ろうと立ち上がる。
もろこ、自分の大きな腹を見てハッとする。
もろこ、拒むが、老婆、もろこの手を引き、座らせる。
電車が発車する。
ニコニコしている老婆。
もろこ、老婆の荷物をひざの上に載せてやる。
 
69 総合病院・病室(夜)
薄暗い病室、眠っている知恵、目を覚ます。
外から虫の声が聞こえてくる。
ベッドの足元に茶色のセーターを着た清彦が突っ伏して眠っている。
知恵、老眼鏡をかけ、鈎針を取り出すと清彦の着ているアウターのほつれを直し始める。
元を照らす為、ベッドの明かりを調整して自分達を照らす。
暗闇に浮かぶ二人。
 
70 東口宅アパート・中(夜)
明かりの消えた部屋。
眠っている縞男。
目を開けているもろこ。
もろこ、むくりと起き上がるり、ベランダに出て、タバコに火をつける。
 
71 居酒屋「わさび」・ホール
もろこ、飛び切りの笑顔で
もろこ「おかわりいかがですか?」
 
72 同・スタッフルーム
柳が壁を見てニコニコしている。
注文数7月のグラフ。
20人分のスタッフの成績。
もろこの棒グラフが一番高い。

続く↓


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