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清水晶子さん『フェミニズムってなんですか?』から広がる23冊

代官山蔦屋書店で開催中のブックフェア(6/1~7/15)のために書き下ろされた、『フェミニズムってなんですか?』から広がる選書23冊の推薦文。『フェミニズムってなんですか?』の背景にある、古典ともいうべき「特別なフェミニズム本」から、最先端の理論に触れられる刊行間近な作品まで。本書をきっかけに次なる一冊を選んでもらえたらという思いで、リストと推薦文を公開します。

※ブックフェアの情報はこちらから

※清水晶子『フェミニズムってなんですか?』

フェミニズムは私たちの生活や思考や感情のあらゆるところにかかわってくるので、最初に「フェミニズムってなんだろう」と思った時にどの本がピッタリくるのかは、人によって大きく違う。小説や詩を通して最初にフェミニズムを理解する人もいれば、哲学や文化理論から入る人もいる。社会学的な考察に納得する人も、歴史を知ることがきっかけとなる人もいる。ここで選んだのは、『フェミニズムってなんですか?』の背後にあるものの見方や感じ方を作ってきた本の一部であり、従って近年刊行されたものはほとんど入っていない。本書の読者の方たちのフェミニズムに共鳴する一冊がこの中にあって、読み直していただければ嬉しいし、近年続々と刊行されているフェミニズムの本がどのような議論の蓄積を背景としているのかを感じていただければもっと嬉しい。

1.トニ・モリスン『青い眼がほしい』(大社淑子訳、早川epi文庫)
2.ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』(片山亜紀訳、平凡社ライブラリー)
3.ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル—フェミニズムとアイデンティティの撹乱』(竹村和子訳、青土社)
4.ガヤトリ・C・スピヴァック『サバルタンは語ることができるか』(上村忠男訳、みすず書房)
5.ベル・フックス『フェミニズムはみんなのもの』(堀田碧訳、エトセトラブックス)
6.パトリシア・ヒル・コリンズ、スルマ・ビルゲ『インターセクショナリティ』(小原理乃、下地ローレンス吉孝訳、人文書院)
7.岡真理『彼女の「正しい」名前とは何か—第三世界フェミニズムの思想』(青土社)
8.田中玲『トランスジェンダー・フェミニズム』(インパクト出版会)
9.飯野由里子『レズビアンである「わたしたち」のストーリー』(生活書院)
10.竹村和子『愛について:アイデンティティと欲望の政治学』(岩波現代文庫)
11.村山敏勝『(見えない)欲望へ向けて—クィア批評との対話』(ちくま学芸文庫)
12.イヴ・コゾフスキー・セジウィック『クローゼットの認識論—セクシュアリティの20世紀』(外岡尚美訳、青土社)
13.ジャネット・ウィンターソン『オレンジだけが果物じゃない』(岸本佐知子訳、白水Uブックス)
14.松浦理英子『親指Pの修行時代』(河出文庫)
15.長島有里枝『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)
16.井谷聡子『〈体育会系女子〉のポリティクス—身体・ジェンダー・セクシュアリティ』(関西大学出版部)
17.18 李琴峰『彼岸花が咲く島』(文藝春秋社)『生を祝う』(朝日新聞出版社)
19.ジョアン・C・トロント、岡野八代(訳、著)『ケアするのは誰か?:新しい民主主義のかたちへ』(白澤社)
20.サラ・アーメッド『フェミニスト・キルジョイ:フェミニズムを生きるということ』(飯田麻結訳、人文書院、2022年6月予定)
21.アミア・スリニヴァサン『セックスする権利』(山田文訳、勁草書房、2022年秋予定)
22.ショーン・フェイ『トランスジェンダー問題:議論は正義のために(仮タイトル)』(高井ゆと里訳、明石書店、2022年秋予定)
23.アリソン・ケイファー『Feminist, Queer, Crip(邦題未発表)』(井芹真紀子、井上友美、加藤旭人、葛原千景、高井ゆと里、番園寛也、山田秀頌訳、花伝社、2024年予定)

Ⅰ:フェミニズムの感情


フェミニズムは政治であり、行動であり、思想だけれど、同時に感情でもある。感情に駆動されないフェミニズムには力もない。それぞれのフェミニストにとってもっとも根源的なところにあるフェミニズムの感情は様々だろうが、私にとって、いつも心を揺さぶられる特別なフェミニズム本は、この四冊。

1:トニ・モリスン『青い眼がほしい』(大社淑子訳、早川epi文庫)

性や人種、家族などをめぐる構造的な暴力が、世代を超えて交錯し折り重なり、そして極めて個人的で身体的な痛みとして経験されていく様が、眩暈のするような絶望を抱え込んだ詩的な筆致で描かれる。ノーベル賞作家モリスンの最初の小説。

2:ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』(片山亜紀訳、平凡社ライブラリー)

英語圏フェミニスト・ライティングの古典中の古典とも言えるエッセイ。「500ポンドと自分一人の部屋」という女性が仕事をする物質的基盤の必要性は今も切実だし、「彼女のために私たちが仕事をすれば、彼女はきっと来るでしょう」という結びに心動かされないフェミニストは少ないだろう。

3:ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル—フェミニズムとアイデンティティの撹乱』(竹村和子訳、青土社)

90年代以降のフェミニズムの議論に決定的な影響力をもった理論書であるが、実際のところ本書の刊行時、その内容を十全に理解できた読者は三割にも満たなかったのではなかろうか。多くの読者は難解かつ悪文だと言われる本書の議論を十分に咀嚼できないまま、それでも本書に思考を刺激され、議論を促され、何より力付けられてきた。極言すれば、フェミニズムの書籍としての本書の最大の力は、そのような感情と思考の喚起力にある。

4:ガヤトリ・C・スピヴァック『サバルタンは語ることができるか』(上村忠男訳、みすず書房)

90年代から2000年代にかけてフェミニズム理論を学ぶ学生たちの間でバトラーに輪をかけて「難解」として知られていたスピヴァックの代表的な著作のひとつ。とはいえ、本書で提示されるポストコロニアル・フェミニズムの厳しい政治的・倫理的批判はその難解さを超えて多くの読者を動揺させるものだし、そのような動揺こそフェミニストに不可欠の感情的経験の一つなのだ。

Ⅱ:インターセクショナリティ


インターセクショナリティという言葉は90年代に広まったものだが、しばしば指摘されるように、その発想はブラック・フェミニズムの伝統に根付いている。ベル・フックスの『フェミニズムはみんなのもの』は日本語で入手可能な、インターセクショナルなフェミニズムの入門書としては、もはや古典の趣がある。それより先に進んで「インターセクショナリティ」の概念の生成を辿りつつその現代における意義を知るなら、コリンズとビルゲの『インターセクショナリティ』を。

5:ベル・フックス『フェミニズムはみんなのもの』(堀田碧訳、エトセトラブックス)

6:パトリシア・ヒル・コリンズ、スルマ・ビルゲ『インターセクショナリティ』(小原理乃、下地ローレンス吉孝訳、人文書院)


ブラック・フェミニズム由来のインターセクショナリティとは厳密には同じ流れではないものの、フェミニズムの想定する「女性」の間にある歴史的・社会的な構造的差異に注目するという点では、ポストコロニアル・フェミニズムの重要性は忘れるべきではない。既に挙げたスピヴァックはもちろんだが、日本語で書かれた岡真理の『彼女の「正しい」名前とは何か』も衝撃的な論考だった。インターセクショナル・フェミニズムを考えようとした日本語の著作として他に、田中玲『トランスジェンダー・フェミニズム』はトランスマスキュリン(より男性ジェンダーに傾いた自認をもつトランスジェンダーの人々)の著者がフェミニズムを論じた日本語圏最初期のもので、この数年優れた著書が複数出版されているトランスマスキュリンの人々による(トランス)ジェンダー論のいわば先駆者の位置を占める。飯野由里子『レズビアンである「わたしたち」のストーリー』は女性コミュニティ内部でマイノリティ女性たちがどのように声を上げてきたのかを、セクシュアリティや民族などの差異に着目して描き出すもので、これも明確にインターセクショナルなフェミニズムを念頭に置いた著作である。

7:岡真理『彼女の「正しい」名前とは何か—第三世界フェミニズムの思想』(青土社)

8:田中玲『トランスジェンダー・フェミニズム』(インパクト出版会)

9:飯野由里子『レズビアンである「わたしたち」のストーリー』(生活書院)


Ⅲ:セクシュアリティ


セクシュアリティを直接扱うことは必ずしも多くなかったものの、『フェミニズムってなんですか?』は、ジェンダーとセクシュアリティとを相互に関連しつつけれどもどちらかに収束されることのない分析軸として捉えようとしたクィア理論を、ひとつの思想的な出発点としている。セジウィックの『クローゼットの認識論』は、既に挙げたバトラーの著作に並ぶ、クィア理論の基本文献のひとつ。竹村和子の『愛について』は非常に難解ながら日本語圏のフェミニズム/クィア理論の著作としてもっとも優れた一冊に数えられるのは間違いない。フェミニズム批評の書き手や読み手が増えつつある現在、日本語で書かれたクィア批評の優れた著作として村山敏勝の『(見えない)欲望へ向けて』は、あらためて広く読まれるべき本。

10:竹村和子『愛について:アイデンティティと欲望の政治学』(岩波現代文庫)

11:村山敏勝『(見えない)欲望へ向けて—クィア批評との対話』(ちくま学芸文庫)

12:イヴ・コゾフスキー・セジウィック『クローゼットの認識論—セクシュアリティの20世紀』(外岡尚美訳、青土社)


ウィンターソン『オレンジだけが果物じゃない』、松浦理英子『親指Pの修行時代』はどちらも、「性的マイノリティのリアル」を描くのとはかなり異なるやり方で、ジェンダーやセクシュアリティ、身体や欲望についての読者の想像力を掻き乱し押し広げようとした、80年代から90年代にかけてのクィア文学の気分を色濃く伝える名作。

13:ジャネット・ウィンターソン『オレンジだけが果物じゃない』(岸本佐知子訳、白水Uブックス)

14:松浦理英子『親指Pの修行時代』(河出文庫)


Ⅳ:対談いただく/いただいた方のご著書


『フェミニズムってなんですか?』で対談をお引き受けいただいた長島さん、井谷さん、李さん、そして刊行記念対談をお引き受けくださった岡野さんのご著書。
長島有里枝『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』は、女性がみずからを表象するというその事自体がどのようにして困難にさせられていたのか、その困難を名付け理解し、そこから「わたしたちのガーリーフォト」に向かっていく過程がどのようなものだったのかを、明らかにするもの。
「体育会系」から想像されるような強いジェンダー規範と「スポーツをする女性」に常に付き纏ってきたジェンダー撹乱性との間で、生の可能性がいかに切り開かれうるのか。この問題に取り組む井谷聡子『〈体育会系女子〉のポリティクス—身体・ジェンダー・セクシュアリティ』は、スポーツにおける性別が繰り返し話題になる現在、ぜひ読んで欲しい。
性的、民族的、あるいは国籍上のマイノリティ女性たちの日常を、説得力を持って描き出してきた李琴峰だが、ここではその説得力を保持しつつ、フェミニスト・ユートピア/ディストピア文学が紡ぎ出してきた豊かな想像力と鋭い現状批判との伝統にも連なる二作を。
近年注目される「ケア」論の中でも、トロントと岡野の『ケアするのは誰か?』はケアをはっきりと政治的課題として位置付ける明快な議論を提示し、優れた入門となっている。タイトルが示すように「ケアをする人」を中心に(そしてそれはしばしば女性に割り当てられてきたことも指摘される)政治を問い直す本書の議論を、伝統的には「ケアされる」側に割り当てられてきた立場からの議論、とりわけフェミニスト・ディスアビリティ研究の議論とどのように噛み合わせていくのかは、今後のフェミニズムの大きな課題のひとつだろう。

15:長島有里枝『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)

16:井谷聡子『〈体育会系女子〉のポリティクス—身体・ジェンダー・セクシュアリティ』(関西大学出版部)

17・18:李琴峰『彼岸花が咲く島』(文藝春秋社),『生を祝う』(朝日新聞出版社)


19:ジョアン・C・トロント、岡野八代(訳、著)『ケアするのは誰か?:新しい民主主義のかたちへ』(白澤社)


Ⅴ:このあと出てくる予定の本たち


6月のアーメッドを皮切りに、ぜひ手に取っていただきたいフェミニズムの本がこの先立て続けに翻訳されるので、最後にそれを。『フェミニズムってなんですか?』に興味を持って読んでくださった方なら、必ずワクワクしていただけるはず。アーメッドの『フェミニズムを生きるということ』は、フェミニズム理論の研究者でもあり非常に人気の高い書き手でもあるアーメッドの面目躍如の一冊で、学術的・理論的な議論を踏まえた上で、それをフェミニスト、とりわけマイノリティのフェミニストが日々直面する問題から浮き上がらせることなく、軽快でパワフルな語り口で論じていく。スリニヴァサン『セックスする権利』もアーメッドと同じくマイノリティ・フェミニストである研究者の著作。フェミニズムの歴史を振り返りつつ、オンラインのフェミニスト・バッシングからポルノ、監獄フェミニズムの問題まで、現代の性の政治を論じた非常に興味深いエッセイ集。フェイ『The Transgender Issue』は、トランスジェンダー、正確には現在英国で起きているトランスジェンダーへのバッシングについて、レイシズムや植民地主義などまで射程に入れたインターセクショナルなアプローチで論じ、非常に高く評価された本。ケイファー『Feminist, Queer, Crip』は少し後の出版になる予定だが、タイトルの示す通り、フェミニズム、クィア、そして障害について、そのいずれの視点も手放さないことでこれまでのそれぞれの領域での議論の問題点をきちんと修正しつつ、クリアに論じるもの。学術書ではあるが、フェミニズム/クィア障害論の極めて優れた入門書としてもお勧め。

20:サラ・アーメッド『フェミニスト・キルジョイ:フェミニズムを生きるということ』(飯田麻結訳、人文書院、2022年6月予定):アミア・スリニヴァサン『セックスする権利』(山田文訳、勁草書房、2022年秋予定)

21:アミア・スリニヴァサン『セックスする権利』(山田文訳、勁草書房、2022年秋予定)

22:ショーン・フェイ『トランスジェンダー問題:議論は正義のために(仮タイトル)』(高井ゆと里訳、明石書店、2022年秋予定)

23:アリソン・ケイファー『Feminist, Queer, Crip(邦題未発表)』(井芹真紀子、井上友美、加藤旭人、葛原千景、高井ゆと里、番園寛也、山田秀頌訳、花伝社、2024年予定)


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