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「先生、すみません。」

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それは高校生の時だった。制服のスカートを折り曲げていたことがバレて教務室に呼び出された。校則を破った学生は学校イチ怖いと教員からも恐れられている体育教師のもとに行かなければならなかった。

「未来香やばいじゃん。リカなんてこないだ椅子蹴飛ばされて泣かされてたよ。」

「そうなんだ。」

「とにかく適当に謝っときな。下手なこと言うんじゃないよ。」

「下手なことって何。」

「いいから。はいすみませんでしたって、適当に言っときな。」

「はいはい。」

そして夏休み明けの試験を受けた後、教務室に向かった。

「失礼します。」

「入れ。」

その教務室はいつでも緊張感が漂っていた。たった一人、怖い教員がいるとこんなにも職場の雰囲気が変わるものなのかとその時感じた。いつもニコニコと元気でマドンナ的存在である先生も、その時は苦々しそうに私のことを見つめていた。

「それで。」教師は私の顔を腕を組みながら横目で見ると言葉を続けた。

「それで、何で校則を破ったんだ。」

ーむしろ何でこんなくだらない校則なんて作ったんだ。とはさすがに言わなかったが、どうせ怒られるのだから正直に言おうと思い口を開いた。


「少女漫画みたいな高校生活に憧れていたんです。」


その時の体育教務室の空気のことは忘れられない。ピタッと空気が止まったように見えた。一人の教師はため息をついていた。


「漫画の中の女の子は短いスカートを履いて、ルーズソックスなんか履いて、シャツのボタン開けたりなんかして、すごく可愛いんです。高校生ってそういうものだと思っていました。高校生になったら、そういう生活が送れるんだって思ってたんです。」


するとその教師は少し目線を逸らし、黙り込んだ。変な間が狭い空間を駆け巡る。その間も私は教師から目を逸さなかった。答えが聞きたかった。


「それはお前…答えにはならんぞ…。」

「どうしてですか?」

「そんなにスカートを短くしたいなら、進学校じゃなくてその辺の低い偏差値の高校に行けばよかっただろう。」


なるほど、これまでで一番納得のいかない答えが返ってきた、と思った。目の前の教師が言い放った言葉の一つ一つ全てに納得がいかなかった。


「先生、私、先生の言うことがよく分かりません。スカートを短くすることと、偏差値は関係があるのですか。」

「見た目を気にしている暇があったら、勉強しなさい。」


私は暫く呼吸だけを繰り返した。


「お前の言うことは分からんでもない。今回はお前に免じて許す。でも、規則は規則だ。次はないぞ。」


先生、私は、知っているんです。先生が高校生だった頃、上級生からも怖がられるようなヤンチャな学生だったことを。そして、舐められないように勉強もきちんとこなして、学年でトップクラスだったことも。


先生、本当は、先生が一番分かっているんじゃないんですか。本当は見た目と勉学は関係ないって。見た目が不真面目でも、それは人間性と何の関係もないって。規則なんて馬鹿げてるって。先生は自分で証明していたんじゃないんですか。


先生は、「大人」になったんですね。


「規則は規則ですから、なるべく気をつけてみます。でも、すみません。やっぱり、私には先生の言うことも、その規則も、よく分かりません。」


私は頭を下げ、教務室を後にした。大人になることの切なさだけが残った瞬間だった。革命は若者にしか起こせないのだろうか。そういうものなのだろうか。革命家だったはずの先生は、いつの間にか規則を破った学生を取り締まる生活指導員になっていた。


私はというと、その後もスカートを折り続けた。「なるべく気をつけてみます」と言ったものの、やっぱりスカートは短い方がかわいいのだ。


こういう性格だから、生きるのがすごく難しいと感じることは多々ある。性格は決して派手ではなく、どちらかというと内向的で消極的なほうだ。それでも教員の中で「ちょっと厄介な問題児」と認定されていたのだろうと思う。


理解ができなければ従うことができない。そんな私にとって世の中は理解できないもので溢れている、混沌とした世界だ。ルールで溢れている世界だけど、ここまで不条理だとルールなんてあってないようなものだなとさえ感じてしまう。どんなルールだって作れてしまうのだから。


今日も私はお気に入りのピアス4つと、パープルのインナーカラーを施したミディアムロングの髪を束ねて教壇に立っている。


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