隙間に落ちる

もう少しで地球に彗星が落ちます。

半年前から計画されていた脱出用ロケットの生産は、間に合いませんでした。

皆さん、これが最期です。大切な人と過ごしてください。

テレビからアナウンサーの声がする。


NASAの力を持ってしても間に合わなかったか。

この半年間で政府の無能さには呆れた。

総理はちまちまと声明を発表していたが、実態は何も進んでいなかったんだな。

こんなことになるんだったら、ちゃんと投票に行けばよかった。

しかし、全人類が投票に行って、最良の選択をしてきたとして、彗星が落ちる事実は変わらないよな。

コーヒーを飲みながらそんなことを考える。

新聞を読みたいところだが、1週間ほど前から生産を止めたらしい。

そりゃそうだ。

テーブルの上の新聞があったであろう空間を無意識に見つめる。


さあいくか。

コーヒーを飲み干して、キッチンに向かうとコップを水ですすぐ。

僕は今日、日本を変える。



車の後ろに機械を積んで官邸へ向かう。

僕は、ついに開発したんだ。

半年後、彗星が落ちると知ってから、

僕はその事実から人類を逃すために必死になった。

そして昨日、完成した。

時空を移動できる装置。

名前は、

Doraemon's time-machine。

ドラえもんのタイムマシン。

ノーベル物理学賞受賞は間違いなく、

時空を飛んだ先では受賞式があるかもしれない。

僕は人類のヒーロー。伝説になれる。


「実験では、ラットにカメラを付けて飛ばしました。

始めの頃は、時空の狭間に落っこちるばかりでしたが、

最後はほぼ100%の確率で移動できるようになりました。

そして、このマシンがあれば、残り1週間で、1万人ほどが移動できます。

電力が必要です。とにかく電力だけは最後まで維持するようにお願いします。」


「時空の先で、生きていけるのですか?その1万人はどうやって選ぶと?」


「時空の先での生活について保証はできません。ただ、このまま世界をゼロに戻したくない。無駄にしたくないんです。時空の移動先は、彗星が落ちていない世界です。」


「ほぼ今と同じ時代ですが、そこに人間の世界が広がっている可能性は限りなく少ないです。パラレルワールドのようなものなので、人間が生きやすい世界か...そこは....ギャンブルですが。」



時空を移動できる?馬鹿か。

しかし、人類に残された時間は1週間しかない。

正直、藁にも縋りたい。

目の前にいる27歳の若い男は、藁に例えるには十分な頼りなさだ。

それに俺はもはや、

総理としての人気、権力には興味がなかった。

「面白いじゃないか。できる限りのことをやってくれたらいい。国内で生きる価値のある人物をここに集約するから、君は彼らを飛ばしてくれ。」

ぶっ飛んだエンターテイメントだ。俺はツイている。

どうせ死ぬならなんでもしてやる。

楽しませてくれ若者よ。



そこから彼は、政府関係者、芸能人、アスリートと彼らの家族を、安全とみられる時空に飛ばし続けた。

何人かにカメラを渡したが、

そこには無事に飛ばされた彼らと、どこかのだだっ広い草原が映る。

飛ばしても飛ばしても成功が続く。

人々は驚嘆し、彼を賞賛した。

最終日、9000人近く飛ばしたことで信頼を得たのちに、総理大臣を飛ばした。

国民にも薄々勘付かれていたが、そんなことはどうでもよかった。

内密に、冷静に、価値があると言われる人間を飛ばし続けて、彗星は落ちた。

彗星が落ちて、死ぬ直前まで、飛ばすボタンを押し続けた。

彼は、元々助かる気はなかった。




「総理、私たち飛ばされてきましたけど、ここに流れている川の水は、いくら飲んでも喉が潤わないのです。」

「川の水で髪の毛を洗ったり、歯磨きをしました。感覚はあります。全て感覚があるだけです。綺麗になりません。時空を移動するときに持ってきた水を使えば綺麗になりますが....そんなに量がありません....総理...。」

そこには総理大臣を囲うように大勢の人々がいた。

「総理、猪のような動物を見つけて捕獲しました。殺して肉を剥ごうとナイフを刺しましたが、死にません。肉も剥げません。ただナイフを刺している感覚だけはあるのですが。」

そう言ったのは、ベストナインに選ばれた野球選手たちだった。

「結局俺らは、同じ次元の物としか生きられないということか。」

彗星が落ちるということが判明し、スポーツ全般は中止になっていた。

昨年チームの優勝に貢献したピッチャーも、時空の先では呆然とすることしかできなかった。



「彼はどこだ。来ていないのか。」

こんなことになるなんて。全てはあの若造のせいだろう。

食糧の予備は1年分ほど持ってきているが、尽きてしまえば餓死だ。

この世界は、映像のようだ。

リアルすぎる4Dの世界だ。

しかし、笑えない。

編集の権利に鍵をかけられたワードのように、

クリックしてもクリックしても、何も書き換えることができない。

俺たちはそんな時空の狭間に落ちてしまった。



「彼は来ていませんが、こんなものを渡されました。」

そう言いながら秘書が鞄から手紙を出した。

もっと大きな鞄で来いよ。

その方が食糧が入っただろう。

そんなことを思いながら手紙を開いた。



総理大臣殿

時空の先ではいかがお過ごしでしょうか。

この手紙が渡されているころ、僕はとっくに死んでいますが、これが本望なのです。

あと、ノーベル物理学賞受賞は辞退します。

ドラえもん'ズ タイムマシンは、僕のエゴで作ったものだからです。


僕は、何か満たされない人生を送ってきました。

そして、彗星が落ちると知ってからもしばらくその人生が続きます。

朝、いつものようにコーヒーを飲みながら新聞を読んで、出勤しました。

変わったことといえば何気ない日常を大切にするようになったくらいでしょうか。

僕は中学で物理を教えていましたが、そこである生徒に出会いました。

その生徒はこう言いました。

「先生、僕は給食を食べてもお腹が空いています。だから、先生なら彗星から人類を救えます。」

言われた時はもちろん意味がわかりませんでした。

しかし今の総理でしたら意味がおわかりでしょう。

その生徒は、別の時空から飛ばされてきた子供だったのです。


その生徒に事情を聞きました。

別の時空では人口増加が問題になっている。それで少子化が進んだ現代の日本に子供をたくさん送り込んでいると。

別の時空で空腹を満たしたり、身体を洗ったり、ノートに字を書くこともそうです、できないです。そのために沢山の物も同時に、別の時空から送られてきていたようです。


そしてその生徒を通じて別の時空と繋がりました。

現実を変えられるのはここの時空に生まれた僕だけなんです。

それから、彗星が落ちるまで僕はワクワクが止まりませんでした。

後悔はなにもなく、喜びで溢れたまま死ぬことができます。


そして、総理を始め、皆さんが生きていくための食糧などは、

ほぼ永久的に、その生徒がいた時空から送られます。

だからその点では安心してください。


私たちの時空にいた人類は彗星によって全員が死ぬはずでした。

しかし、皆さんは生きています。

皆さんは、地球が長い時間かけて作り出した人類の歴史そのものです。

それを残すことができた。

それが僕の生きた意味でした。

皆さんをこんな僕のエゴに巻き込んですみませんでした。

せめて、幸せに暮らしてください。

時空が違ってもまたどこかで。

僕も幸せになりますから。



手紙を読み終わったころだった。

少し離れたところに大量の食糧や道具を始め、

見たことがない最新の乗り物まで現れた。

人々はそれを見て、涙を流した。

時空の隙間に落っこちてしまったが、幸せにはなれそうだ。

そして俺は総理大臣を続けよう。




最近don't look upを観たので、

設定を借りて書いてみた。

勝手作ったアナザーストーリーです。





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