【映画】「私、オルガ・ヘプナロヴァー」感想・レビュー・解説

映画として面白かったかどうかと言えば、面白くなかった。説明的な描写があまりにも少なく、「今どういう状況にあるのか」ということが、少なくとも僕にはなかなか捉えられなかった。「オルガ・ヘプナロヴァー」という人物が、本国チェコスロバキアでもそこまでメジャーな存在ではないはずなので、「観客が、オルガについての知識を持っていること」を前提とした造りではないはずだ。敢えて説明的な描写を排したということなんだと思うけど、その造りは、ちょっと僕には合わなかった。

ただ、オルガ・ヘプナロヴァーという人物は、なかなか興味深いと感じた。チェコスロバキア、最後の女性死刑囚である。

物語の前半の方で、オルガが手紙を書いているシーンがある。その手紙の文面に、こんな文章がある。

【みんな、つまらない会話で笑ってる。
何か話せていればいいみたいだ。】

僕も、よく同じことを思う。「内容はともかく、単に『会話をしているという状態』に満足できるのだろうか」と感じてしまうような人が多い。

別の場面では、カウンセラーらしき男性に次のように言う。

【他人とは分かり合えない】
【他人にはもう何も感じない】
【もう現実に興味がない】

こういう感覚も、結構分かる。僕は割と、「ほとんどの人間には興味がないけど、人間にしか興味が持てない」と自覚しているので、オルガのようにはならないが、それでも感覚的にはかなり理解できる。

「他人にはもう何も感じない」という言葉に、カウンセラーは、「それでも人間が好き?」みたいに問い返す。それに対して、「もう現実に興味がない」と返したはずだ。オルガが感じている絶望感みたいなものは、割と僕には馴染みがあるし、オルガには近いものを感じる。

そんなオルガは当然「自殺」も選択肢に入れている。ラスト付近で、それに関して言及する場面があった。どんな言い方をしたのかちょっと失念してしまったが、「自殺は諦めた」みたいな言い方ではなく、「自殺ではなく、積極的に殺人を選んだ」みたいな言い回しだったように思う。彼女には彼女なりの現実認識があり、それは「普通基準」からすれば歪みきっているわけだが、彼女にとってはその「歪み」こそが現実なのであり、どうにもならない。

僕は時々、そういうことについて考える。つまり、「歪みきった現実認識の中でしか逝きられない人」についてだ。

僕も、運が悪ければそっち側の人間として生きていたと思う。なんやかんや運良くそっちの道を進む必要がなく、どうにかこうにか社会の中でそれっぽく擬態しているが、そうは出来ない人、出来なかった人もたくさんいるはずだ。オルガのようにしか生きられない人が。

そういう時、個人や社会はどんな「解」を提示できるのだろうか、と考えてしまう。

「死刑を望む」というスタンスは、いわゆる「無敵の人」と言っていいし、そういう「無敵の人」には正直、適切な手立ては思いつかない。正直、共存は至難の業だが、かと言って当然、何かしでかす前に排除するあけにもいかない。

オルガの、人や社会に向ける視線は、否応なしにそういう「困難さ」を浮き彫りにするような感じがある。

オルガは、猫背というのか、男っぽい歩き方というのか、とにかく「立っていても歩いていても、その佇まいにどことなく異様さがある」という雰囲気がとても良かった。オルガ役の女優はとても美人なのだけど、その佇まいの異様さが容姿と恐ろしいギャップを生んでいて、一層オルガの異様さが引き立つ感じがある。

僕はこの映画を勝手に、「十数年前の映画のリマスター版」だと思いこんでいた。観る前の時点で白黒の映画だということだけは知っていたから、そういう印象だったのだろう。だから、冒頭オルガが大写しになる場面で、「映像がメチャクチャ綺麗だな」と感じた。実際には2016年に制作された映画のようで(日本での公開は2023年)、そりゃあ映像も綺麗だろう。

ただ、「カメラが移動せず、固定点からのショットが連続する」みたいな感じも、なんとなく「古臭さ」を滲ませる雰囲気があって、僕は映画を観終わるまで、数十年の作品だと信じていた。なんとなく、ちょっと前に観た『WANDA』っていう映画を彷彿とさせる感じもあったからかな。

なかなか勧めにくい作品ではあるが、いずれにせよ、ザワザワさせる映画であることは間違いない。

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