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肩肘張らずに名刹改革 異色の尼僧が心掛けたこと

 ※京都の名刹、清凉院の取り組みを、写真の橘髙貞量住職の半生と共に紹介した記事です。

 「徳川家の許しがなければ入れない」。京都市伏見区の浄土宗清凉院は、かつてそう言われた名刹だったが故に、かえって人々から敬遠されていた。それが今では、檀信徒や地域住民が運営に積極的に関わる寺へと変化。波乱万丈の半生を歩んできた橘髙貞量住職(55)が、風穴を開けたという。何がそうさせたのか。(大橋学修)

 清凉院は、徳川家康の側室、お亀の方が、尾張徳川家の始祖である義直を産んだ地にある尼寺。普段は檀信徒以外には公開していない。

 唯一拝観できる機会が、浄土宗京都教区が毎年秋に開催する「京都浄土宗寺院特別大公開」。寺宝の見学や法話など、寺院ごとに特色を生かした行事が行われる人気の企画だ。

 清凉院では、橘髙住職が寺の縁起や本尊について解説し、離れで「尼カフェ」と名付けた接待を行う。好評の丹波大納言を煮込んだぜんざいは、檀信徒の松原春美さん(72)のお手製。これを楽しみに毎年参拝する人がいるほどだ。ほかにも十数人の檀信徒らが、カフェや受付で運営に携わっている。

 最初に特別大公開に参加したのは、橘髙住職が入寺して間もない2013年秋。とても一人では対応できないと思い、檀信徒に手伝いを頼んだ。「何でもできると肩肘張らずに、何もできないからと素直にお願いすることが大切。そうすれば、楽になれる」という。

 檀家総代の種子田隆男さん(80)は、自分ではできないことを全て請け負ってくれた。橘髙住職は「私にとってナイトであり、お父さん。阿弥陀さまの片腕のよう」と語る。

みんなで奉仕して、食べて、楽しんで

 特別大公開への参加がきっかけとなり、清凉院は徐々に地域に開かれていく。書道教室やヨガ教室の会場となり、月に1度行う境内や本堂の大掃除には、教室の生徒らも参加。近所の子どもたちが、池のメダカをのぞきに来るようになるなど、人の輪ができ始めた。

 檀信徒の寒風澤(さぶさわ)和子さん(68)は「みんなを喜ばせるのが好きな庵主さんを中心に、ワンチームになっている」。松原さんは「まるで実家に帰ったかのような家庭的な感覚で、掃除の日が本当に楽しみ」と語る。

 橘髙住職が入寺した当初は、檀信徒同士の関係がうまくいっていなかったという。

 このため橘髙住職は、人と人をつなぐことに心を砕き、相手の欠点を見るのでなく長所に気付けるよう導いた。仲たがいしていた人々は、互いに良い印象を持つようになり、相手の体調を気遣うほどになった。「お寺は人が集まる場所。みんなで奉仕して、食べて、楽しんで。それが本来の姿だと思う」と語る。

瀬戸内寂聴さんから紹介

 そんな橘髙住職は、異色の経歴の持ち主でもある。

 大阪芸術大学に進学したものの、「諸行無常を感じた」として、中退。いろいろな物事を客観的に見つめるようになりたいと、瀬戸内寂聴僧尼の門をたたき、清凉院を紹介された。京都市東山区の浄土宗尼僧道場で学んだ後、加行を受けて浄土宗僧侶となった。

 だが、教師資格を得たにもかかわらず、確執があって清凉院を退山。故郷に帰って葬儀会社に就職した。父の介護と死を経験した後、介護福祉士に転身し、さらには介護支援専門員(ケアマネジャー)となった。「約20年間、いろいろと旅をしてきた」と言う。

 転機となったのは、京都医療福祉専門学校(京都市伏見区)の通信科で福祉を学び始めたこと。スクーリングで京都に通う際、再び清凉院に顔を出すようになり、師僧で当時住職だった福谷貞元僧尼と交流が復活した。

 ある日、「あんたを跡継ぎにする」と師僧から突然の電話があった。「終活でも始められたのか」と軽く受け止めた翌日、仕事中に見知らぬ番号から立て続けに電話が入った。師僧の逝去を知らせる連絡だった。

 長すぎたブランクのせいで、すぐには入寺できなかった。清凉院に関係する僧侶の支援を受けながら、半年かけて学び直し、住職に就任した。

 紆余曲折を経たことで、大切な人を亡くして悲嘆に暮れる人々や、介護の悩みを持つ人々に、共感できるようになった。橘髙住職は言う。

 「一般にはおせっかいと思われることも、僧侶という立場だと、自然なこととして受け止めてもらえる。阿弥陀さまがしたいことを『代わりにしなさい』と言われているように感じる」

 私たちが週2回発行している宗教専門紙「文化時報」の中から、2020年3月25日号に掲載された記事を再構成しました。皆さまの「スキ」と「フォロー」をお待ちしております。
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