見出し画像

“ロングリード“のストーリーで、インスピレーションを与えたい【2021/11/21放送_フリーランスのストーリーテラー 宮本 裕人さん】

Fm yokohama(84.7MHz)から毎週日曜日深夜24:30~25:00にお送りするラジオ番組『文化百貨店』。
11月21日の文化百貨店は先週に続いて、フリーランスのストーリーテラー・宮本裕人さんをゲストにお送りしました。今回は、宮本さんが最近手掛けた翻訳や、個人で立ち上げたプロジェクトなどについて伺いました。

【パーソナリティ】
セイタロウデザイン代表・アートディレクター 山崎晴太郎(@seiy

【今週のゲスト】
フリーランスのストーリーテラー 宮本 裕人さん

1990年、神奈川生まれ。『WIRED』日本版エディターを経て、2017年よりフリーランスとして活動中。2017年にロングフォームに特化したストーリーテリングプロジェクト『Evertale』をスタート。2019年に時代と社会の変化に耳を傾けるメディアプラットフォーム『Lobsterr』を共同設立。編著に『いくつもの月曜日』(Lobsterr)、訳書に『サラリーマンはなぜサーフボードを抱えるのか?』(真崎嶺)がある。

【今週のダイジェスト】

▶︎声はパーソナリティが最も伝わるメディア

【山崎】先週もお伺いしたんですけど、現在宮本さんが力を入れて活動をされているメディアプラットフォーム『Lobsterr』について、改めて教えていただけますか?

【宮本】2019年3月に、僕と佐々木康裕さん、岡橋惇さんの3人で立ち上げたメディアプラットフォームになります。メインの配信チャネルが、毎週月曜日の朝7時に届く『Lobsterr Letter』 というニュースレターです。ここでは、“小さな声に耳を傾ける”というのを大事にしていて、日本ではまだ紹介されていないような世界のトピックや考え方や価値観を海外のメディアからキュレートをして、伝えるという事をやっています。

【山崎】放送しているこの時間(日曜日の24時30分)に登録をしても、起きたらニュースレターが届いているんですよね。Lobsterrですが、文章だけではなく、『Lobsterr FM』というポッドキャストも配信をされていますね。ポッドキャストの魅力って、どんな所に感じていますか?

【宮本】ラジオと似ている所が多分にあるのかなと思うんですけど、声というのは“パーソナリティが最も伝わるメディア”だと感じています。僕も、国内外のポッドキャストを色々聴くんですけれども、そのお陰で、直接本人に会っていなくても、声だけを知っているという人が増えたんですね。

それで、何かのきっかけでポッドキャストを聞いていた人とお会いした時に、「声は知っています」という所から会話が始まるんですよ。声をずっと聴いていると、初めて会った気がしないというか……。イマジナリーフレンドではないですけれど、勝手に友達みたいな感覚になれるくらい、パーソナリティが伝わるメディアなのかなと思っています。

【山崎】それは、すごく分かります。僕も「ラジオを聴いています」と言われると、すべてを見られているような感じがして、変に格好を付けることが難しくなるというか……。フルオープンにするしかないという感覚になりますね。

最近は、プラットフォームやメディアが進化や変化が著しいというか、色んなチャネルが出てきていると思います。今、宮本さんが注目している流れはありますか?

【宮本】メディア業界でいうと、ここ1~2年で“クリエイター・エコノミー”と呼ばれる経済圏が生まれてきているんですね。元々は、2008年にケビン・ケリーという『WIRED』US版の編集長が、『1000人の忠実なファン』という名のブログを書いて、構想を発表したものなんです。「あなたがクリエイターだったら、世界中に1000人だけあなたに年間1万円を払ってくれるファンを見つけなさい」という内容で、そうすると年収1000万円になるので、十分に生活ができるようになりますよね。

ニュースレターのプラットフォームであるSubstackや、ポッドキャストのプラットフォームであるAnchorが登場したことでツールが増え、クリエイター・エコノミーがより実現しやすくなったというのが、この1~2年なんです。当初は、「メディアを民主化するもの」という事でポジティブに捉えられていたんですけれども、一方で今年になってから議論の質が変わってきました。トップ1%のクリエイターが、全体の収益の半分を稼いでいたりする。そういった格差が見えつつあるというのが、現在のクリエイター・エコノミーの状況でもあります。

ニュースレターやポッドキャストを使っている者として、このクリエイター・エコノミーが、今後どうなっていくのかという事には、興味を持っていますね。

画像2

▶︎初の翻訳作品で知った、日本のデザイン業界に潜む無意識の人種差別

【山崎】今年発売された、日系アメリカ人のグラフィックデザイナー真崎嶺さんの著書『サラリーマンはなぜサーフボードを抱えるのか?』に翻訳者として関わられたんですね。これは、どういう内容の作品ですか?

【宮本】真崎嶺さん(Rayさん)が、日本のデザイン業界における人種差別と白人至上主義の歴史をまとめた一冊になります。僕がハッとさせられた部分を1つ挙げると、書店でファッション系の雑誌のコーナーを見ると、表紙のほとんどが白人や、白人と日本人のミックスのモデルだったりするんですよね。

日本で育った方には当たり前に映るかもしれないですけれども、日米両方のバックグラウンドがあり、ニューヨークで生まれ育ったRayさんは、そこに違和感を覚えたんですね。こういった極めてパーソナルな気づきや経験から、日本のデザイン業界に根付いている人種差別を紐解いた一冊になります。

【山崎】僕も、ファッション系のモデルのキャスティングをする事もあるんですよ。モデル事務所から提示される、コンポジットという自己紹介シートを見ながら選んでいくんですけど、ほとんどの年齢が10代ですもんね。「そういうものなんだ」と、僕も受け入れていましたけど、そこに疑問を覚えながら携わっている人は少ないだろうなと感じますね。

ファッション業界で言うと、ダイバーシティや多様性みたいなものに敏感で、モデルも性別やジェンダーなど様々な人を入れないといけないという流れがあるじゃないですか。その中で、クリエイティブとしては“マイノリティーが支配しているような概念”を作り上げないと、いわゆる憧れや羨望からの消費が起きない部分があって、「そこが、すごい難しい」と考えていた事も思い出しました。でも、Rayさんの本の話を聞いて、僕の思考が止まっていたというのに、気づかされました。

【宮本】日本は、単一民族と言われる機会が多いですし、そういった考えも強いと思うんです。けれども、日本にも人種差別があるんだという事を、Rayさんのパーソナルな経験や体験から掘り下げてくれている本なんです。デザインや広告、あるいはメディアという表現に関わる人には読んで欲しい一冊になっています。

【山崎】この本は翻訳するにあたって、自分の思考を挟みたくなりがちなテーマのように思うんですよ。でも、主役にはRayさんがいるので、その加減って難しくなかったですか?

【宮本】山崎さんが仰ったように、この本の著者はRayさんなので、翻訳者としてはなるべくRayさんの声をそのまま読者に届けられる日本語にしたいと思いながら手がけていましたね。内容が正確であることは大前提なんですけれども、それと同時に「Rayさんがこう言っているんだ」ということが、分かってもらえる日本語になっていると思ってもらえていたら嬉しいですね。

▶︎ドキュメンタリーを観ているようにストーリーが進んでいくロングリード

【山崎】2017年にストーリーテリングプロジェクト『Evertale』を立ち上げていらっしゃいますよね。これは、どのようなプロジェクトなんですか?

【宮本】『WIRED』から独立した直後に立ち上げたWebマガジンになります。1万字以上のロングリードのストーリーだけを書いていくというコンセプトで立ち上げました。元々、海外のロングリードのコンテンツが好きだったんですけれども、日本のメディア環境では、そこまで長い記事を書ける場所が少ないと感じていたんですね。それで、自分で作ってみようと始めました。ただ、最近はLobsterrの方に軸足が動いてしまって、数年ほど休憩をしているんですけれども、長い目でやっていきたいなと思っていますね。

【山崎】「1万字以上のロングリード」というのは、例えばどういうコンテンツになるんですか?

【宮本】『NEWYORKER』や『WIRED』といった雑誌には、掲載されていますね。アメリカで「feature」と言われている10ページ以上で伝える記事を、僕はロングリードと読んでいます。

【山崎】なるほどね。ロングリードの魅力は、どんな所ですか?

【宮本】『WIRED』に入った時に、ロングリードの翻訳記事の編集担当になったんです。海外の一流ジャーナリストが書いた記事を、日本の一流の翻訳家に訳をしてもらって、原稿を集めていたんですけれども、読んだ瞬間に驚くくらい面白かったんですよね。

記事で取り上げられている人の人生や、あるプロジェクトの変遷の全てを1つの記事で網羅して、そこにドラマの要素や色んな人の言葉が入りながら、ドキュメンタリー映画を観ているようにストーリーが進んでいく。本当に目の前に映像が浮かび上がってくるような体験をして、自分で書けるようになりたいと思うようになりました。

【山崎】なるほどね。昔のカルチャー系雑誌には、編集部の熱い思いが詰め込まれたカバーストーリーもありましたよね。でも今は、写真とキャプションだけという形が多かったり……。

僕は、Webマガジンの立ち上げを手伝ったりもするんですけど、電車移動中の2~3駅で読めるような文字数とか、スマホのスクロールの回数を気にしたりと、最近の傾向として文章量がどんどん減っているような気がするんですよ。宮本さんは、この状況をどう見られています?

【宮本】僕も、すぐに携帯を見てしまうという事はあるんですけれども……。世の中的には、短い・速い・分かりやすいコンテンツが幅を利かしている所はありますが、一概にそれが全て悪いとは思っていないんです。だけど、それだけになってしまうと、つまらないのかなと。僕自身は、長くても、その分のインスピレーションを与えられるような記事を書きたいと思っていますね。

1つ言い忘れてしまったエピソードがあるんですけれど、2013年にアカデミー賞の作品賞を獲った『アルゴ』という映画を観たことはありますか?

【山崎】『アルゴ』って、ありましたね。観ました。

【宮本】アメリカのFBIが、人質を助けるために架空のSF小説を作ったという話なんですけれども、実はあの作品の原作が、WIREDのロングリードの記事なんですね。

【山崎】そうなんですね。知らなかった!

【宮本】雑誌の記事が原作になって、2時間の映画が出来た。そして、それがアカデミー賞を獲ったという事実があるので、ロングリードのテキストにはそういった力があるのかなとも思いますね。

画像3

▶︎一般の人たちの中にも、優れた面白いストーリーがあると思う

【山崎】最後のパートは、ゲストの皆さんにお聞きしていることを伺います。僕、山崎晴太郎とコラボレーションするとしたら、どんな事をしてみたい、もしくは出来ると思いますか?

【宮本】前回から、色々とメディア作りの話をしてきたんですけれども「山崎さんがメディアを作るのならば、どんなメディアになるんだろうな?」というのが気になりますね。ロングリードも、テキストだけだと中々読んでもらえないという現状があるんですね。そうなると、やはりデザインやビジュアルが大事になってくる。ロングリードで魅力的な物語を発信するためのデザインは、どういったものだろうというのを一緒に考えていければ面白いなと思います。

【山崎】それは、やってみたいですね。先ほどの話からすると、1つの映画をつくるというような事ですもんね。僕は、本を結構読むんですけど、複数を並行して読んでいるんですよ。“読みたい時”と“観たい時”って、違うじゃないですか?その気分をデザインしていければ良いなと思いました。

そして、この番組のコンセプトである「文化百貨店」という架空の百貨店があったとして、バイヤーとして一画を与えられたら、どのようなモノを扱いたいですか?

【宮本】今回の曲のリクエストの中で『Modern Love』という作品を紹介したんですけれども、(※Amazon Primeで配信中のドラマ。New York Timesに掲載された、一般の人々の恋の話を集めた同名コラムの実写版)そういった普通の人たちのストーリーを集める百貨店になったら面白いなと思いました。

ストーリーテリングや書き手と言うと、“一人の偉い作家と多くの読者”というイメージをしがちですけれども、一般の人たちの中にも、優れた面白いストーリーがあると思っているんですね。そういったものを集めて、来てくれた人が読めるような場所があれば面白いなと思いますね。

【山崎】その話を聞いて、1つ思い出しました。NGOの仕事をやっていた時期があって、被災した現地のコミュニケーションを手伝ったりしていたんですけど、その中で聞き書きの本を出したんですよ。うちでデザインと編集、Webを作ったんですけど、すごい密度の体験が1人1人の中にあるんですよね。それを残すことは、すごく意味がある事だと思ってやっていたんですけど、1人1人の体験だから量が多すぎて、その先になかなか届いていかないですよね。

記録までは出来たと思うんですけど、最後の“コンテンツ力”というか……。『Modern Love』は、最後にそこまで転換したというのが、ポイントのような気がしました。

【宮本】実は、こういったコンセプトで色んな作品が出ていて、アメリカの作家のポール・オースターの『National Story Project』という作品は、アメリカの一般の人たちの話を集めたものだったりします。あと、もう1つ紹介したいのが、『Little America』という本。これは、アメリカに移住した人たちの実話を集めたものなんです。Apple Tv+でドラマにもなっていて、色んな国から来た人達のエピソードが30分ぐらいのドラマになっています。出身国や肌の色、使う言語が違っても、1人1人のストーリーを知ることで、「同じ人間なんだな」と再認識できる力が、ストーリーにはあると思うんですよね。

特に今は“分断の時代”と言われていて、考え方が違う人たちが対立しているような状況が続いていますけれども、自分とは一見違うと思うような人でも共通点があるという事を、ストーリーを通して伝えていけるのではないのかなと思っています。

【山崎】なるほど。ありがとうございます。最後になりますが、今後の予定や計画をしている事があれば教えてください。

【宮本】今年、Lobsterrの『いくつもの月曜日』とRayさんの『サラリーマンはなぜサーフボードを抱えるのか?』の2冊を自費出版でつくりました。それぞれ部数は少ないんですけど、「深く読者に届いたな」という実感があって、すごく楽しかったんですね。ということで、この冬に“トラブルメーカーズパブリッシング”という出版レーベルを作ろうかなと計画しているところです。

【山崎】今、まさに計画中という事なんですか?

【宮本】まだ名前と、大きなコンセプトしか出来ていないんですけれども、「パーソナルな声を伝えるパブリッシングレーベル」というコンセプトを付けて活動していきたいなと思っています。今後、色んな人の魅力的なストーリーをレーベルを通して伝えていきたいなと思います。

【山崎】なるほど。これは、ますます楽しみですね。2週に渡って、色んなお話を伺えましたね。僕には、すごく楽しみにしているコンテンツが2つあって、1つは年に3回だけプロダクトとして出版される『工芸青花』という雑誌。もう1つがLobsterrなんです。

仕事柄、色んな情報が入って来たり、様々なコンテンツに触れているんですけど、Lobsterrは「知らなかった」とか「見ていなかった」と思うものが、たくさん紹介されているのですごく新鮮なんですよ。まだ、登録されていない方は、オススメなので、ぜひフォローしてみてください。今回のゲストは、フリーランスのストーリーテラー宮本裕人さんでした。

【今週のプレイリスト】

▶︎宮本 裕人さんのリクエスト
『Setting Sail』Gary Clark & John Carney

▶︎山崎 晴太郎のセレクト
『Youʼre So Very Far Away』Clem Leek


といったところで、今週の『文化百貨店』は閉店となります。
次回は、スケーター・映像クリエイターの岩澤史文さんをお迎えして、YouTuberとしての活動やTOKYO2020で注目を集めたスケートボード業界について伺います。

【次回11/28(日)24:30-25:00ゲスト】
スケーター/動画クリエイター 岩澤 史文さん

画像1

動画クリエイター/スケーター 大阪生まれ、ハンガリー、ドイツ、大阪育ち。
中央大学商学部卒。 スケートボード系動画クリエイター。スケートボードを通して、すべての人が自由に表現できる社会を目指すRitopia代表。登録者数20万人を超えるチャンネル「MDAskater」を運営、途上国でスケボーを教える「SkateAid」プロジェクト主宰。オンラインサロンを運営し、スケートボードコミュニティー拡大に努めている。オリジナルアパレルブランド「SHIMON」も運営している。株式会社GROOFY取締役。 不登校だった小学生の時にスケートボードと出会い、人生を変えられる。以後、そのスケートボードの魅力を広めるために活動している。著書に、スケートボードの魅力を語る書籍「僕に居場所をくれたスケートボードが、これからの世界のためにできること。」

また日曜深夜にお会いしましょう!

Spotifyでアーカイブをポッドキャスト配信中


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?