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泉の森を散策して旅気分

朝風呂に入って谷川俊太郎の『散文』を読んだ賢也。海外旅行の短文を何個も何個も載せているだけの谷川俊太郎らしい本の構成だ。すこぶる簡単な話だが、面白いエピソードが羅列されている宝石箱の様な本である。前から詩人の書く旅行記は、面白いと思っていた。

謙也は、風呂上がりに突然、大和市の『泉の森』へ行こうと言い出した。3年前に行った切り、車もないので行ったことが無い。「相模大塚で降りるのだっけ」と優子が思い出の糸を引き出す様に言った。「そうだ、相模大塚だよ」と謙也も記憶が蘇ってきたようだ。谷川俊太郎の旅の軽妙な文章を読んで思い付いた。

相模大塚は、相模鉄道の沿線にあり、のどかな風景が広がる落ち着いた雰囲気が特徴で、何もないが「泉の森」がある。四季折々の植物や野鳥、池や小川などがあり、自然をたっぷりと満喫できる環境が広がっている公園だ。地域の憩いの場にもなっていて、バーベキュー場や植物園もあるので、ファミリーで楽しむ公園だ。

そういえば、まだ息子が小学生の頃、近所の家族とここでバーベキューをしたことを思い出した。もう離婚した夫婦もいるが、同じ歳頃の家族とみんなで無心にバーベキューをした。外で、食事をすることが楽しかった。子供を通じて、肉を焼き、野菜を焼いて、ビールを片手に、男が料理をする姿が自然だった頃を思い出した。

駅から徒歩3分のところに「桜森稲荷神社」がある。「横浜ときどき旅」というサイトを見つけたら、こう書いてあったので記する。
『弘化二年(1845)熊野神社において熊野三社大権現を勧遷し、五穀豊穣祭りを行った際、熊野神社の厄除けとして建立されたのがはじまりだそうです。社名の由来は、境内に桜の古木があったことや参道が桜並木になっていたこと、源頼朝が鷹狩に来て馬をつないだ桜木の伝説から、などといわれています。』

何しろ、狐の石像が何個の祀られているのに驚く。「全部の狐がマスクしているよ」と優子が驚いていた。律儀にマスクを全部の石像に付けているのが驚きだった。「流石に、神様もコロナには勝てぬと踏んだか」と茶化した。

泉の森には、郷土民家園があって、江戸時代に建てられた2棟の古民家を移築・ 復元した昔懐かしい藁葺き屋根の民家がある。旧小川家と旧北島家の2棟だ。小川家は江戸中期の一般農家住居であり、全体にシンプルな美しさがある。北島家は養蚕が盛んになった江戸末期に建てられた典型的な養蚕兼業農家の住居で豪農の感じがする。謙也は、どちらも好きだ。外に生きた鶏を飼っている鶏小屋もある。

四季の花木が植えられた庭園としても魅力がある民家園は、江戸時代の農家の庭先にいるような錯覚さえ感じる。丁度、梅が咲き始めていた。寒い中でも花を見ると和むのは何故だろうかと思ってしまった謙也であった。

林を抜けて、歩いていると自然観察センター「しらかしの家」に着く。鳥の標本や模型など自然を学ぶための資料が豊富で、水槽に川魚が泳いでいたり、普段見ることのできない動物の写真などもあるのに驚かされた。そこのベンチには年寄りも何人かいたが、座って休憩をした。

右に折れて進むと「しらかしの池」が湿地とともにある。そこには、大量の鯉が泳いでいる。寒いのか小川の出口に屯していた。鴨も湿地の枯れ枝に身を寄せている。普段見られない光景に謙也は驚いてしまった。

米マツを利用した傾斜橋が特徴の「緑の架け橋」をくぐると水車小屋が見えた。水を利用した水車は動いていた。子供連れの家族が珍しいそうに写真を撮りながら観察していた。謙也もスマホをビデオモードに切り替え録画するほど貴重な光景である。

脇を流れる小川は、澄み切った透明度のある川で、明らかに湧き水だと素人でも分かる綺麗さである。浄化するように水草が所々に点在して緑色が映えていた。売店所と書かれた路地坂を登っていくと野良猫が、餌を求めて寄ってきた。

手持ちに何もない二人は、何もできずに、心残りだが通り過ぎた。小さな2坪くらいの売店は、日曜日なのでやっていた。肉まんの赤いのぼり旗が揺らいでいたが、無視するように元の道に向かって歩いた。親子連れや老夫婦が売店前のベンチに「寒い、寒い」と言いながら座っていたのが印象的だった。

「泉の森」を出ると大地主らしい家がいくつもあった。「上草柳というところは、国会議員の事務所がある所だけあって金持ちが多いのかも」と謙也は皮肉混じりに言った。そこを抜けるとスーパーなどがある。「Glam House(グラムハウス)」というコッペパン専門店がある。

コッペパンのメニューは豊富だ。たまご、コーンスロー、ツナ、ハムチーズ、チリビーンズ、野菜サラダ、コンビーフハッシュなどの名が知れたものからチョコバナナホイップ、北海道メロンクリームなどレアなものまで揃っていた。

「コロッケを注文したけど、時間が掛かると言われたので、たまごのコッペパンにした」と優子が一人で店に入り、買ってきた。二人で食べきれない大きさだったので、二つに分けて食べた。まるで恋人同士に戻った時のようにシェアした。謙也はそれが妙に嬉しかった。

寒いベンチで食べ終わると帰路に着いた。相模大塚駅に戻り、1時を回ってしまったので、「昼飯どうする。あったかいものが食べたいけど」と謙也が言った。「駅の構内にある蕎麦屋さんにする」と優子が珍しく妥協した発言をした。ブロイラーみたいで嫌だという優子に気遣って、家に戻ろうとなった。

結局、外食費よりも安いタクシーに変更して家に戻った。優子が、ささっと野菜を切り、インスタントラーメンを茹で、あんかけ状の野菜ラーメンを拵えた。優子は、料理が好きだと公言しているだけあって素早く作る。

「本当に美味しいよ」と謙也が感動するように、美味い。「毎日が旅」だという優子が言う通り、電車に乗って、旅気分を味わった。日常の中に旅がある。そんな感じがしている。家から一歩出れば、もう旅だ。「玄関開けたら、旅気分。」広告のような感じがするが、現実も日常から離れた旅をしているわけだ。気分次第で、夢心地になっている。それが旅だと。


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