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何かに取り憑かれたような、未来はいつも面白い

妻の優子が、足の指を骨折、息子が利き腕の腱鞘炎で痛みを訴えている。家族がなんらかの故障や怪我で、買い物へも出れない状態だ。謙也1人が何とか時間はかかるが、買い物くらいは行ける。「まるで、何かに取り憑かれたように家から出さないように仕向けられているようだわ」と優子の言う通り、家から出さない作戦のような気がしてくる。

今日は、地元の人しか来ないホームセンターの「クロガネヤ」に行ってきた。「今日は、一粒万倍日だから、苗を見てくるわ」と優子に言って出かけた。一粒万倍は「わずかなものが非常に大きく成長することのたとえ。また、少しでも粗末にできないという気持ちをも表す。」言葉で、苗を植えたり、宝くじを買ったりと一粒万倍日は何かを始めるのに最適な日だそうだ。謙也もそれにあやかって、苗とタネを買いに来た。

ところが、他では見かけない『アシタバ』の苗を発見した。別名、八丈草とも言われる八丈島の特産品だ。アシタバは、原宿に八丈島の郷土料理を出す店『はっとり』の名物でアシタバの天ぷらがある。それに出会えたことに感動した謙也であった。アシタバ以外にも花と野菜の種を買った。レアなものが多いので、楽しみのある店だ。


ちょうど、謙也は『チャップリン自伝』を読んでいた。成成しそうな時期に差し掛かったいる。苦労が荒波のように押し返し押し返しやって来て、息つく暇もないほど、貧乏な生活が続いたチャップリンも転機が訪れて役者として巡業に行くことが決定した。平々凡々と暮らしていたように見えるが、苦難の連続で、母親や兄とも離れ離れの生活を強いられていた彼の数奇な運命が変わろうとしている。

ちょうど、そんな感じの謙也一家であった。「これも、毒出しの一つだよ」と優子は明るく言う。毒だしと言う言葉は、全てが上手く行く。失くしものや職を失っても、毒だしで済む。毒を出している最中だから、必ず良く成ると保証されている。ポジティブに考えれば、全てが上手く収まる。

アーユルヴェーダを基にした「毒出し法」は、「白湯を飲む」「半身浴をする」など1日1つで体と心がスッキリ楽になると言われている。アーユルヴェーダとは、サンスクリット語のアーユス(Ayus/生命)とヴェーダ(Veda/科学)を組み合わせた「生命科学」という意味で、五千年の歴史をもつインド・スリランカ発祥の伝統医療だ。

そんな高尚な話は、ともかく毒だしという言葉が一人歩きしている謙也は、白湯を飲み、半身浴を続けている。妻の優子は、もう10年以上続けている。「続けていなければ、もっと大怪我をしていたかも」と言うのも納得できる。「病は気から」の論理に似ていて笑ってしまうが、全てを「毒だし」に結びつけるとポジティブに成る。

なんであれ、不幸を感じない思考は、前向きで進歩感が出る。落ち込むところを明るい明日がある。お笑いコンビの爆笑問題の太田光の座右の銘に「未来はいつも面白い」がある。この言葉は、誰もが感銘する。まさに、未来は面白い。

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