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文というハンドルネーム、さわむら蛍というペンネームで書いていた作文をブラッシュアップしてまとめています。
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2020年12月の記事一覧

そんな日のアーカイブ 2003年の作家たち 2   高橋源一郎

そんな日のアーカイブ 2003年の作家たち 2   高橋源一郎

まことに失礼なことながらこのかたを見るたびに「そらまめに似ている」と思ってしまう。

そらまめ、あたし自身はすこぶる好物なのである。茹でてみれば窮屈な皮のなかはホクホクとまことに心安らかなるあじわいではないかとひとり思っている。

その類似は高橋氏の顔の輪郭からの連想なのだが、このかたもけっこう分厚い皮を身に着けておられるような気もする。つまりシャイなおかたである。まあ、一筋縄ではいかない感じとい

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ふびんや 41 「闇坂 くらやみざか Ⅴ」

ふびんや 41 「闇坂 くらやみざか Ⅴ」

ーーー実は、これは僕の祖母の嫁入り道具だったものなんです。ええ、「ふびんや」さんに仕立て直しをお願いしたあの羽裏の持ち主が祖父で、その奥さんってことになりますね。

もう遠い昔の話ですから、僕も両親から聞いた話でしかないんですけれども、祖母は、遡ればやんごとない、けっこう家柄のよい家から嫁いてきたそうで、この人形は祖母が輿入れの際に持ってきた自分自身のものらしいです。

雛人形って娘が生まれたとき

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そんな日のアーカイブ 2003年の作家たち 1 古井由吉

そんな日のアーカイブ 2003年の作家たち 1 古井由吉

2003年7/28〜8/2まで、東京・有楽町よみうりホールで開かれた日本近代文学館主催の公開講座「第40回夏の文学教室」に参加し「『東京』をめぐる物語」というテーマで、18人の名高い講師の語りを聞きました。

関礼子・古井由吉・高橋源一郎
佐藤忠男・久世光彦・逢坂剛
半藤一利・今橋映子・島田雅彦
長部日出男・ねじめ正一・伊集院静
浅田次郎・堀江敏幸・藤田宣永
藤原伊織・川本三郎・荒川洋治

という

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そんな日のアーカイブ 7   2003年の先生 今橋映子

そんな日のアーカイブ 7   2003年の先生 今橋映子

1961年東京港区に生まれた今橋さんは、2003に東京大学大学院の助教授だった。総合文化研究科の超域文化科学専攻で比較文学比較文化の講座を持たれていた。

ヒューと口笛ふいてしまいそうな肩書きなのだか白いスーツをきちんと着こなして舞台に現れたボブカットのご婦人はそういう堅苦しさとは無縁のようにのびのびとしていて、育ちのよい利発そうなお嬢様風に見えた。ハキハキとしてよく通る声で語られた講座は「佐伯祐

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そんな日のアーカイブ 6    2003年の作家 半藤一利

そんな日のアーカイブ 6    2003年の作家 半藤一利

半藤さんは夏目漱石の義理の孫である。漱石の長女筆子さんの娘さんと結婚して夏目一族のひととなった。

世の中にはそういうひともいる。知り合いに田沼意次の直系のひとの嫁さんがいた。日常はどうってことないけど、そういう直系の会というのがあって武田だの上杉だの歴史上の有名人の名が並んでいてそれはなかなかおもしろいものよ、とか言っていた。

そこに生まれつくことは選べないが、そういうひとと添うことは意思が必

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そんな日のアーカイブ 5    2003年の作家   逢坂剛

そんな日のアーカイブ 5    2003年の作家   逢坂剛

リチャード・ドレイファスばりの体型を砂色のスーツに包んで現れた逢坂さんは「私と神保町」という演題で話された。

濃い飴色のやや太目の縁の眼鏡の奥のよく動く瞳を会場のあちこち満遍なく滑らせながら、さて、なにを話されたのだったろう。とてもとても面白くて、くすくす笑ったという記憶はあるのだが、なにがどのように面白かったのかと思い出そうとして、どうにもおぼつかなくて頭を捻っている。

高校時代に学校で逢坂

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そんな日のアーカイブ 4   2003年の作家 久世光彦

そんな日のアーカイブ 4   2003年の作家 久世光彦

このかたの講演を聴くのは二度目だった。前にも思ったのだが、このかたが細い声で語りながらその合間にみせる表情は温泉につかって「ほう」と短く溜め息をついている品のよい老婦人を思い起こさせる。

幾山河越えてきた長い長い時の流れのなかで、胸のうちにしまいこんだだれにもいえない思いをほんの少しだけ吐き出すようなそんな風情なのだ。

「体がヨロヨロで」と嘆かれる表情もそんなふうである。その口元があやしく老婦

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そんな日のアーカイブ 3  2003年の評論家 佐藤忠雄

そんな日のアーカイブ 3  2003年の評論家 佐藤忠雄

もの知らずのあたしはこの佐藤さんが有名な映画評論家であることを知らなかった。

品があっておしゃれで都会的で、垢抜けした小粋なおじさまであるなあと思って眺めていたら、隣席のおばさんが「そうそう、このひと有名な評論家なのよ。知ってるわ」と声高に得意げにその隣のおばさんに教えてる声がした。つまりそういうかたなのだ。

そのひとが「小津映画のなかの東京」を軽やかな口調で語る。そのてらいのない軽やかさが

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