書評『順茶自然』澄川鈴著 /甲南大学教授 胡金定
友人の文筆家・編集者、東晋平さんから新書籍『順茶自然』(著者/澄川鈴、BUNBOU社刊)が出版されると連絡がありました。さっそくBUNBOU社のホームページをクリックして、予告欄に「はじめに」と「著者略歴」を見つけて読んでみました。「隨縁」「茶縁」「順其自然」などの中国語が飛び出してきて大変懐かしく、また、奇縁で著者と中国茶が結ばれたことに興味が湧いてきました。
全書を手にして目次を見ると、「水餃子とおばあちゃま」「ラサ行きの寝台列車」「私はあなたにキスします」「儀式っぽさが大事なのよ」「つながる〝茶縁〟」「中華風素麺の味」「未修復の〝万里の長城〟」「ネットショッピングの思い出」「山水は上から汲みなさい」「ドラえもん好きの言語学者」などユニークなタイトルが並びます。
澄川鈴氏は2004年に本格的にお茶に接し、そこから中国茶に興味を持ち、中国政府公認の評茶員・茶藝師の資格取得のための講座(日本中国茶協会主催)に参加。2009年に中国安徽農業大学で中国政府公認評茶員・茶藝師の資格を取得した後、「現地の言葉で中国茶文化を理解したい。中国茶を本格的に学ぶためには、中国語を勉強するのが最善策だ。となれば、 留学するしかない」と、2012年2月から北京語言大学へ留学します。2017年7月に修士課程を修了し、帰国後は「気軽に手軽に中国茶」をモットーに中国茶講師として始動します。同年、華文教師証書も取得。2020年3月に大阪府高槻市内の福寿舎2階・蓮室に「中国茶教室 時時 茶席『鈴家-suzuya-』」を開店し、現在はオンラインで中国語講座も開講しています。
本書はその軌跡をつづったエッセーで、一人の若い日本人女性の中国留学、中国茶を通した〝茶縁〟、日本人と中国人との友好交流記録です。これから中国・中国人との交流に資するものも多く含まれ、非常に読みやすい筆致で描かれています。
中国の国土は広大で東西南北の食生活、風俗習慣、さらに考え方もかなり異なります。澄川氏の留学先は北京ですが、チベットのラサ、遼寧省、内モンゴル自治区、広西チワン自治区、福建省と、中国の東西南北の各地を訪れています。ちなみに北京からラサは3600キロ、北京から広西チワン自治区は2400キロ、北京から福建省厦門の距離は2100キロです。「惚れて通えば千里も一里」ということですね。
澄川氏は留学によってさまざまな経験をされます。語学面では、中国語のアクセント「四声」の難しさに直面したようです。例えば「我問你(wŏwènnĭ)=あなたに質問します)」 と言いたいところ、四声を間違えると「我吻你(wŏwĕnnĭ)=あなたにキスします)」になってしまいます。 瀋陽出身のジャッキーの家族との「二娘餃子」交流では戦争の話を将来への希望に変え、内モンゴル行の寝台列車では緊張感のある中国社会を体感。お茶の本場福建省に乗り込んでは、安渓という烏龍茶の最大産地で茶農と交流し感動の「茶縁」を実践。北京語言大学留学生寮の友人は、メキシコから来た中国名は羅利利(Lìlì Luó)とカメルーンの泰欣(Xīn Tài)の二人 で、異国の中国での異文化交流を体験。未修復の万里の長城への旅は中国人でもなかなか行けませんが、北京現地の人の案内で観光。日本人の枠を越えて中国人ないし兄弟姉妹の扱いです。
このように、澄川氏の行動力はさることながら、その〝交流力〟には目を見張るものがあります。表面的で儀礼的な交流ではなく、中国人の家族に入って家族ぐるみの交流をし、三国志演義の「桃園の誓い」の考え方に通ずるものがあります。中国ではお互いに命を掛けても助け合っていく友情を結んだ相手には、兄弟、姉妹の契りを結びます。中国人を理解するには、この家族観を理解する必要があります。澄川氏のドラえもんが大好きな女性との交友は、まさに姉妹の契りを結んだかのようです。この女性はもともとお茶を楽しむ習慣がありませんでしたが、澄川氏との出会いによって、墨子泣糸のようにお茶を楽しむようになりました。
澄川氏の〝茶縁〟は中国に限定されてはいません。20年来の友人から、高槻市の福寿舎で書道教室を経営している書家の治京真紀氏を紹介してもらって、2020年に福寿舎で中国茶教室「鈴家」を開設したこともその延長線にあります。和菓子作家の中谷希代香氏、京都の服装デザイナー園山千恵子氏、兵庫県芦屋市にある日本茶専門店の茶庵「瀧家」の皆さんとの交流はその証です。源遠流長 になっていくことを確信しております。
臨済宗の開祖「栄西禅師」が宋で修行を終え、多くの経典と一緒に薬草として茶を育てようと種を持ち帰り、日本で始めて蒔いたのは佐賀県東脊振村にある霊仙寺内石上坊の庭です。今から832年前の1191年(鎌倉時代)でした。澄川氏は現代の栄西と言える、〝茶縁〟の伝播人です。民間の日中友好の新しいアイディアを提示してくれました。
最後に著者の言葉を引用します。
「本書で私が書いたのは、あくまで私自身が中国茶を通じて見たものや聞いたこと、学んだことです。日本のマスメディアが報じがちな結論ありきの中国とは異なる等身大の中国や、中国で暮らす人々の息づかいを感じていただければ幸いです」
本物の中国を知るヒントがつまった良著が、また新たな〝茶縁〟を結んでいくことでしょう。
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