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本を通じてウクライナを知る

ウクライナ情勢がますます切迫してきました。少し前からこの国に関心を持って、何冊か読んだので紹介します。

冒頭の画像は手元にある3冊です。うち1冊はkindle版で、表紙画像を表示したタブレットを写しました。

左の中公新書『物語 ウクライナの歴史』は駐ウクライナ大使も務めた外交官、黒川祐次氏2002年の著作で、やや古いですね。巻末に略年表も載っていますが1999年まで。しかしウクライナという国家がまだ存在していなかった古代、スキタイから説き起こしていて、歴史が一望できるのが利点です。ウクライナとロシアは兄弟国とされていますがその関係は複雑で、例えばキエフ大公国(本書では「キエフ・ルーシ公国」という呼称を採用)は現在ウクライナの首都になっている土地にありましたが、ロシアの源流ともされていて、立場の違いによってその位置付けも異なるわけです。そういったことも含めて私の場合はウクライナに関する知識の土台になりました。

ただ、基本文献としてはもっと刊行年の新しい明石書店エリア・スタディーズの『ウクライナを知るための65章』(2018年10月刊行)を挙げるべきでしょう。手元にないので写真には入れられなかったのですが。執筆陣も錚々たる顔ぶれです。 https://www.akashi.co.jp/book/b378133.html

真ん中のアンドレイ・クルコフ『ウクライナ日記』は原著2014年刊行、日本語版は吉岡ゆき訳、発行ホーム社・発売集英社で2015年の刊行です。巻頭に池上彰の「ウクライナ情勢入門」がついています。現下のウクライナ危機の出発点ともいえる2014年の出来事を綴って臨場感にあふれています。帯に「国民的作家」とありますが、クルコフはロシアにルーツがありロシア語で執筆する作家なのです。しかしアイデンティティはウクライナにあります。ロシア語話者だから親ロシア派と単純に割り切ることはできないのですね。2014年以降、ウクライナの国民意識はますます高まっています。プーチンの強硬姿勢がウクライナ人をそちらに押しやった面は否定できないと思います。

右のkindle版はセルヒー(またはセルギー、上述のクルコフ著ではセルゲイ)・ジャダンСергій Жадан (Serhiy Zhadan)のThe Orphanageで原著Інтернатは2017年の刊行です。この英語版は2021年2月にイェール大学出版局から刊行されました。具体的な年月は不明ですが2014年以降のウクライナ東部を舞台とするフィクションで、緊張感あふれる冒険小説です。その内容を簡単にまとめると次のような感じです。

親ロシア派勢力と親政府派の間で武装対立が先鋭化し、その前線に位置する都市に住んでいた教師パシャは、親ロシア派勢力に占拠された地区の孤児院に預けられている甥のサシャを連れ戻しに向かう。ウクライナ語話者とロシア語話者が併存するうえに言語使用だけで敵味方を見分けるのは難しいというこの地域特有の事情があり、戦闘の状況も一般市民には見えづらい中で、パシャは困難を乗り越えて孤児院にたどり着くが、そこから家に帰るまではさらなる困難が待ち受けている。読者は主人公パシャの内面や過去を垣間見ながら五里霧中を進む。

ジャダンは1974年生まれの詩人・作家でドイツ語やロシア語の文学作品のウクライナ語への翻訳も手がけ、ハリコフ教育大学で教鞭を執っています。国際的にもウクライナを代表する文学者として知られ、2009年のジョセフ・コンラッド・コルゼニオフスキ文学賞など多数の受賞歴があります。作品がドイツ語、英語、エストニア語、フランス語、ロシア語など多数の言語に翻訳されているほか、演劇やパフォーミングアートに戯曲や原案を提供したり、音楽も自ら手がけ、スカバンドに参加して「ジャダン・イ・ソバキ」の名前でアルバムも5枚発表しているという多才で魅力的な人物です。 

翻訳者のあてもなく日本語訳の企画書を某社にお見せしたことがありますが、その時点ではいい反応は得られませんでした。今なら多少は違うでしょうか。自社で翻訳権を取得して刊行するという手はありますが、翻訳には時間がかかるので、発売できる頃には状況もずいぶん変化しているでしょうね。いい方向に変わっていることを願うばかりです。

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