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実家の猫の話。

夜中、バスに乗っていたら根雪が残る歩道をトコトコと猫が歩いているのが目に止まった。こんなに寒いのにあの猫はどうしているのだろう。飼い猫だろうか。野良猫だとしたらさぞかし辛い越冬であろう。
町中で猫を見かけると実家の猫を思い出す。

あれは私が小学生2年生の頃。
父が
「芝犬買いに行くぞ!」
と息を巻くように私をペットショップに連れて行った。当時、フナやらカブトムシやらあらゆる生き物を飼育していた私は、犬を飼えるということにすっかり興奮していた。

小さいころから生き物が好きな私は、祖父の畑仕事について行っては畑の昆虫や農業用水路の魚を捕まえて家に持ち帰り四六時中眺めていた。
小学高学年まで誕生日には生き物の図鑑を買ってもらっていた。

この図鑑をご存知だろうか。
生き物の収録数自体は少ないものの、生き生きとした生き物達の写真ばかりで私は大のお気に入りだった。背表紙が破れたときはガムテープで補強してボロボロになるまで読んだものだ。どこに仕舞ったんだったか。

とにかく生き物が大好きだったのである。

ペットショップに着くと父は、子犬が並べられたショーケースの前で腕を組みながら子犬たちを物色していた。
私はどうしたことかショーケースでもない鉄のケージに入れられた猫ばかりを見つめていた。
「見ろこの芝を。白い靴下履いてるみたいだぞ。ホワイトソックスだな」
父はMLBが好きでホワイトソックスという名前が気に入ったようだった。
「この猫は??」
父の豆鉄砲を食らったような顔を今でも覚えている。
芝犬を探しに来たのに息子が猫を飼いたがっているのだ。
いやお前猫飼いたいなんて一言も言ったことなかったよな、なんで??
私自身なんでその猫を飼いたくなったのかよく覚えていない。
しかし父も何か良しとするところがあったのだろう。私がゴネることもなく、その猫を家に招き入れることとなった。
あとで知ったことだが、この猫は保健所の中でも比較的人を恐れることがなく、飼い猫として適しているため引き取り手を探してるところであったそうだ。

これがその猫の現在の姿。飼い始めてから15年近い。すっかりお婆ちゃん。
名前はタマ。いろいろと名前を考えていた頃、祖父がタマと呼んでいたので名前はタマに決定した。
そんなタマとはいろんな思い出がある。
ありすぎて書きたいことがまとまらないくらいだ。
ひとつ、タマに思うことは

アイツ良い奴だよな。

これに尽きる。
私が北海道に行ってからというもの、実家に帰るのは年に1・2回程度。それなのにしっかりと私のことを覚えているのだ。

敷布団の横で丸くなっているタマ。
この布団は帰省する際に母が敷いてくれたものだ。そしてこの写真は私が北海道に戻ってから数日経ったもの。
両親曰く、タマは私が帰って来るのを待っているそうだ。あまりにも健気に思えて布団を仕舞えずにいるのだという。

タマが私のことをどう思っているかはわからない。けれど私はタマに確かな友情のようなものを感じている。幼少期から思春期を共に過ごした親友といった感じだ。

そんな地元の親友である実家の猫の話。

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あぁ〜
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北の大学をなんとか卒業したニートくん🤮徒然なるままに日暮らし硯にむかひて心にうつりゆくよしなしごとを広めていきたい🤔クソザコ低所得マンの心の内をのぞいてみてください🙇‍♂️きっとあなたの琴線に触れるはず😭いつも感謝してます🤗
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