武甲山の宇宙(はじまりの夜)
子供の頃、よく見ていた夢がある。
実家の庭から見える幻想的な宇宙に満天の星空。
夜空に広がる星々をよく見ると、星がひとつひとつ動いている。
UFOのようにだんだん動きが大きくなり、
しだいに大きな宇宙船がびゅんびゅん飛んでくる。
それが怖くて目が覚める。
いつもそんな宇宙の夢をみていたが、決まって実家の庭からだった。
子供の頃は、宇宙と一体になっていたが、大人になると宇宙を忘れる。
その孤独をずっと持ったまま。
横瀬は星がよく見える。今も冬の夜空に見える星々が踊っている。
私は2月の真冬に生まれた。
いつも空にはオリオン座が光っていた。
夜の静寂の中、ひときわまばゆい月の光に、
ぼんやりと浮き出す武甲山の大きな影がいつもあった。
しかし、夜の魔王の君臨は、昼間の顔とは違っていた。
私の想い出の音は、発破の合図のサイレンと、ドンというダイナマイトの音。ときどき、家が揺れる時もあった。
決まって12時半になるサイレンの音。
子どもの頃、お昼の合図だと思っていたあのサイレンが、武甲山の破壊の音と知った時は、すでに秩父を離れていた。
朝日は、三菱セメントの煙に隠される。
白い柱のようにたつ煙が、昇る太陽をさえぎる。
一筋の白い柱は、天照らす横瀬の大地を斬っていた。
小学生の時、学校から家に帰ってくると、
双眼鏡で武甲山の山頂をみるのが日課だった。
すでに山頂は削られ、ブルドーザが見える時があったが、
まだ小さかった私は、武甲山に登ることができなかった。
武甲山山頂に何があるのか?
目の前にある大きな武甲山に強い興味を抱き、好奇心が強かった子供時代。
そんな小学生の頃の私は、空想ばかりしていた。
小学校の授業で、先生が「宇宙には酸素がありません」という言葉が、
とても衝撃的だったことを覚えている。
子供の頃、「無」という世界がどんなものか不思議でならなかった。
自然に魅せられる美より、子供の時を思いだそうとしている回想の方が神秘的だ。
しかし、子供の頃の記憶は取り戻すことができても、
発破される前の武甲山を取り戻すことはできない。
武甲山の歴史を知るには、破壊から入る。
その前がどんな姿であったか?
向き合う勇気がいる。
私自身が武甲山の分身であるかのように、自然に対して失っていく痛みや悲しみを感じてしまう人はいる。
武甲山に魅了されているのではなく、武甲山をみて育った環境が、
地元には心の傷を残し、精神面で少なからず影響を与えていることを素直に感じるべきである。
それをいつも私は夢の中で逃げてきた。
迷い込むほど深い迷路が、武甲山の奥深くに眠っていたから、そこへ逃げると這い上がることが難しい。
しかし、その困難を乗り越えて、仲間たちと協力しながら、記録する楽しみがやっと、向いてきた。
空一面に広がる青紫の星雲と銀河。動く星々と宇宙船。
小さい頃にみた夢は、武甲山の記憶だった。
武甲山は、大地と宇宙を繋げるための「へその緒」みたいなもので、
その命を結んでいる神々は、私の祖霊である「お天狗さま」に他ならない。
先祖が残したお天狗さまの武甲山信仰を知ることで、先人たちが残した郷土史を記録したいと思った。
それが私なりの先祖供養であり、武甲山への恩返としたい。
武甲山と共に歩んできた仲間たちとの物語を随時記録していきます。
いろんな表現をもちながら、武甲山を語っていきますのでお楽しみに!
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