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自分らしく!!

YamaFamily

 妹か弟が欲しい。
でも、お姉ちゃんなんだから!だけは言わないでね!

クリスマスが近づくと娘が毎年のようにいう。
再婚する予定も、パートナーもいない私へは無理難題。
サンタのルールを説明するのは何歳まで通じるのか笑

それにしてもお姉ちゃんなんだから!の気持ちは私は理解が出来ないが(私は妹なので)、お姉ちゃんなんだから!と母が姉に言ってくれたおかげで、確かに私は妹として何度もチャンスに勝っている笑
姉も、「あんたはいつも自由が許されていーね」とよく私に言ってきていた。なので、もしも、妹か弟ができることがあってもそれだけは言わない!というルールを我が家では作った。
いつ使用するんだ?というルールではあるが、もしもの時のルールを娘も私もいつも作りがちなのはもはや癖だな笑

そんな娘の現実社会で近頃、「女の子なんだから」この言葉が飛び交い、納得がいかない娘は毎日疲れて帰宅してくる。「女の子なんだから」確かにこの言葉は私も小さい時に親によく言われた。娘にも小さい時は、鼻くそをほじったり、パンツ丸出しで歩いた時にはよく使ったな。その都度、娘は「女の子はなんでだめなの?」を繰り返し私に言ってくるような子だった。

確かに女の子だから!ってのは、親が子供に長々と説明することを拒否するための話術、もしくはこうであってほしいと願う男女のあり方の押し付けであって、今の時代に女も男もない!
男子が鼻くそをほじることが許された世の中でもないし、男子のパンツに興味を示す人だってこの世の中には存在する。
なので親だからって男女のあり方を決めつけるのはなんだか違う気がして、我が家では、汚いからやめな!パンツに興味を持つ変態がいるからやめな!と言い方を変えたわけだ。そのほうが娘も納得するから。

そんな娘は不登校。最近数か月ぶりにまた学校に行けるようになった。だが、どうやら不登校にまたなってしまうかもしれない要因の一つがこの言葉らしいのだ。

「女の子なのにどうしてスカートはかないの?」
「女の子なのにどうして髪伸ばさないの?」
「女の子なのに。。」

とにかく女の子、女の子うるさいらしい笑

気にするな!とはいいつつも、「どうして?」の疑問について答えを自分で考え、納得し、そして次の日には答えれるように!
切り替えが自分の中でできないと次に進めない体質。そのために毎日2時間この話に使っている笑
心の奥では頼むから、もうやめてくれ!ほっとけばいいじゃないか!と思いながらも、娘はまじめに悩んでいるわけだ!真剣なのだ!そして私もどちらかというと、自分の中の葛藤はアウトプットし、自己解決の答えが出ないと次に進めない。なので、娘の気持ちはやっぱり理解できてしまうわけです。

挙げくの果てには「ぶりっ子論」にまで話が広がる。
この「女の子なんだから」という魔法の言葉は、小学生女子を大半の男が理想とするような絵にかいたような女像を作りあげているそうだ。

か弱くて、おとなしくて、虫が苦手で、料理が上手く、いい匂いがして、声が高くて、髪が長くて、スカートを履いている。 

待て待て!生まれながらにしてそんな女がこの世の中に何パーセントいるんだ?小学生が考える理想の女の子は所詮その程度なわけだが、心底これに該当する女子などおそらく小学生にはほぼいないだろうし、小学生の男子はそんなものを女子には求めていないはず!しかし、大人が放つ「女の子なんだから」という魔法の言葉は今日も小学生女子に、よくわからない女像を作りあげ、知らぬ間に女とは!の定義を作り上げてしまっている。

TVやティックトックなどで、キャッキャしている女子を見るのが嫌いな娘だから余計に、この女子という分かりやすさ全開の生き物にイライラするらしいのだ。親からすれば、たとえ娘が実は男性よりも女性が好きかもしれないとなったとしても娘が幸せならそれでいい!と思っている。女だからと言って、清楚でなければならないとも思わない。ショートヘアの女子も最高にかわいいと思うし、活発な女子も最高だと思っている。
小学生が目にする女子像への偏りって、えぐいな!と親になってまじまじと知るわけです。とにもかくにも、私はショートヘアで、キャッキャしたりすることもなく、足は広げて座るような清楚スタイルとは180度違う母である。だから、小学生達からはオバサン!と呼ばれても、まったく嫌!など思ったこともなく、こんな自分は女じゃない!なんてことをおもったこともないんだけどな。まぁ、そういうふうに思うことが出来たのは確かにある程度歳を重ねてからではある。
世の中にはまだまだ男と女だけのレッテルしかないのが現実なのだろう。いまだに、娘は女の子の前でも着替えが出来ないので体育の授業には参加していない。かといって、男子の前で着替えることももちろん嫌がる。そのくせ、銭湯はおばちゃんしかいないから!という理由で、まったく気にもしない。きっと中性的な感情の芽生えや葛藤は小学生くらいから出始めるのだろう。私服登校の学校だからクリアできている我が家だが、制服の時はスカートを履くことに苦痛を覚えていたことは不登校になってから聞いた話。たとえ、パンツスタイルで行ったとしても、なんで〇〇ちゃんはパンツスタイルなの?といわれることは予想され苦痛だった、と娘が教えてくれた。日本が制服スタイルをやめれば、それだけでも少しは不登校に苦しむ子は学校に行けるようになるとおもうな!そもそも制服をわざわざ買って、成長のたびに買い足しをするのはとてつもなく無駄な出費だと思いますけどね。一体制服って何の役割があるんでしょうかね?!TPOを教えるのにも社会人になってからよりも小さいうちから教えていけば済む話だと思いますけど。

また話がそれましたが。
あなたは幸せなんだから!といわれると、そっか私は幸せなんだ!
そうやって、包み込む言葉に〇〇だから、○○なんだから!は、時にとても必要だとはおもう。
だが、使い方を間違えてしまうと、その人の人生を左右させるほどのパワーをもった魔法の人格破壊装置用語となるのだ。親であったとしても、その子の求めることに気づける親はどれくらいいるんだろうか。子に対してこうであってほしい!と願い、理想を叶えようとすることは所詮、親の優越感でしかない。子供は親の操り人形ではない。親が子供に求めることは、日々を元気に生きて!それ以外ほぼ無いんじゃないかな。

子育てとは子を育てること!
と思いがちだけど、
子に育てられること!
の、間違いだと思います。
誰だって人間、失敗するし、暴言を吐くし、気づつけることもある。
失敗して、学んで、初めて成長する。
そうやって相手への思いやりも育まれる。

男でも女でも真ん中でも、今日も笑って生きれればそれでいいじゃないか!
低学年、まだまだキメッキメな社会という波にもまれながら今日も我が家は過ごすのでありました。

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