🏊‍♀️CRAWL🏊‍♀️レクチャーシリーズ｜レポート「なにがキュレーターたらしめるのか」（講師：能勢陽子）【後編】

アートワーカー（企画者向け）オンラインプログラム CRAWLは、文化芸術のフィールドでさまざまな形で企画について考えながら、実践してきた方たちをお招きして、レクチャーを開催します。第三回目は「なにがキュレーターたらしめるのか」としてキュレーターの能勢陽子さんにレクチャーをお願いしました。9月14日に行われたレクチャーのレポートを前編・後編に分けて公開します。

前編はこちらから

ささやかな作品傾向から、内臓があらわになるような苛烈さまで

それまで企画した展覧会は、振り返ってみると幸福度が高かったり、見えないくらいささやかだったりする傾向が強いように思います。
でも、2018年の「ビルディング・ロマンス」という展覧会では、身体がめくれて内臓があらわになるような、なにか生々しい真実に触れたいという思いで企画しました。美術に向き合う時、私自身が、言葉には捕捉されないささやかでやさしいものと、打ちのめされるくらいの生々しい現実の、この両極を必要としているのですね。後者は鑑賞者にとって心地よいものではないかもしれないけれど、それも〈生〉には不可欠のもので、ある苛烈さを投げつけるくらいの気持ちでこの展覧会を企画しました。少年が苦悩しながら成長する小説をドイツ語で「ビルドゥングス・ロマン」というのですが、日本ではそれをもじってライトノベルなどの分野で「ビルディング・ロマンス」といったりします。
実際には存在しない言葉ですが、現代美術がどこか頭でっかちになり、強く情動を喚起するような作品が少なくなっていることように思え、ロマン主義的なドラマチックなものを見せたいという意図があり、このタイトルをつけました。
出品作家は展示順に志賀理江子さん、演劇集団の悪魔のしるし、アピチャッポン・ウィーラセタクン、スーザン・ヒラー、そして飴屋法水さんの5人の作家に参加してもらいました。演劇では目の前に生きた演者さんがいて、何回も同じ内容を上演しているようでも、その都度完全に同じではない。そんな生々しさを展覧会の中に持ち込みたかった。演劇的な要素が強い展覧会でした。
志賀理江子さんと飴屋法水さんは、どちらも車の町である豊田市の美術館で見せる作品として、加速度的に進展する技術、経済で駆動していく社会の中の人間について深く考察した新作を展開してくれました。割と重い内容の作品が多かったのですが、今でも特にアーティストから、あの展覧会はすごく良かった、と言ってもらうことがあります。

ホー・ツーニェンとのやり取りを通して、リサーチャーとしての役割も

2019年のあいちトリエンナーレでは、美術館も含めて豊田市が会場のひとつになり、私はキュレーターを務めさせてもらいました。アンナ・フラチョヴァー、レニエール・レイヴァ・ノボは、豊田市美術館の中で展示をしてもらいました。

美術館の隣の女子高跡地のプールの床を垂直に立ち上げた高嶺格さんの作品です。あいちトリエンナーレ2019は「表現の不自由展」が、日々のニュースに流れるぐらい炎上して、世間の注目もそこに集中していました。でも、出品作家はみんな本当に力を注いで作品を作ってくれていたし、会場は穏やかで来場者は真剣に作品を見てくれていました。

豊田市の街中にもいくつか作品を展開したのですが、シンガポールの作家のホー・ツーニェンには、かつて料理旅館だった喜楽亭で新作の映像作品をお願いしました。当初は、彼が関心を寄せていた京都学派についての作品をお願いしていました。旧旅館の障子をスクリーンに、かつてこのような旅館で行われていた知識人の座談会を模したインスタレーションを展開してはどうかなどと話していました。ところが、この旅館を会場にすることが決まり、何度か測量に行ったりしているうち、たまたま管理人さんが、紅葉の写真などが入った資料のファイルを見せてくれて。その中に市が編纂した記録集の喜楽亭の女将のちょっとしたインタビューが入っていました。それで、第2次世界大戦中に、豊田市の海軍飛行基地で訓練していた特攻隊の人達が、この地を去る最後の夜にせめてもの贅沢をということで、この旅館に泊まっていたことを知りました。この地域でも、ほとんど知られていないことでした。京都学派と特攻隊は、内容的に結びつくのです。作品中では、京都学派の学者たちが海軍と秘密の会合を行なっていたことが語られます。また京都学派の田辺元は、戦中に京都大学で学生が死地に赴くことを鼓舞したとされる講義を行ったとして、戦後批判されました。
そういう思わぬ符合がたくさんあって、《旅館アポリア》が生まれました。作家は私とドラマトゥルグの新井知行さんとコーディネーターの鈴木一絵さんとの間で交わしていたメールをほぼ脚色なく作品の脚本として使いました。彼も最初から、そうするつもりはなかったと思いますが、結果戦中と現在の時代が作品で交差することになりました。キュレーターと同時にリサーチャーも兼ねながら、作家と一緒にガッツリ作品を作っていく経験は、ホー・ツーニェンとのこの展示が初めてでした。

やり取りした内容が作品として立ち上がっていく。私がキュレーターの仕事をしていて、一番面白くて戦慄するほどの出来事は、やり取りしていた内容が自分の想像を超えて、目の前で作品として立ち上がってきた時です。キュレーターをやっていて、最も面白いと思うところです。
この時に調べた第2次世界大戦中の日本とシンガポールの問題がまだまだ残っていたので、2021年から2022年にかけて、今度は美術館でホー・ツーニェンに個展をお願いしました。第2次大戦中の問題について作品を発表することは、まだまだ日本では難しいところもありますが、彼は日本の歴史、哲学者、スパイ、兵士を妖怪に準えることで、その複雑な問題を暗喩としてうまく扱いました。日本の創世記からの長い歴史を、百鬼夜行の妖怪の行進になぞらえて展開したのです。シンガポールでも日本のアニメはかなり見られていて、アニメは現代の日本を象徴するものでもある。妖怪が登場するアニメの中に、現代にも引き継がれる戦中の問題を重ねて開陳したのです。この作品は最初、土蜘蛛王という妖怪から始まります。土蜘蛛は、大和朝廷に歯向かった地方の豪族の蔑称。山の中にゲリラ的に隠れて住んでいたことを揶揄してそう呼ばれていたのですが、その後、人々の記憶の中で妖怪として残っていきました。歴史における覇権の推移、それによる文化や伝統の形成も、妖怪の姿を借りて展開していきました。この時も私はリサーチャーとして関わっていたのですが、土蜘蛛は彼の方から出てきたアイデアです。ホー・ツーニェンは自動翻訳を駆使して大量に、日本語の文献も読むのですが、作品にするときの洞察力が素晴らしく、本当に感嘆させられました。

2023年には、「ねこのほそ道」という、猫をテーマにした展覧会を企画しました。猫をテーマにしていると言っても、現代美術です。この展覧会では、現代美術が分かりやすいメッセージを伝えるための記号と化しているんじゃないか？という問題意識から企画しました。芸術作品には、ただメッセージを伝えるだけではないことができます。それを、猫があぜ道や塀の上を軽やかにスルスルと通り抜けることになぞらえて、意味をすり抜け、各々がお気に入りの小さな自由を得るような、空気の流れがちょっと良くなるような、そんな展示空間を実現したかったのです。猫という存在を借りることで美術の愛好者だけではなく、より幅広い人々に関心を持ってもらい、ちょっとおかしくて奇妙だな、何だこれは？みたいな。ふっとしたおかしみが感じられる、抜け感があるような展示を目指しました。

直近の展覧会は、美術館の隣に博物館が開館するのに合わせて、2024年の1月から5月まで行った「未完の始まり：未来のヴンダーカンマー」です。「ヴンダーカンマー」とは日本語で「驚異の部屋」を意味しますが、博物館・美術館の原型とされています。15世紀頃、海洋技術の発達で人間の移動距離が飛躍的に延び、ヨーロッパが見知らぬ地を“発見”していった。そしてそれらの地で珍しい動植物を持って帰って、天井も含めた部屋の中にびっしり展示した。そこは、見知らぬ異国を想像することのできる、空想力を刺激される小さな空間でした。しかしそこには、“集めるもの”と“集められるもの”という、イコールではない関係がありました。今欧米では、脱植民地主義の流れの中で植民地時代に集めたものを一部返還したり、歴史を見直し解説を書き直したりしています。欧米に遅れて設立された日本の美術館・博物館は、植民地から持ってきたものは欧米に比べると決して多くないものの、隣に博物館ができるのに際して、美術館や博物館がどのような場所でありうるかということを、改めて考え直したいと思ったのです。出品作家は、さまざまな文化的、歴史的背景を持つ５人の作家に参加してもらいました。それは、伝統とはなにかということを、今一度考えてみたいということがあったからです。伝統は、私たちのアイデンティティになり、誇りになって、同じ集団に属する人々の紐帯になる。しかし同時に、それ以外の集団に属する人達を排除することにもなりかねない。21世紀になってもまだ戦争が起きる現在、改めて伝統というものについて考えてみたかったのです。
博物館が伝統を守り、伝えていくことは、グローバル化が進む中で世界が画一化しないためにも重要なことです。それを、紐帯を形作るのではなく、他者理解に供するにはどうしたら良いかと考えながら、この展覧会を企画しました。
ガブリエル・リコは、メキシコで少数民族と一緒に作品を作っている作家です。リゥ・チュアンは中国の少数民族のフィールドレコーディングを交えた作品を制作しています。ヤン・ヴォーは、ベトナム出身で、今はベルリンに住んでいます。ベトナム戦争から逃れるために、お父さんが作ったボートで逃げている時にデンマークの船に救われて、デンマークで育った東西の文化背景を持っています。彼の作品にはまさに、美術や経済における西洋の派遣の推移やそれにともなう人々の移動が、美しく取り込まれています。

田村友一郎さんの作品にも、リサーチャーとして関わりました。私はニューヨークの自然史博物館で展示されている、二足歩行を行った最初の人類であるルーシーを前にあれこれ考えるのが好きなのですが、二足歩行により両手が使えるようになり、頭が大きくなって技術を生み出し、文明が発展する。人間の進化と技術の問題を、田村さんは、壮大でユーモラスな連想ゲームのように、見事に作品に取り込んでくれました。

（良い？）キュレーターになるためには

最後に、キュレーターになるために、何が必要かを私なりに。
冒頭でも何度か引用したアン・ダノンコートは、「通常言われていることとあまり変わらず、見て、見て、見て、さらに、見て見て見て、また、さらに、見て見て見てよ」、と語っています。とてもシンプルですが、私もこの意見に賛成です。
それに加えて、私自身の実感として、アーティストに育ててもらった、と感じることが多々あります。アーティストは、知性、実行力、コミュニケーション力やセルフプロデュース力も、キュレーターより上回っている人がいます。そんなアーティストたちと無理をして背伸びをし、一緒に展覧会を作ってきたことが、後になって振り返ると、大きな糧になっていると気づきます。展覧会をすることは、判断の連続です。作家を選ぶ、作品を選ぶ、空間を選ぶ、次々にあらゆる判断をしていきますが、作家や作品はキュレーターでは判断しきれないところもあります。キュレーターと作家の職能の漸近線で、展示は生まれてきます。どちらかが強過ぎても良くないと思うのです。
尊敬する作家の1人が、以前こんなことを言っていました。「美術を取り巻く制度は時代によって変わるけれど、どんな時代でも、アーティストみたいな人達は出てくる。それはシャーマンなのか、どんな形なのか分からないけど、必ず。」、と。
美術館という制度の中で働いてきたのに妙ですが、私は今でもこの言葉を時々思い出し、解放されるような、ほっとするような気持ちになります。芸術はいつの時代でも、制度を超えたところにある。冒頭（前編）で引用した多くの伝説的なキュレーターたちは、アーティストと長く深く付き合うことができる人たちばかり。アーティストというのは、概してエネルギーもこだわりも強く、お付き合いをするのが大変だったりすることもあります。しかしキュレーターには、そうした作家と付き合う胆力と芸術への絶対的な信頼が必要なのではないかと思います。そして、私自身もアーティストの伴走者でありたい、と思ってます。

質疑応答

質問1：国文学科を卒業されてから、修士課程では美術研究にジャンプした理由と経緯を教えてください。
能勢：シンプルに物語が好きだっていう理由で、同志社大学国文学科に進学しました。生まれ育った岡山に比べて美術館で展覧会を観る機会が増え、在学時に学芸員という仕事を知り、学芸員を目指すために修士で美術史を学ぶことにしました。小説は言葉で成り立つものですが、作品を見た時に起こる言葉になりきらない感覚の方に興味が移ったということもあったと思います。

質問2：アン・ダノンコート、セス・ジーゲローブについて知るために、良い書籍があれば教えてください。
能勢：アン・ダノンコートが館長をしていたフィラデルフィア美術館は、デュシャンの作品を多く持っていることで知られています。ダノンコートはデュシャンの研究で知られているので、デュシャンの書籍をあたられると良いと思います。日本語で読める資料は、ハンス・ウルリヒ・オブリストの『キュレーション「現代アート」をつくったキュレーターたち』という書籍に、インタビューが収録されています。
セス・ジーゲローブに関しては、私より檜山さんの方が詳しいですね。
檜山：ジーゲローブについては、美術評論家の方がレクチャーをしたレポート記事くらいしか日本語では紹介がありませんでした。アムステルダム市立美術館で開催された展覧会の図録が、一番詳しく書かれているかと。
能勢：セス・ジーゲローブは、コンセプチュアルアートのアーティストブックを、安く印刷して出版していた。コンセプチュアルアートを考える上で大事な人で、自分がマンネリ化して権威主義的にならないよう、モチベーションに忠実にやることを変えていった。キュレーターのあり方としても面白い。
檜山：セス・ジーゲローブは、1970年代以降はアートの道からは退き、政治活動にコミットしていた。そのきっかけとなったのが、アーティストやアートワーカーたちによるベトナム戦争の反対運動です。コンセプチュアルアートの作家たちもその運動に参加してたのを、彼を知るにつれて知っていきました。作品からは読み取ることができない一見切り離されたかのように見えていた政治的主張や運動について、キュレーターを研究することで逆照射できたのです。

質問3：美術とは関係のない仕事をしている社会人です。日常生活の中でキュレーションと関わるには？
能勢：キュレーションは、編集でもあります。自分の部屋に好きなものを置くことだけでも毎日の生活は違うし、それも一種のキュレーションかと。キュレーションは、さまざまな見方を提示することなので、可能性はすごく色々とあると思います。

質問4：アーティストのリサーチなどで、情報収集のコツがあれば。
能勢：アン・ダノンコートも言っていたけれど、なるべくたくさん見て、見て、見てということに尽きるかと思います。
キュレーターや批評家、レビュワーなどで、自分が信頼できると思える人を見つけておくのもいいかもしれません。

質問5：美術において、昔の評価を改められるケースが増えていることについて、思うことがあればお聞きしたい。
能勢：美術や作品に対する評価も、やはり時代の価値観の中で行われているので、振り返ると間違っていたということもありえます。時間のふるいというと傲慢かもしれないけれど、物事を客観的に観るためにはある程度の時間が必要ではないかと思います。キュレーターとして展覧会をする上で、いつも自分も今の時代の価値観の中で判断していることを意識しておくことが必要だと思っています。

質問6：個展におけるキュレーターの仕事はどういったものですか。グループ展におけるキュレーションの仕事は少し想像がつくのですが、個展では何をするのでしょう。
能勢：個展とグループ展のキュレーションは確かに全然違う。作家もグループ展より120%くらいの力を出してくれたりするので、結果としてすごくいいものができることがあります。グループ展の場合は、この時代になぜこのテーマで展覧会をするのかということを意識しますが、個展の場合は時代性も意識するけれど、もう少し長い時間の中で捉えている部分があるかと思います。個展の場合もどの作品を選ぶか、どのような構成が良いのかを作家とじっくり話し合うので、そういう意味では同じ部分もあります。

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能勢陽子
キュレーター／前豊田市美術館学芸員（1997–2024）

これまで企画した主な展覧会に、「ダブルリバー島への旅：曽根裕」（2002）、「Twist and Shout Contemporary Art from Japan」(2009／バンコク・アート&カルチャーセンター／国際交流基金主催）、「石上純也─建築の新しい大きさ」展（2010）、「反重力」展（2013）、「杉戸洋─こっぱとあまつぶ」展（2016）、「ビルディング・ロマンス」（2018）、「ホー・ツーニェン：百鬼夜行」（2021–22）、「ねこのほそ道」（2023）、「未完の始まり：未来のヴンダーカンマー」（2024）など。「あいちトリエンナーレ2019」キュレーター（2019／名古屋市、豊田市）、美術雑誌やウェブマガジンに執筆多数。

編集・執筆：藤林悠