🍉スタッフ不定期コラム🍉【社内勉強会レポート】ゲスト百瀬文さん「イスラエルによるジェノサイドに対してのアクションについて」

BUGのスタッフたちが仕事をするなかで気になった本や、日頃思っていること、BUGで開催した展覧会のレビューやイベントレポートなど、つらつらと書き連ねる不定期連載シリーズ。今回は野瀬綾さんの執筆した「ゲストに百瀬文さんをお招きしての、社内勉強会レポート」です！

　BUGのスタッフは、企画力の向上と多様な知識の獲得を目的に、もちまわりで社内勉強会を主催している。5月は私がアーティストの百瀬文さんをお招きし、パレスチナでおこっているジェノサイドに関してまなびを深めた。

百瀬さんへの依頼理由

 　私がイスラエルによるジェノサイドをきちんと認識したのは、恥ずかしながら10.7以降である。そこから、書籍や映画を通じて学びを深め、デモに参加したり、パブコメの投稿や募金を行いはじめた。そうして日々情報を集めるなかで、百瀬さんの活動や発信がよく目に留まるようになった。タカシマヤ美術賞受賞時のスピーチや日経新聞の連載、そして国立西洋美術館でのアクションに関する記事[i]などから、とても深くこのテーマについて考え、向き合われていることが伺えた。一方で、これまでに発表されてきた作品と、直接的な関係があるようにはみえなかったので、少し意表を突かれた感じもあった。そこで直接百瀬さんに、いま何を考え、その視点から何がみえているのか？ということをお伺いしたいと考えた。

勉強会本編

〈国立西洋美術館でのアクションについて〉
　2024年3月11日、国立西洋美術館で開催された「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか？ —— 国立西洋美術館65年目の自問｜現代美術家たちへの問いかけ」展のプレス向け内覧会では、アーティストを含む有志により、パレスチナ侵攻への抗議活動が行われた。百瀬さんも抗議を行ったうちの一人である。出展アーティストの遠藤麻衣さん[ii]と血を模した赤いペンキが付着する服を身につけ、手を繋ぎながら企画展示室前を何度も往復した。これは、パレスチナで起きていることがジェノサイドであると同時にフェミサイド[iii]でもあることの表現であり、これまでもフェミニズムの文脈で作品を発表してきた二人にとっては自然な内容であった。加えて、国立西洋美術館と関係の深い川崎重工業株式会社[iv]が、その創業時から現在において、軍需産業との関係をアート・ウォッシュしている状況[v]を看過できなかったことも実行理由の一つである。

　また百瀬さんは、今回のアクションには代表者が存在せず、一個人がそれぞれの責任のもと、自律的に実行したこと[vi]を強調する。この状態を百瀬さんは、「中心がない集合体」と称した。

〈ガザ侵攻に関心を向ける理由〉
　2017年にソウルのレジデンスに滞在していた百瀬さんは、現地博物館のガイドツアーに参加した。「8月15日」の文字を目にした際、「終戦記念日ですね」と何気なくつぶやいた百瀬さんに対し、ガイドの方は「こっちでは独立記念日というんですよ」と応えた。その瞬間、自身の中の加害の歴史に対する無知や、一つの日付がもつ意味の非対称性にショックを受けたという。それ以来、「ある出来事を誰がどのようなナラティブで語るのか」、「誰がどの文脈から目を逸らさせようとしているのか」ということを念頭に考えるようになった。
　また、2017年にニューヨークへ滞在した際は、フェミニズムと公民権運動のつながりをリサーチしたという。2010年代から現在までつづくフェミニズム第4波では、女性にかぎらず、人種、民族、国籍を超えたより広い分野でのマイノリティ／社会的弱者の連帯が目的とされている。つまり、世界をとりまくあらゆる差別や搾取といった人権問題の解決が志向されており、そこに百瀬さんの関心も繋がっているのだ。

〈文化的ボイコットについて〉
　アートセンターを運営する私たちにとって重要なトピックとして、文化的ボイコットについてもお話しいただいた。PACBI[vii]が提唱するボイコットの記載において、百瀬さんは「イスラエル政府による占領のノーマライゼーション、あるいはそれに加担する組織のリブランディングやプロパガンダの取り組みへの加担がボイコットの対象」と認識することが重要だと述べる。公式ガイドラインの中に、「個人のアイデンティティ（国籍、人種、性別、宗教など）や意見に基づくボイコットを原則的に否定する」という記述があるように、ユダヤ人やユダヤ教徒であるという理由のみで、ボイコットを行うことは差別にあたる。つまり、私たちがパレスチナの人々に連帯することと、反ユダヤ主義に対抗することは両立しうるのである。

 

　最後に私から、悩みが入りまじった質問を投げかけた。「行動しても社会が変わっていると実感できず、よく不安になる。なぜ百瀬さんは行動し続けられるのか？」と。
　百瀬さん自身も、世間の冷たい反応や、変化しない社会にすごく落ち込むことはあったという。でもそんなとき、フェミニストでアクティビストのアンジェラ・デイヴィスの言葉に励まされた。投獄も経験しながら活動し続ける彼女の姿から、「歴史においても急激な変化はほとんどなく、何世代もの蓄積があって変わったことばかりなのだ」と考えられるようになったという。また百瀬さんは、「私は虐殺に加担する人生を送りたくない、という意思のもと行動を起こしている。私には私の想いとやり方があるように、それぞれが自分の想いに従い、自分がよいと思う方法を探っていくことが大切だ」と締めくくった。
　百瀬さんが私たちに語りかけてくれた言葉、そしてきっと自分のなかでも何度も反復してきたであろう言葉に強く胸を打たれた。

 

　お話を伺ったことで、差別や誰かを虐げることに加担したくないという気持ちが一層強まった。また、個人でのアクションだけでなく、BUGとしてもPACBIの文化的ボイコットを実行したいと考える。本文では書ききれなかったが、文化施設が植民地支配のノーマライゼーションに加担してしまった事例についてもこの勉強会で学んだ。
　一方それと同時に、私が10.7までジェノサイドを認識していなかったこと、今までPACBIにアクセスできていなかったということに対しては、後悔や自責の念が残っている。そして、これからも自分は、「知らず知らずのうちに誰かを傷つけてしまうのではないか・・・」という不安や恐怖も付きまとう。ただ、そうして立ち止まっていても社会は変わっていかないので、やはり知らないことを知ろうとし続けるしかないのだと思う。今回のように他者からの学びを通じて自身を省みることで、過ちを正し続けるしかないのだろう。だからこそ今後も継続して、社内外の人から学び、情報や意見を交換し合う機会を設けていきたい。

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このコラムを執筆したのは・・・・

野瀬 綾（のせ あや）

1992年大阪生まれ。2015年、リクルートへ新卒で入社。法人営業、商品企画に携わったのち、2019年よりリクルートアートセンター配属（社内公募制度を利用）。アートセンターBUGでは立ち上げ期から従事し、スペースやBUG Art Awardの設計・運営を行う。また千賀健史個展「まず、自分でやってみる。」のキュレーションを担当。BUGのことを誤って、”BUG Cafe” と呼んだ人の名前をノートに書いてます。うそです。

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参考文献

[i] Tokyo Art Beat.2024-3-11. 「国立西洋美術館で飯山由貴らアーティストがパレスチナ侵攻に抗議、美術館パートナーの川崎重工に訴え。遠藤麻衣と百瀬文の抗議パフォーマンスも」. https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/protest-nmwa-news-202403, (参照 2024-7-23) .

[ii] 遠藤麻衣氏と百瀬文氏は《Love Condition》（2020）、《Love Condition Ⅱ》（2020）を共同で制作、発表している。百瀬文 . “MOMOSE Aya” . http://ayamomose.com/category/works/?ja, (参照 2024-7-23) .

[iii] パレスチナでの犠牲者の70%が女性と子どもだという報告がある。
UN WOMEN. 2024-7-9. “As of 8 July 2024, at least 38,193 Palestinians were killed in Gaza. About 70 per cent of those killed are said to be women and children. 87,903 Palestinians have been injured.”. https://palestine.unwomen.org/en/what-we-do/peace-security-humanitarian-response/facts-and-figures/conflict-in-palestine , (参照 2024-7-23) .

また百瀬さんは、フェミニストのジュディス・バトラーの言動にも影響を受け、励まされているという。バトラーは、2023年10月13日に停戦を呼びかける声明「哀悼のコンパス」を出し、19日には連名でバイデン大統領に向けた公開書簡を発表。26日にもテレビのインタビューで停戦の呼びかけを行うなど、今日まであらゆる場で停戦を要求している。
ジュディス・バトラー . 「哀悼のコンパス──暴力を批判する」清水知子訳・解説 . 『世界』2023年12月号 . 岩波書店 , pp35-43.
Judith Butler, Masha Gessen, Rachel Kushner, Ben Lerner, V (formerly Eve Ensler) and others. The Guardian. 2023-10-19. “Open letter to President Biden: we call for a ceasefire now”. https://www.theguardian.com/commentisfree/2023/oct/19/biden-jewish-americans-israel-gaza-call-for-ceasefire , (参照 2024-7-23)
Democracy Now!. “Palestinian Lives Matter Too: Jewish Scholar Judith Butler Condemns Israel’s “Genocide” in Gaza”. https://www.democracynow.org/2023/10/26/judith_butler_ceasefire_gaza_israel , (参照 2024-7-23) .

[iv] 2023年3月17日より、川崎重工業株式会社と独立行政法人国立美術館国立西洋美術館はオフィシャルパートナー契約を締結。川崎重工の提供による国立西洋美術館の所蔵作品（常設展）を無料で観覧できる“Kawasaki Free Sunday”などを開催。国立西洋美術館は、川崎造船所（現・川崎重工）の初代社長・松方幸次郎がヨーロッパ各地で収集した美術品である「松方コレクション」の保存・公開を目的に1959年に設立。コレクションの数は10,000点にも及ぶ。
国立西洋美術館 . “川崎重工と国立西洋美術館、初のオフィシャルパートナー契約を締結” . https://www.nmwa.go.jp/jp/about/partner.html , (参照 2024-7-23) .
1894年の日清戦争により造船業の需要が増え、川崎造船所には船舶の修理を中心に注文が集まった。 創業者の川崎正蔵は、日清戦争後に株式会社への改組を決意し、松方幸次郎を後継者として指名。また、幸次郎が私財を投じて収集した「松方コレクション」は国立西洋美術館の基礎となった。川崎重工業株式会社 . “川崎重工の歴史” . https://www.khi.co.jp/corporate/history/ , (参照 2024-7-23) .

[v] 百瀬さんは、国立西洋美術館のウェブサイトでは「松方コレクション」の説明のみを記載し、川崎造船所が軍需産業と関係していた史実には一切触れられていないことを指摘する。背景の説明なく、作品だけ展示することを問題視している。そして現在、川崎重工はイスラエルの軍需企業と輸入代理店契約を結び、攻撃型ドローンを防衛省に輸入販売しようとしていることが、今回のアクションの背景にある。
また、百瀬さんの抗議趣旨は大きく下記3点。「①イスラエル政府が現在パレスチナに対して行っている虐殺、集団的懲罰などは国際人道法違反であり、直ちに止めなくてはならない。②川崎重工業株式会社に対し、イスラエル製の武器の輸入、販売を取りやめることを要求。③国立西洋美術館は、川崎重工株式会社に対し、イスラエル武器輸入、販売を取りやめることを早急に働きかけてほしい。」

[vi] 同じく、「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか？ —— 国立西洋美術館65年目の自問｜現代美術家たちへの問いかけ」の出展作家であり、メディア内覧会の場にも出席していた松浦寿夫氏は、今回のアクションが自律的なものであったことに関して論稿を寄せている。「三月一一日の抗議活動は何らかの組織が集団的かつ統一的なプログラムに基づいて活動を展開したというよりも、むしろ、自律的な制作活動を展開する何人もの美術家たち、しかもその作品制作の媒体も、形式もまったく異質な美術家たちとその友人たちとが、臨機応変に可変的かつ可塑的な連繫のもとに同じ課題を共有したということ以外の何ものでもない。」
松浦寿夫 .「組織化された自律性 Autonomia Organizzata」『群像』 2024年6月号. 講談社 , pp.199-205.

[vii] PACBI（Palestinian Campaign for the Academic and Cultural Boycott of Israel）の日本語訳は、「イスラエルの学術・文化ボイコットのためのパレスチナ・キャンペーン」である。パレスチナ人の自由、正義、平等を求める闘いに貢献することを目的に2004年に発足。国際法で規定されているパレスチナ人の権利をイスラエルが犯していることへの対抗手段として、イスラエルの学術・文化機関のボイコットを提唱している。
Palestinian BDS National Committee. “ABOUT PACBI”. https://bdsmovement.net/pacbi , (参照 2024-7-24) .
PACBIの日本語訳は“PACBI：イスラエルの国際的文化ボイコットガイドライン”に記載。 BDS Japan Bulletin. https://note.com/bdsjapan/n/n2456e78e9cb4 , (参照 2024-7-24).