酔夢毒

 いつもよりも思考が重くて、それなのに口は回る回る。感情も活発。脈拍は早く、音は遠く、体温は高く。甘ったるさとアルコオルで焼ける喉と胃。雲の上を歩いているような感覚が好きだ。余計なことなど考えずに済むから。ただただ、夢を見て居られるから。不思議と痛みも辛さも寂しさも感じない。とても楽しくて幸福で、それしか感じられない。流石に飲みすぎただろうか、コップ二杯分の水を飲み干し半刻ほどぼんやりと宙を眺める。今にも縺れて転んでしまいそうな足取りでワタシはベッドに向かい倒れ込む。いつも暖かくて柔らかいそれは私を安心させる。脆く弱虫な私を包んで隠してくれるような気がした。お気に入りのぬいぐるみを抱き締めて引かれるがままに夢の中へ堕ちていく。ズブズブ、ズブズブと自重で沼に沈んで行くかのように。
 心地の良い夢を見ていたのです。やけにリアルで、私はトテモ幸せでした。…それが夢だと気が付くまでは。意識の遠くから私を起こそうとする端末の音が聞こえる。嫌だ、まだこの幸せな夢の中に居たい、居たいというのに私の意識はすこうしずつすこうしずつ夢の向かうの現実世界へと浮き上がって行くのです。すこうしだけ開いた窓から入ってくる風が私を起こす。ウルサイなぁ、わかっている、分かっているよ起きるから。縄の様なナニカで頭を締め付けられいる気がしてソッと手をやる。何も着いていない、あァ二日酔いか。溜息を零して頭を振る。痛い。夢と酔から醒めて現実を突きつけられるこの瞬間が私はキライだ。ずっと酔わせて欲しいのに、夢を見させて欲しいのに。そうさせてくれない世の中がキライだ。幸い今日は休みだ。好きなことをしよう、そう思ってベッドから抜け出す。転倒。バカだなァ私、なんて笑いながら体を起こすとパタリパタリと音を立てながら赤黒いナニカが降ってきた。口の中に鉄の味が広がる。どうやら口の中を切ってしまったようだ。放って置けば止まるだろうと思い椅子に座る。ぼんやりと昨晩見た夢の内容を思い出そうと記憶の糸を辿ろうとするも、糸の端すら見つからない。マッタク思い出せないのです。覚えているのは暖かい事、幸せだった事。思い出した所で幻でしかないから虚しくなるだけだ。自嘲気味に笑うとまた口から零れていくのを感じた。今度は色が黒い。掌に落ちたソレをようく見てみると、文字の様だ。私はトテモ驚いてしまった。口から文字が吐き出されるなんて有り得ない現象が今、目の前で起きているのだから。しかも、己の体で起きている。軽く混乱しながらも私は好奇心に負けて吐き出された文字を読む事にした。その間にも口からは黒いモノ…文字達が出てくる、止まらない。止めどなく出てくるものだから苦しくなって膝をつく。どのくらいの時間そうしていただろうか。泊まる頃には私の部屋は真っ黒な…文字達で埋め尽くされていた。一つ一つ読んでいくとどれも、私が今まで飲み込んできたコトバ、気持ち、感情の様だ。あぁ、そうか。未来になれなかった陽の光を見ることのなかったコトバたちが我慢できずに出てきてしまったのか。

「ごめんね、飲み込んで無かったことにしてしまって」

どんな状況に於いても、言いたいことは言うべきなのだったのでしょうか。例えその言葉で誰かが傷つこうとも。コトバを感情を吐き出すことで誰かが傷つくのなら飲み込んでしまった方がマシでしょうに。傷つくのは私だけで充分だというのに。言いたいことは選んで言うべきだ。コトバを飲んで喰らえ。全て腹の底に収めて仕舞えば元通り。

 私の紡ぐ言葉は真実なのか空言なのか。はたまた薬なのか毒なのか。上手く呼吸が出来ない私を【検閲済】。

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