月明かりに照らされて 【中華屋のおっさんの考察】
先日、お昼ご飯を食べに近所の中華屋に行った。
店内のテレビではモノマネ番組の再放送がやっていて、ボリュームもそれほど大きくないので店内にいる客も注文した品が来るまでの時間つぶし程度に眺めるくらい。
程なくしてオッサンが入店した。
60歳前後だろうか。小柄で入店時から若干笑みを浮かべた髪の薄いオッサン。
彼は席に着くなり定食を注文し、テレビに目をやる。テレビで流れるモノマネのそれを観て、オッサンは「似てんなぁ・・・。」と呟きながらケタケタと笑い始めた。おそらく笑いの沸点が異常に低いのだろうが、オッサンの笑が止まらなくなる。CMに入ってもそのCMに爆笑していた。
こっちももらい笑いを堪えるのに必死で定食どころの騒ぎではない。
しばらくするとオッサンの注文した定食が運ばれてきて、おっさんは迷い箸の末に漬物から食べ始め、ご飯を一口ほおばる。その後、そのご飯を眺めてしばらく考え、店員を呼んで。
「チョットこれ多い」
と言って減らしてもらうように指示。
いやいや、箸をつける前ならまだしも、一旦箸つけたのなら残して帰れば良いじゃない。
「多い」と言って渡された店員も、炊飯器に戻すわけにも行かないし、困った様子で廃棄用のバケツに入れる。
オッサンの一挙手一投足に目が釘付けになってしまった僕は、なんとか周囲とそのオッサンに笑いを覚られぬように坦々麺を啜っていたわけだが、オッサンは依然TVにケタケタ笑っていた。
TVでは「実力派対決」とか何とか言いながら、マイケルジャクソンのモノマネが始まる。歌は勿論、「マイケルと言えば」的な踊り方も、あのステップも上手にコピーしている。
オッサンは笑わなくなり、感心したようにTVを観ている。
オッサンの笑いが止まったので僕もやっと落ち着き、完全に気を弛めいていたその時、オッサンがTVで踊っているマイケルに向かってつぶやいた。
「やっぱりうめぇなぁ・・・。ムーンライト」
僕がすすった坦々麺のひき肉の部分が喉の奥を通過し鼻腔に瞬間移動する。
・・・。「ムーンウォーク」ですよ。オッサン。
どうしてそうなったのか、おっさんの記憶中枢をひっくり返して確認したい。
この薄暗い中華屋には月明かりどころかこの昼間でも日当たりがほぼ無い。
照らされているのは脂ぎった照明に反射するおっさんの頭頂部だけだ。
おかげで坦々麺の味を全く憶えていない。