祖母と傘

「お父さん、これ何?」
娘が持っているのは古びた和傘だ。傘を見て、昔の記憶がよみがえった。

子どものころ、夏休みには父親の実家に帰省していた。祖父母の住む家は田舎にしても大きな屋敷で、帰省するたびに探検して回っていた。祖母の部屋にぼろぼろになった傘があった。油紙が張られた和傘だ。珍しがっていると祖母は、「この傘には狸が憑いていて、いろいろなことを教えてくれるんだよ」と言った。祖父が商売に成功したのも狸のお告げのおかげで、だからこんな大きなお屋敷に住めるようになったのだと。
「ぼくにも何か教えてくれるかな?」
「声が聞こえるのは本家の血をひいた娘だけなんだよ」
と祖母は言った。
おそるおそる傘を開いてみたが、ただの古ぼけた傘で、声が聞こえることはなかった。
「私には娘がなかったし、孫も男の子ばかりだからねえ。この傘も忘れられちゃうかもしれないね」

数年後、祖母は亡くなった。通夜のため両親に連れられてぼくも帰省した。親戚の大人たちは座敷に集まって、食べたり飲んだりしながら祖母の思い出などを話している。子どもたちは別の部屋でテレビを見たり遊んだりしていた。ぼくは祖母の傘が気になって祖母の部屋や屋敷の中をあちこち探してみたけれど見つからなかった。祖父や両親にも聞いてみたけれど、傘のこと自体を知らないようだった。祖母は家族の誰にも傘のことは話してないらしい。なのになぜ、ぼくにだけ話してくれたんだろう。

祖父も亡くなり、屋敷はしばらく空き家だったが、引退した両親が住むようになった。正月や盆休みにはまたこの屋敷に帰省するようになった。小学生になった娘は、子どものころのぼくと同じように屋敷を探検して回っている。そしてあの傘を見つけてきたのだった。
「その傘、どこにあった?」
「ひいおばあちゃんの部屋」
両親が傘を見つけて祖母の部屋に置いておいたんだろうか。両親に訊ねてみると、
「なんのこと? そんな傘初めて見た」
娘はぼろぼろの傘をなぜか気に入って家に持って帰ると言う。祖母の話を信じたわけじゃなかったけど、傘のほうが娘を見つけたような気がして、少し気味が悪かった。
「そんなぼろぼろの傘、どこが気に入ったの?」
「秘密」
娘はそう言って笑うのだった。


ろきせの今日のお題は「祖母」「傘」
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