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おともだち in law(短編少年小説)

「おい、ちゃんと印鑑もってきたか?」

カンガルーネズミ君がボクに言ったんだ。

ボクは「うん」って答えたんだ。カンガルーネズミ君のためなら、ボクはなんだってするんだ。

それにしても、やっぱりカンガルーネズミ君はモコモコしててかわいいなぁ。昨日初めて会ったときもそう思ったっけ。

「おい、早く出しな」

カンガルーネズミ君が長い後ろ足でぴょんぴょん飛びながらボクに言ったんだ。

ボクはすぐにランドセルのお守りとかをしまってるポケットから印鑑を取り出したんだ。

「実印か?実印なのか?」

ボクはカンガルーネズミ君の声も好きなんだ。みんなにもこの声を聞かせてあげたいくらいなんだ。

「……うん。印鑑はこれしかうちになかったんだ……」

「まあいい。よくやった」

「これで、ボクとカンガルーネズミ君はおともだちになれるんだね」

「ああ、そうさ。今、契約書出すからな。えーと、これこれ」

カンガルーネズミ君は地面に掘った穴から契約書を取り出したんだ。

おともだちができる瞬間ってこんな気分なんだなー。

ボクは知らなかったよ。今までこんな気分を。

だって、学校にも塾にもお友達いないし、多分、学区外にも期待できないんだもん。

「ところで大丈夫?カンガルーネズミ君?」

「何がだよ」

「昨日、言ってたでしょ?あぶない橋わたってるって。だから、大丈夫かなって、ちゃんとわたれたかなって」

ボクは本当に心配だったんだ。世の中にはいっぱい危険な橋がかかっているんだから。

「ああ、それか、まあぼちぼちだ」

カンガルーネズミ君が小さく瞬きしていったんだ。

カンガルーネズミ君はポケットネズミ科なんだ。しっぽは体よりも長い。げっぱ類。腎臓の機能がすっごいんだ。水分はあんまり取らなくて平気みたい。今日は少し飲んでる。

ボクはカンガルーネズミ君のこといっぱい知りたくて、昨日の夜いっぱい調べたんだ。

だって、お友達になるのに、そのお友達のこと何も知らないなんていやだもん。

「おい、いいか、これがな、まずな、ダチ公になってやるっていう契約書な。で、ここにサインと印鑑」

カンガルーネズミ君はすごく優しくボクに契約書の書き方を教えてくれたんだ。すごくわかりやすかった。

ボクはなんにも知らないから……。こんなことを知らなかったから今までお友達ができなかったんだ、きっと。

「それからな、これが、白紙の念書な。これは念のためだからな。あんま深く考えるなよ、な」

カンガルーネズミ君が今度は真っ白な紙を手渡してくれたんだ。

「うん、でも……、どうして白紙なの?」

「ん?まあ、あとでちょちょっとな書き込めるようにな、まあ、いいじゃねえか、気にすんなよ。ダチ公になるんだからよ。で、これにもサインと印鑑な」

「うん、そうだね」

本当にカンガルーネズミ君の言うとおりなんだ。細かいことなんて気にしてちゃいけないんだ。

ボクはおともだち契約書と白紙の念書の2枚それぞれにサインしたんだ。

ちょっとだけ手が震えちゃったんだ。だって大事なサインだもん。

それから、印鑑を押そうとしたんだけど、朱肉を忘れてきちゃったんだ。

「あのね、カンガルーネズミ君、ごめんなんだけど……、朱肉忘れちゃったんだ」

ボクはカンガルーネズミ君に事情を説明したんだ。

そしたら、カンガルーネズミ君がいきなり、ボクの人差し指にガブっと噛み付いてきたんだ。

「痛い!痛いよ、カンガルーネズミ君」

ボクの指先からは真っ赤な血が流れ出たんだ。

「それつけて押しな」

カンガルーネズミ君はボクにそう言ったんだ。

「え?ボクの血を印鑑につけておすの?」

「そうだ、そうすりゃ、朱肉がいらないだろ」

「ありがとう。カンガルーネズミ君」

カンガルーネズミ君はボクのためを思ってガブッとしてくれたんだ。びっくりしたし、痛かったけどすごくうれしかったんだ。

持つべきものはおともだちっていうけど、ボクたちはまだ正式なお友達になっていないのに、それなのにカンガルーネズミ君はボクのことを考えてくれたんだ。

ボクは印鑑に血をつけて二箇所に押した。

カンガルーネズミ君が下敷きがわりにと背中を貸してくれたんだ。

「よし、これで、オレとお前はダチ公になったわけだ。ほらみろ、今日の日付がちゃんと入ってるだろ?」

「うん、ちゃんと、今日の日付が入ってるよ」

ボクにもやっとお友達ができたんだなって思ったんだ。

「こっちの念書の方はオレがちゃんと預かっとくからよ」

カンガルーネズミ君が地面に掘った穴の中に白紙の念書を入れたんだ。

「うん」

「でもって、これがダチ公になる契約書の控えな、お前の控えだ。とっとけよ」

「うん、ありがとう」

ボクは控えを両手で受け取ったんだ。本当に大事に受け取った。

「これで、手続き的なことは全て完了だ。じゃあ、またな」

そう言ってカンガルーネズミ君はぴょんぴょん飛び跳ねながら体の向きを変えてボクに背中を向けたんだ。

「えっ、もう行っちゃうの?カンガルーネズミ君?」

「何だよ?まだ、何か用なのかよ。オレは忙しいんだよ。これから、ブロック長と戦略会議があるし、その後もいろいろあんだよ」

カンガルーネズミ君は、すごく早口でそう言ったんだ。

「……そっかぁ……。せっかく、おともだちになったのに……。いっしょにあそべないんだね……」

ボクは悲しい気持ちになったんだ。ドーンっと落っこちたような気持ち。

「わりぃな、わりぃ。でも、ほら、ダチなんだから、また会えっからよ。そんとき、いやってほどあそぼーぜ」

カンガルーネズミ君がそのまま行こうとしたから、ボクは思わずしっぽをつかんじゃったんだ。

──ぎゅっと、つかんじゃった。

「おいっ、なんだよ放せよ。おいっ、おいったら」

カンガルーネズミ君のじたばたする素振りを見ていたら涙がでてきちゃったんだ。

そしてボクはいっぱい泣いちゃったんだ。でも、それは、相手がカンガルーネズミ君だったからなんだ。

大事なおともだちだからなんだ……。

「おい、泣くなよ。泣くなって、もー。しょうがねーな。わかったよ。ちょっとだけだぞ、ちょっとだけあそんでやるよ」

「ほんと⁉︎ 」

ボクはまだカンガルーネズミ君のしっぽをつかんだまま離さないでいたんだ。

「とりあえず、お前、しっぽ離せよ」

「あっ、ごめん……」

「しっぽはよせよ、な、ダチとしてNGだからよ。しっぽは」

「うん、ごめん。もう、しっぽをつかんだりしない」

ボクはカンガルーネズミ君にそう誓ったんだ。

それから、ボクは涙を拭いたんだ。だって、泣いたままじゃ、楽しく遊べないから。

「で、何して遊ぶんだよ」

「えっ⁉︎ 」

「えっ、じゃねぇだろーが。おまえが遊びたいって言ったんだからよ」

カンガルーネズミ君の舌打ちが聞こえたんだ……。わりとしっかりとした音だった。

「……うーんと……」

ボクは悩んじゃったんだ。だってボクは今まで誰かを遊びにさそったことなんてなかったから……。

「ほら、ほらー。時間なくなっちまうぜ。ぐずぐずしてっとよ」

カンガルーネズミ君は腕時計を見るしぐさをしたんだ。でも、腕時計はしていなかった。

「……うーん……、カンガルーネズミ君は何して遊びたい?いつも何してるの?カンガルーネズミ君がやりたいことしようよ」

ボクは自分でもこれはいい提案だなって思ったんだ。カンガルーネズミ君が楽しめなくちゃ意味ないもん。

「オレか?、あー、そうだなー、オレは専ら、野外ファックしてんなー。まあ、楽しいことっていったらよ、野外ファックくれーなもんだな、うん」

「野外ファックがしたいんだね。じゃあ、それ、しようよ」

「あー、おまえが言うから、ちきしょう、猛烈に野外ファックしたくなったじゃねーかよ、もー。一度こうなるとダメなんだからよーもー、動物のそういうの分かれやー」

カンガルーネズミ君は鼻とか体とかをヒクヒクさせてそう言ったんだ。

カンガルーネズミ君がそれほどしたいという野外ファックにボクも興味が湧いたんだ。

「野外ファックって、お部屋ではできないの?あのね、ボクんちにはゲームとかおやつとかいっぱいあるから」

「まあー、だいたい野外だな。オレもよ、それからオレの仲間もよ、だいたい野外でやるな、うん。部屋でってのはとんと聞かねぇな」

「そっか……、じゃあ、外あそびなんだね」

「まあ、そうだなー」

カンガルーネズミ君は深く頷いたんだ。

カンガルーネズミ君はそのあとでボクに野外ファックのあそび方を教えてくれたんだ。

体のいろんなところをピクピク動かしながら分かりやすく教えてくれた。

野外ファックの話をしているときのカンガルーネズミ君の目はすっごく輝いていたんだ。

ボクの目も同じように輝けていたか心配だったんだ。

ボクはただそれだけが心配だったんだ

神様、素敵なおともだちをありがとう。



                      終

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