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YAYACO YONEYAMA|菫色香水《2》香水をつけるときは、リボンをつけるように

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 菫色の小部屋に伺う時はいつも〈アニック・グタール〉ラ ヴィオレットをつけていきました。わたしなりの菫色のドレスコードのつもりでした。

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アニック グタール | ラ ヴィオレット
ヴァイオレット・ヴァイオレットリーフ(葉)・ヴァイオレットステム(茎)・トルコローズ

 アニック時代の香水瓶は金色のイメージ。ころんと丸みを帯びたゴールドのキャップにプリーツが施された紡錘体の硝子瓶にほぼ統一されていましたが、それぞれの香りのイメージによって色と質感が違っていたのです。リボンも基本は金色でしたが多種多様な素材がセレクトされていました。ひとつひとつすべて手作業で結ばれていて、入社試験には蝶々結びの試験があるとかないとか。そんなまことしやかな噂も耳にしました。リボンとカラーボトルの取り合わせの可愛らしさで思わず買ってしまった香水もあります。

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 プティシェリー。母アニックが娘カミーユに贈った少女の香りです。
 初々しい洋梨の香りが装うボトルは淡い緑柱色の磨り硝子。
 ソンジュ。金色の星が踊るチュール地のリボン。
 マンドラゴラ。大人の女性の香りはシックな暗紫色の香水瓶。
 アンマタンドラージュ。雨上がりの山梔子の香りはゴールドのパウダーの光沢をまとった乳白色の香水瓶。
 ニュイエトワーレはリボンも香水瓶も夜と朝の間のような深い藍色。
 ル ミモザの黄色に黒の水玉模様のリボンも斬新でした。

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 フランス語で香水をつける動詞は ”porter”——ドレスやジュエリーと同じ「身に纏う」というニュアンスです。

 映画「シャネル アンド ストラヴィンスキー」での調香師ボーの台詞「リボンをつける感じです」という表現がすごくすきで。このリボンがまさに〈アニック グタール〉の香水瓶に結ばれたリボンのイメージだったのです。

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 香水をつけるときは、そう、リボンをつけるように。
 花に留まる蝶のように。そういえばバタフライボトルもありました。

 アニック・グタールは1999年に他界しました。ラ ヴィオレットは菫が大好きだった母へ、娘カミーユがイザベル ドワイヤンとともに調香したフレグランスです。幼い頃家族で過ごしたアベロンの別荘《ラ・ヴィオレット》の思い出と、母への愛情が込められています。
 手折った菫の青っぽさが際立ち、ほのかな甘い香りがチュール地の淡い菫色のリボンのように繊細に肌を包み込む、シングルフローラルの菫色香水です。

1908_FSalon_07 のコピー

 ブランド継承した娘カミーユはブランド名からアニックを取り、ラインナップを見直し、香水瓶からリボンを取り、ゴールドからシルバーへと次第にソフィスケイティドされたプリーツボトルへと刷新していきました。現代の女性像にリボンは必要ないという意見は賛成ですが母への思いを断ち切るようですこし寂しくもあるのです。

 古から愛された菫の香りは母親と結びつくことが多いのでしょう。ケイト・アトキンソン『ライフ・アフター・ライフ』にも〈ヤードリー オブ ロンドン〉エイプリル ヴァイオレットという香水が母の香りとして登場しました。

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 古本市で出会った『時間の香り』というエッセイ集があります。
 PR誌『高砂香料時報』に連載された随筆五十編をまとめたものです。
 執筆者の一人である上野千鶴子さんは亡くなった母の鏡台でみつけた菫の香水について書かれています。

母は、すみれ色の好きなひとだった。そして実際すみれ色がよく似合った。いくつかの香りの中で、そのわずかに草っぽい香りのスミレの香水を、母がいちばん愛好したものと私は信じて疑わず、それを持ち帰った。

 愚痴の多い母親は幸せに思えず、決して母のようにはなるまいと思い続けてたといいます。

 長い闘病生活の末妻を看取った医師である父親。
 一人残された父親が「ぼくらは仲がいい夫婦だったよねえ」となんども同意を求める姿を見守るうちに、許し許される感覚に満たされはじめ、少しずつ遺品の香水を使い始めるのです。

 減っていく香水を惜しんで同じものを探し求めても見つからず仕舞い。
 香水はつかえばなくなる儚いもの。

わたしは菫色の香りの中で喪に服している。

 菫色は半喪の色でもあります。

 「菫の香水」はこのエッセイ集に再録されています。

00_通販対象作品

作家名|ヨネヤマヤヤコ
作品名|おいでよホームズさん

インクジェットプリント
作品サイズ|23.8cm×16cm
額込みサイズ|38.4cm×27.8cm
制作年|2019年
霧とリボン企画展《菫色連盟の事件ファイル》出品作

物語のはじまりにはいつも扉があります。
調香師マルセルがホームズを招き入れる扉は少女マリーが開く扉と同じ扉ですが違う花園へと続いてゆくのです。

ヨネヤマ様作品_ホームズさん

ヨネヤマ様作品_ホームズさん額

Text: Mistress Noohl
 天才調香師マルセルが、ホームズを自身の苑へいざなう——

 本作は、2019年に開催されたシャーロック・ホームズのパスティーシュ展《菫色連盟の事件ファイル》にて発表。各作家が架空の事件を創作、作品はその事件にまつわる証拠物件であり、ギャラリー空間も菫色連盟のアジトという設定、そこへお客様が潜入捜査にいらっしゃる趣向の展覧会でした。

 ヨネヤマ様が創作した架空の事件は「菫色香水事件」、マルセルは香水《THE WOMAN》を作った天才調香師として登場します。調香の手を休めて、ホームズを迎えたのでしょうか——白衣をまとったマルセルの、白衣以上に蒼白いかんばせと優しい光を宿す瞳に魅了されます。

00_通販対象作品

作家名|ヨネヤマヤヤコ
作品名|マルセルの調香オルガン台
インクジェットプリント
作品サイズ|27.7cm×20cm
額込みサイズ|39.7cm×30.6cm
制作年|2019年
霧とリボン企画展《菫色連盟の事件ファイル》出品作

グラナダ版ホームズとワトソンが調香師マルセルの仕事場を訪れるシーンです。あらゆる菫色の階調を網羅した調香オルガン台。《THE WOMEN》を発売することで彼らが来るのを待っていた……そんな微笑みを浮かべるマルセルです。

ヨネヤマ様作品_オルガン

ヨネヤマ様作品_オルガン額

 同じく、《菫色連盟の事件ファイル》に出品された一作。マルセルの秘密基地である調香オルガン台のある小部屋をホームズとワトソンが覗いています。

 ズラリ並んだ壮観の香料は菫色の諧調、天才の感性で香りを奏でるマルセルの後姿——と同時に、名香《THE WOMEN》にいざなわれて、ふたりがやってきた瞬間の美しくも妖しい、不敵な表情が活写されています。

★《菫色連盟の事件ファイル》展開催時に公開した事件ファイル★

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1911ファイル_ヨネヤマ様_02

1911ファイル_ヨネヤマ様_03

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