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ROOM 2A|KAYOKO TAKAYANAGI

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トークショー&サロン《少女の聖域》を主催する精神科医兼少女批評家・髙柳カヨ子の小部屋。
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記事一覧

KAYOKO TAKAYANAGI|少女の聖域vol.4|巻頭エッセイ|白き微睡の橘月

 今年も菫色の小部屋に《少女の聖域》の扉が開かれた。  研ぎ澄まされた美意識とあたたかい心遣いが隅々まで満ちた美しい空間で、“不在の少女”があなたを迎えてくれる。  終幕となるこの小部屋に密かに現れた「真昼の月」。  太陽の光は月に反射して、地球の大気を通り地表に届く。  夜地平に昇ったばかりの月がオレンジ色に見えるのは、高度が低いと長い距離を光が進まなければならず、波長の短い青系の光が散乱して赤系の光のみ届くためだ。中空高く昇った月は光が通る距離が短くなるので、緑系の光

KAYOKO TAKAYANAGI|少女の聖域vol.4|トレヴァー・ブラウン|王国の真昼

 月の裏側には少女の王国があるんだよ。ウサギが囁く。  そこでは地球上では息を潜めて過ごしていた少女たちが、思い切り羽を伸ばせるんだ。  良い子にしていなくったっていい。誰の目を気にせずとも、好きな服を着て好きなお茶を飲んで過ごそう。  ほら、長い耳が生えてきたらもう大丈夫。  少女の眼窩に嵌め込まれているのは、ブルームーンストーン。スリランカの鉱山の閉山で、今では幻となってしまったミルキーブルーのこの石は、その乳白色の中に揺蕩う光が、青空に浮かぶ白い月を思わせる。  ムー

KAYOKO TAKAYANAGI|少女の聖域vol.4|櫁蜂 & HIROKO|月光セレナーデ

 白くけぶるように空にかかる月の、儚くも心に残る存在感。  反射した光は散乱し、地表に届くのはそのわずかな断片だけ。  太陽の強い光の中でも失われない白き月の姿に仮託される、内に秘めた少女性。  5月の森を抜けた先に在るのは、少女だけに許された菫色の聖域。  ブライス。グレープフルーツのような大きな頭を細く小さい華奢な体が支えているその姿は、誰でもどこかで見たことがあるだろう。ファッションドールとして様々な服を着こなすばかりでなく、メイクなどの造形をカスタムして楽しむことも

山本じん|薔薇色の跳躍

 銀筆画をご存知だろうか。硬い金属の尖筆を支持体に擦り付ける描画法は、鉛筆が登場する前の15〜16世紀の素描に多く用いられた。その中でも銀の尖筆を用いた銀筆画は、繊細で精緻な描線を以って数々の優れた作品を現在に残している。  レオナルド・ダ・ヴィンチも多くの傑作を残したこの技法を、現代に甦らせた第一人者である山本じん。1995年に自ら研究・再現した銀筆によるドローイングを発表してから、日本に於ける銀筆画の第一人者として活躍している作家である。  細い細い細い線の連なりが、

KAYOKO TAKAYANAGI|日野まき|天使の降る夜

 クリスマス、特別な季節。暗く寒い冬に光を灯す、アドベントの祈り。  天使が舞い降りる聖なる夜。  モーヴ街初登場となる日野まき。  彼女の作品にはじめてふれた人は、その情報量の多さに驚くことだろう。優しい筆致で描かれた造形の中には、時間と空間が幾重にも多層的に埋め込まれている。二次元で描かれた世界は切り取られることで三次元となり、過去と未来に向かって伸張する。  それはまるで一冊の本を読み聞かせてもらっているような体験であり、本の内容は観る度に角度を変える。  余白に落

KAYOKO TAKAYANAGI|神林長平|『ぼくらは都市を愛していた』

 生成都市、という概念がある。  それは都市が自立的に増殖するというイメージを想起させ、あたかも都市というものが一個の生物として存在しているかのような印象を抱かせる。  実際都市とは、人々の希望や欲望や絶望を飲み込んで果てしなく膨張し続けるものなのかもしれない。  日本SFの最前線を走り続ける神林長平の小説には、都市が印象的なかたちで描かれているものが多い。  タイトルからしてインパクトが強い『過負荷都市』、上空に浮かぶ浮遊制御体に監視された都市を妖魔と色彩が乱舞する『プリ

KAYOKO TAKAYANAGI|オノユウコ|不可視の王国

 都市とはなにか。  人々が集まり定住した時、都市が始まる。堅牢な城壁で周囲を巡らす都市もあれば、緩やかに境界を決めずに広がる都市もある。メソポタミアで、エジプトで、アジアで、ラテンアメリカで、いずれも政治・経済・文化の中心として、数千年も前から都市は栄えては滅んできた。  それぞれの都市は、まるで一つの人格のように、個性を備えた独創的な存在だ。失われた都市の文明は、文字や絵画に残されたわずかな痕跡を辿ることにより、その往時の姿を幻視させてくれる。  オノユウコの作品を観

KAYOKO TAKAYANAGI|妖|喪失と再生

 妖といえば、隅々まで書き込まれたモノクロームの細密な作品がすぐに浮かぶ。情報量が多い画面には、スカルや奇妙な魚、食虫植物などがそこかしこに隠れている。幻想的な世界に住む少女たちは、前髪を真っ直ぐに切り揃えて美しいロリータドレスに身を包み、何かを探すような表情でこちらを見つめている。  身体の一部が魚の骨格や植物に変化した少女たち。長い睫毛とくっきりしたアイラインに彩られた透明な瞳に映るのは、失われた何か。  そう、妖が描くのは「喪失」ではないだろうか。  『Gothic&

KAYOKO TAKAYANAGI|Rouge Ligne|菫色のうさぎを追いかけて

 かつてゴスロリは少女の戦闘服だった。  ゴシックロリータ、通称ゴスロリ。ゴシックという闇とロリータという光が共存できるなんて、誰が想像しただろうか。  ゴスロリがファッションの一形態として浸透と拡散をした今も、「少女」をその内に抱く全ての人の中に、その精神は息づいている。  繊細で緻密な線で描かれたモノクロームのイラストレーション。以前『KERA』などの雑誌で妖の作品に出会ったという人も多いと思う。可愛さの中に潜む一滴の毒と、幻想的で美しい世界。妖が描くその世界は、薄闇に

KAYOKO TAKAYANAGI|鳥居椿|あまりに英国的な

 紳士服といえば英国。  18世紀に誕生したフロックコートに端を発する英国紳士の正装は、現代に至るまで「ブリティッシュ・スタイル」としてスーツの王道を歩んでいる。  ロンドンのバーリントン地区にあるサヴィル・ロウは、その英国スーツの代名詞として有名だ。オーダーメイドのそのスーツはビスポークと呼ばれる。客の要望に合わせて誂えられることから、お客様が希望を「話される=be spoke(speakの受身形)」が語源と言われるそのビスポークは、真のジェントルマンの正装たる所以であ

KAYOKO TAKAYANAGI|菊地拓史|余白と解読

 菊地拓史のオブジェ作品はriddle=謎である。  謎であるということは、それを読み解く面白さがあるということにつながる。あなたの前に存在する彼の作品は、読み解かれることを心待ちにしているのだ。  作品というものは作者の思惑とは別に、観る側の解釈に委ねられる部分を持つ。見たままのものだととらえてもよいし、思いもよらぬ深読みも許される。菊地の作品は、殊の外その懐が広いため、想像は膨らみ物語が動きだす。  空間芸術も手がける彼の作品には、そこに在る物質としての作品のみならず

KAYOKO TAKAYANAGI|ruff|19th Century Modern

 シャーロック・ホームズの名前を知らない人はいないのではないか。  それほどまでにこのスノッブでシニカルな英国生まれの探偵は、この国でも愛され続けている。原作の小説のみならず、TVシリーズや映画で出会ったという人も多いだろう。実直で真面目な相棒のワトスン博士との掛け合いは、バディものの元祖といっても良い。  霧深い19世紀ヴィクトリア朝ロンドンのベイカー街。難事件を鮮やかに解決するこの個性的なキャラクタは、今も我々を魅了し続けている。  今回の展覧会のメインビジュアルを

KAYOKO TAKAYANAGI |Miss Moppet Dolls〜楽園の先へ

 アブサン色のアクセサリーに縁取られた物憂げな顔。  享楽と禁欲の狭間を漂うその瞳はどこか遠い異国に思いを馳せているようで、もしかしたらアブサンが誘う楽園の幻想を夢見ているのかもしれない。  Miss Moppet Dollsのブローチの顔はビスクでできている。  硬く強靭でありながら、一方では脆く繊細なビスクという素材は、まるで少女という存在そのもののようだ。  自らの少女性を胸の奥深くに封印して、アブサンという大人の領域に踏み込もうかと迷っているようなその表情に、揺

KAYOKO TAKAYANAGI |不在の少女

 少女とはなにか。  少女で在るとはどういうことか。  精神科医の高柳カヨ子と申します。  医師として様々な心の在り様と向かい合うかたわらで、「少女とはなにか」という永遠の謎を追い続ける少女批評家を名乗り、カルチャー・ソロリティ「菫色連盟」東京支部に所属しております。  今回アイリーン・アドラー氏の密命を受け、不在の少女をめぐる旅からここブライオニー荘に戻ってまいりました。  少女という言葉からはどのような印象を受けるでしょうか。  可憐、儚い、可愛い、繊細。いずれにせよ