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梅谷展示その後。批評家調文明氏&現在展示中の小園井氏を迎えて。

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調)本日は梅谷隆介さんと小園井和生さんの展示についてお話を聞きたいと思います。順番としては梅谷さんの展示から、今会場では小園井さんの展示をやっていますけど、梅谷さんの展示のことを頭に思い浮かべながらやっていけたらと思います。

お二人結構タイトルとしてはストレートなタイトルだったんですけど結構作品を見る上で動線というかうまく理解するとかどういったことか知るとより展示テーマが見えてくるような感じがしたのでタイトルからお話を聞いていこうかなと思います。

梅谷さんの今回のタイトルが『Gods in weekday night』ということで、このタイトルどういったことでつけた、このタイトルが、どういったことで大事なのかお聞きできればと。

梅谷)僕が元々お祭りが好きで撮影してたんですけども、毎年撮る中で写真学校を休学したり、個人的に仕事を休んだりする時があったんですけど、自分が休んでいる時、特にお祭りのない平日みなさん働いてらっしゃったり自分だけが休んでいると、社会のみなさんと自分が違う世界にいる気がして、それって祭りのある日の神様とない日の神様、神様自身もそういった意識の差はあるのかなとそういったところがつながりまして、weekday平日の神様というふうに考えるようになりました。

調)基本的にお祭り以外の神様は梅谷さんの中では何もしていないという感じですか?

梅谷)神様自身が何をしてらっしゃるかちょっとわからないですけども、自分の場合、自分が平日に何かしている時、何かしている最中は神様に意識を向けることがなくて、神様って意識の中の問題だと思うところもあるので、そうすると意識していと自分の中の神様は死んだも同然というと言い過ぎかもしれないですけど、その時には意識の中では活動されてない僕の中では。

調)昔からいだだきますとかご馳走様とか神に感謝するとか、街中歩いてても、時々小さい神社とか、ああいうのは確かに神様意識してるなと思ったんですけど、こないだ梅谷さんと話して一回ちょっと持ち帰った時に、多分自分が思ってた神様って名のあるというかなんとか神社の神様、食事の神様もずっと昔からいるものであって、なんかこう名付けられてきたような神様を自分は思い浮かべてて、梅谷さんがいうのは多分そういったものじゃない。

梅谷)そうですね、いらっしゃった方の中でも、こういう神様を想像してたとかそういうおのおのの神様を言われる方も何人かいらっしゃいました。そういった神様を僕はやおよろずっていうからには色々いらっしゃると考えてそういった神様もいらっしゃるでしょうし、僕の展示した作品としては、スナップが中心だったんですけど、すれ違った人がもしかしたら神様かもしれないし、どういったものかわからない状態で、もしかしたら、名もない神様に目を向けようとした。

調)多分どうしても自分が言葉にこだわっちゃう人間というところがあって、展示につけられていた解説文の八百万の神とか、祝日とか平日とかなんかちょっと自分の中でしっくりこないのがあって、今聞いたやおよろずって多分梅谷さんが想定する神様で、やおよろずって呼ばなくてもしかしたらいいのかなって。

梅谷)それぞれの方にも神様がいるし、僕自身にもそういう神様が。

調)文化的にそう名付けられちゃってるけど、なんか違うものという気がしてて、だからアニミズムとかそういったものに引っ張られるから違う言い方で読んだ方がもしかしたらしっくりくるかな。

梅谷)そうですね、確かに祝日と休日とかそれ自体も呼び方によって違う印象ありますし、僕自身先ほど申し上げた、意識するっていう神様の存在って重要だと思うんですね。意識っていうのが僕の意識と見た方の意識また違うかもしれないですし、そういった中で、自分自身皆様にお見せしてこだわってるかもしれないなと。

調)小園井さんは梅谷さんの展示どう感じました?

小園井)そうですね、単純に最初は文章を見ずに一回写真を見るということをしてるんですけど、一回写真を見て、単純に人が面白いし、プリントのサイズもそのまま見た映像っていう面白いなという、で一周して文章見て、やっぱりちょっと文章と写真がなんかちょっと離れてるというのはちょっと感じたんですね。それで、でも梅谷さん結構添削して、こういう文章になったて、添削したことがちょっと気になりました。あと、離れた部分を文章で写真をちょっと寄せるっていう、寄せてきたらまた違う作品にもなるのかなと思いました。

調)梅谷さん、展示してみてどうでした?自分の想定してた、梅谷さんの中ではここみてほしいなとかあったと思うんですけど、展示やってみてどうでした?

梅谷)展示自体は私の中では強いというか、展示というものがあってキャプションがあった、キャプションについては小園井さんがおっしゃったかなりカットした部分自分のなかでもしかしたら理解が追いつかなかったという感じですね。今回春に仙台に行ったんですね。その時に今回この展示の大筋を見つけたつもりなんです。仙台四郎っていう神様がいらっしゃるんですけど、実在した人物で、生前はその人が訪れる店が繁盛したというジンクスがあって、その人が亡くなった後は、その写真を買うと幸せが訪れるみたいなことだったんですけど、思ったのが、その人が生きてた時は、その人の意思で選んで入った店が繁盛するっていうその人の意思があったんですけど、亡くなってからは誰かわからないけど、買われていくっていうその人の意思ではない。そういったところで、神様として、祭り上げられて二階に上げられて梯子を外されちゃった状態かなと僕は思った、だから神様に対してどう意識を持つかっていうのが僕の中で神様の存在の拠り所だと思いまして、僕はこれが神様っだっていうのはまだ巡り会えてないんですけども、自分の中で、もしかしたら自分が見えてないだけですれ違った方とかものが神様で、自分が意識を向けることによって新しい世界が見えてくるんじゃないかということを考えて、その時に、展示構成とかを考えるときに、自分のすれ違ったものとか意識を向けてはいたんですけど、自分の世界、生きてきた人生、無意識というか我として強く出てきて、それがキャプションとはまた別の写真として一人歩きしてるというのが自分で感じてる自分の写真の中で。

調)すれ違ったものが神様かもしれない、それは納得はできるけど、でも実際に撮ってる現場の意識で、あの写真はなんで撮られたの。

梅谷)僕の写真に色気とかエロティズムを感じるとおっしゃる方がいるんですね、そういうのって自分自身足りないものと、そういったものを自分自身求めているというのはある程度あると思っていて、そういった、自分になくて欲しいものに求めるという気持ちで撮ってる。

調)それって今回の平日の神様にどっかで繋がるんですか。

梅谷)普段の自分、普段着の自分っていうのが平日の自分、ハレれの部分っていうのが、華やかな僕の居たい世界。僕自身の求めるものという気持ちで撮影しています。祝日っていうのはお祭りもそうですし、人々が仕事から解放されて休めるっていうのは僕はもっと気軽に得ることができたらなって、神々の世界って異世界ってそういったものじゃなく、手を伸ばしてとどかせたい。

調)ハレって言いましたけど、ハレとケで、ただその、ケの日常って多分落ちちゃってるとかあって、ハレに触れることによってちょっと回復したり、そういった部分もありますか。

梅谷)自分自身が、キャプション一度書いて消したんですけど、まあ若干病弱というか、障害がありまして、休む理由って大体それなんですけど、休みを求めるときに、手続きとして理由って必要じゃないですか、二階に上げて梯子を外すっていう話に繋がるんですけど、障害や病気ってなかなか自分から切り出しにくいし、切り出したところで相手もぎこちなくなってしまう、どう接していいのかわからない、反応を見て、言わなきゃよかったのかなとか、思ってしまう、それをもうちょっと言いやすくしたいし、神々っていうのはそもそも、偉い神様もいらっしゃいますし、病気や災害とかについての神様、または、何もしない神様とかも世の中にいると思ってるので、そういったものを祀っている神社もありますし、そういうのを全部ひっくるめて、全て受け入れるのは難しいですけど、存在を認めるくらいはしたい。それがお互い架け橋になるし、休むっていうことへの架け橋にもなるんじゃないかなと。それもあってスナップして、神様として、僕は親しくしていきたいなと。

調)やおよろずっていうのよりそっちの方が言いたいことが伝わってくる。結構梅谷さんの言いたいことが凝縮しすぎてた(笑い)。そこまでの、なんでここに飛ぶのとか、結構間すごいあったんだろうなと思わせる文章で、そこら辺がもう少し行間が、多分校閲した時に無くしちゃった場所かもしれないですけど、もう少し書き足されればかなり。

具体的に写真に入っていきたいですけど、今回展示ってオーソドックスな壁に貼ってるというだけじゃない感じですけど、同じ写真が2回か3回出てきますけど、写真の扱い方なんかも。

梅谷)猫の展示や壁のいくつかもそうなんですけど、あらかじめ自分の中で設計図として置き場所って決めてたんですけど、ここはなんかお客さんがこっちにあった方がいいんじゃないかとか、いってくれるだろうなというのも期待しつつ、猫の写真ですと、最初壁側に三つか四つ並んでたりしたんですけど、こっちにあった方がいいよとか、移動すること自体がこの展示の期待するところで、変化とかしていきたいなと思ってまして、インスタレーション的なものとかやりたいなって思ってたんで、壁にあった写真も変えましたし、そういったものを人に言われて変えていく、猫の写真をあっちにあった方がいいとか言われて移動してるんですよっていうのを次のお客さんに言う、そう言うことがしたかった。

調)なかなかそこじゃなくないとか言う人いる?笑い

梅谷)結構言われました。飛び飛びにあった方が猫があっちやこっちに行ってる感じになりますよとか。

調)それはなんか誘導してます?笑

梅谷)中途半端に移動しておくと、向こうから言ってくれる。あともう一つの理由としては、前のギャラリーでやった時は、一直線とか等間隔で並べてたんですけど、それを一歩出たいと思ってたんですね。それともう一つ一歩出たいと重なることがありまして、夜のストロボ焚いて撮ってた写真を公募展とか結構出してtんですけど、なかなか通らなくて、ある時ここで一回落ちて、それを諦める理由にしようと考えたことがあるんですね。で出すときに落ちる前提で考えて全然違う力を入れてなかった写真を出したんですね。ところがそれがありがたいことなんですけど、選ばれてしまって、展示することになったんですね。自分の中では悔しくて、昼間の明るい、悪気えば面白写真みたいな、それを夜のスナップで超えたいって言うのがあ理ました。その時に選んでいただいて展示したのがランダムに並べたり、応募したプランとは違う展示をしたんですね。自分の中でささやかな抵抗みたいな。これまで通り一列に並ぶっていうプランで応募したんですけど、それでこういう展示構成を考えてみようとなりました。

調)二人とも一列にとかじゃないじゃないですか、お互いちょっと小園井さん梅谷さんの展示の仕方とかどんな感じですか。

小園井)インパクトのある写真が前になってて、その写真がメインになってるってイメージがあったんですけど、

調)食べてる写真ですか?

小園井)そうですね、で、その下に小さい写真があって、インスタレーション的で面白いなって思いました。自分も今回こういう展示をしたくて、本当に一列に飾るっていうのは写真を一枚一枚見ていくっていいんですけど、展示っていう形にして、一列に並べるってなると、その形と違うその展示でしかできない見せ方っていうのはあるなって思って、それを梅谷さんの展示の時に見て展示内容も展示の仕方も面白いなって。

梅谷)僕は先日小園井さん設営する時小園井さんと話したことなんですけど、展示がこれまでのスタンダードな感じと違うようにしたいと決定的に思ったのが、この春のKYOTO GRAPHIE京都でやっている写真祭ですね。今年の特集が、現代日本の女性写真家という特集だったんですけど、それが私の中ではすごく心に刺さりまして、なんで刺さったかというと、今まで正直僕は、女性写真家の特徴として、マイノリティーとしての女性写真家っていうのを特徴としてあったんですけど、今回展示されてた方々はそこを一歩も二歩も出て、自分の内面の問題じゃなく、世界に広がるつながりとしての作品だなと感じたんですね。それで自分も広げたい、スタンダードな感じから、写真もアートのうちの一つだなと、写真を展示するって大切なんですけど、写真を使って世界を構成するっていうのをやりたいなって強く思いました。

調)マイノリティーとしての女性写真家ってどういうことですか。

梅谷)障害とか女性とかそう言った多様性を感じる、テーマを強く感じるというのがあったんですけど、もちろん作家の方々は感じてでしょうけど、自分の心境の変化とかそう言ったテーマ性がまず一番に感じる写真からそれを上回るほどの世界の広がりっていうのを今回のKYOTO GRAPHIEで強く変化として受けたんです。

調)作家の方、具体的にいうと。

梅谷)この方の展示が変わったとかそういったのじゃないです。自分の偏見がもちろんあるんですけど、女性写真家っていう漠然としたものに対する偏見が取り払われた。展示してた方で印象的だったのは岩根愛さんとか、そう言った自身がどうこうっていう僕の中にあったものを、じゃあ社会とどう重なりつつ」表現していくか、そう言ったところを岩根さんとかそう言った写真家の方から感じました。

調)私写真的な?

梅谷)そうです。

調)自分のプライベートに近いところをということですね。

今回って解説文か何かで何々シーズみたいな形で、複数のシリーズから持ってきたみたいな。あれはどどういったものでしょう。

梅谷)今までではそれぞれのシリーズに、自分の共通するものが、今回、平日の夜の神様っていうところ、いっこあったなって感じで作ったっていう感じです。

大幅に新しいく撮影した作品っていうのはそんなになかったんですね。沖縄に行って、復帰50年の日に沖縄に夜撮ったっていうのは完全新作なんですけど、それ以外は今まで前のギャラリーとかそういったところで、見せてきたもののうちから、それぞれいくつかずつ、抜き出して、それをまた組み合わせて1つの部屋にしようと考えました。

調)ちなみに、その沖縄のやつとかって、なんか8枚ぐらいしかなかったですよね、

梅谷)もう少し取ってたんですかね。でも、全部見る方がいるのかなと。時間で決めて、そこに入る枚数とか入れてもよかったっすですね。 5分ぐらいとか、3分ぐらいでも。

調 )でも、そのいろんなシリーズから持っていって、でもそこの中で自分の中でいろんな、駅から出てくる人とか、繁華街が出てくる人みたいなのを撮ってるイメージ ていうのがちょっとどうしても結構強くあったので、今回もそういった写真も入っては来てましたけど、

次梅谷さんが何だってくるのかっていうのがすごく気になります。ちょっと前回は、今回の展示が果たしてどうなったのかっていうのは、自分からまだちょっと保留状態で、こっから梅谷さんが次どんなものをこう出してくるんだろうなっていう。 ちょうどそれがターニングポイントになるのか。そうで、なんなんとなく、やっぱりなんかのポイントになるんだろうなと思いながら、見ていました。

梅谷)ありがとうございます。自分自身も今回、ああいったものをやってみようと思ってやってみた感じが強くて、これをさらに完成形に持ってきたいなっていうのがありますので、今後も色々試行錯しやっていくつもりです。

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