短歌連作十九首「丘に城もつ故郷」
丘に城もつ故郷
光湿る床にワゴンの轍あり声も微かに内科の葉月
髭という髭を伸ばして猫は寝るまるで木立の息づくように
道草であろうか枕掠め取る朝寝の猫の髭の明るき
生きてきて初めて見ゆこんなにも育つものとは他人のセローム
熱風にセロームは滴転がして巨大な夏の一部と揺れる
吊下がる吊り革少し傾かせ加速している赤銀電車
張りのある弟の腿確かめて盂蘭盆会の午下りのこと
事件なき町に集える警官らの花火大会交通整理
丘に城もつ故郷に生きている木々の輝くクチクラの層
「すうすう」「しゃあしゃあ」とか鳴り水通る血も巡るときこういう感じ
世界とは体感であるとわからせる薬が掛ける布をすべてに
タオルケットまといすべては茫漠となって眠りの底遠からじ
体感の境界曖昧融解す眠剤に依る理想郷開く
灯の並ぶ隧道だけにあるリズム呆れていても自分と生きる
歌うように明かり波打つ天板の反射している孤独な明かり
電灯は決まったように並べられ私を照らす二つの向きで
妹の指す窓外に月白く灯を青く変え飛行機の夜
陸のかげふちどり光る海原は雲着る月のほのかな黄色
幾何学を描いて雨は窓をゆく管制塔の宵のミッション
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