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【青春系】短編

ズットモ



冠婚葬祭用の服は着心地が悪い。
電車の窓ガラスに映る、自分を見て私は小さく息を吐いた。
今日の主役は私でなく友達なのに、やっぱり緊張している。
それは私が彼女の「親友」として、
大勢の前でのスピーチを依頼されているからなのか。
――それとも。
そこまで思って、
ふいに出会ったばかりの頃の彼女のセリフを思い出す。
『 私たち、ズットモだね!』
彼女はそういって、
まだ絆創膏のついた顔でくしゃくしゃに笑っていた。
今日会う彼女も、笑っていて欲しいと切実に思う。
“ズットモ”という単語が幼くてダサくて、
吹き出しかけたのは秘密だが。
彼女はいつもそんな風にどこか抜けていて天然で、
意図せず私を笑わせてくれた。
私は彼女といる時間が好きだった。
ちょっとしたことを大げさに褒めてくれたり、
両親と大喧嘩したとき、受験が失敗したとき、
それだけじゃない。
何度も何度も彼女は私を救ってくれた。
対して、私が彼女を救えたのは一度きりだ。
それは私たちが小学1年生の頃にさかのぼる。
彼女は私の隣のクラスで
いじめの標的にされていた。
彼女は少しのんびりすぎるところがあるので、
たぶんからかい半分だったのだと思う。
しかし私たちが初めて出会ったその日。
ひゃあああ、と間抜けな声を上げて彼女は、
音楽室に移動する私に向かい、
階段からダイブしてきたのだ。
私は彼女を突き落した男子に猛烈に怒った、
らしい。
もう昔のことなので、実はあまり覚えていない。
そして、彼女を手当てするため
保健室にエスコートしながら、
「今度この子に手を出したら、私がお前ら全員ぶちのめす!」
などとすごんだのだそうだ。
これは会うたびに聞く思い出話なのだが、
喧嘩や、やっかいごとは
できるだけ避ける私の性格とかけはなれており、
思い出美化機能により彼女の記憶が
大幅に誇張されたのだと解釈している。
……今日の思い出も、
いつかは美化されて変わっていくのだろうか。
ふとそんなことを思いながら、
私は電車を降り、駅を出る。
式場直通のバスに乗ると、
似たような服を着た人の視線を浴びる。
誰が親族で、誰が大学や会社の友達なのかわからない。
彼女に会うのは実に十年ぶりだからだ。
それでも彼女は「友達代表」に、
中学を卒業して以来スマホでしかやりとりしない私を指名してくれた。
『あなたは、あの子のヒーローだから』
と電話越しに少しかすれた声で言ってくれた彼女の母親のセリフを思い出す。
私はヒーローじゃない。
私が彼女のヒーローだったのなら、
かしこまった格好でこんなバスに乗ってない。
すでに式場で待機している彼女の隣、
それが無理だというなら「その瞬間」はせめて、彼女の近くにいたはずだ。
――本当のところ、私は彼女のなんだったのか。
そこまで思ったところで、バスは式場に到着する。
電話をくれた彼女の母親に涙ぐみながら迎えられ、目が熱くなった。
報せを受けてからぐるぐる渦巻く、私の気持ちを置き去りにして、
式はあっという間に進んでいく。
彼女の顔を見られず、私はひたすら俯いていた。
「友人代表のスピーチをお願いします」
式場にマイクの声が響き、私は我に返った。
「は、はい」
声が上ずってしまう。
壇上に上がったところで、彼女と目があった。
――いや、正確には目があったのは祭壇に飾られた、
あの時の絆創膏だらけの笑顔に似た彼女の写真だったのだが。
だけれどもう、もうそれだけで、私は限界だった。
震える手で原稿を広げながら、
用意された言葉も、そこに書けなかった気持ちも、
何一つ声にならず、涙だけがこぼれていく。
「彼女」はその祭壇の下の棺の中で静かに眠っている。
閉じたひとみは永遠に開かず、もう目が合うことはない。
バカみたいな話をすることも、愚痴を言い合うこともできない。
「か、の…じょは……」
私の震える声が、ノイズに交じって式場にこだまする。
「……彼女は、今までも、……そしてこれからも、一番最高の、友達です」
くしゃくしゃの笑顔の写真に、泣き笑いしながら、
私はどうにかスピーチの一行目を読み上げた。

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