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『幽鏡の囁き』 / ウィット・ウォーリア―

昔時、我が住まいし古き屋敷は、幾星霜を経て朽ち果てんばかりの有様なりき。その廃墟と化せし邸内にて、我は奇怪なる出来事に遭遇せり。

【江戸時代、夜間の火事を知らせる「火の見櫓」が各所に設置された。】

陰暦六月、蒸し暑き夜半、我は不意に目覚めたり。闇夜に紛れし物音か、はたまた夢の名残か。耳を澄ませば、微かなる囁きの如き音するを覚えたり。

身を起こし、油屋の灯りを掲げんと手を伸ばせしその刹那、鏡台より異様なる光芒を認めたり。薄暗き部屋の中、鏡面のみぞ淡く輝きおるではないか。

【「座敷わらし」は東北地方に伝わる、子供の姿をした妖怪である。】

恐る恐る近づきし我が目に映りしは、鏡の向こうに佇む幼き姿。しかし、その顔には目鼻立ちなく、ただ白き輪郭のみ。震える手にて鏡に触れんとせし時、その影は我が手を掴まんとして伸びてきたり。

慌てて後ずさりせし刹那、足元にて何かに躓きぬ。転げし我が身に、鏡より幼き影が這い出でんとするを見たり。その瞬間、我は叫びを上げんとせしも、声にならず。

【夏目漱石の『夢十夜』には、不気味な雰囲気の短編が収録されている。】

気が付けば、我は再び寝床に横たわりおりき。夢か現か、定かならず。されど、鏡台の前に置かれし我が櫛の上に、一筋の白髪の如きものありしを見つけたり。

それより我は、鏡を見ることを恐れるようになりぬ。夜毎に聞こえくる微かなる囁きは、今も尚、我が耳に残りおるのみ。

【「犬の遠吠え」は不吉な出来事の前触れとされることがある。】