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線香花火

 僕は、彼女との花火が好きだった。夏の生ぬるい風が吹く夜と彼女の汗ばむ手、僕たちは手を繋いでいつもの公園に向かう。


 この公園は遊具が少なく、僕が一週間前に、歳の離れた弟と一緒に遊びに来て、砂場でお山を作って葉っぱをのっけたりして遊んだ。ちょっと懐かしく特別な公園だ。公園の中に入る。

「全然人がいないじゃん。」
「当たり前でしょ!」

 彼女は僕の隣で笑った。マスク越しでも可愛いのが伝わってくる。そんな笑顔だった。
 僕達はベンチに座ってしばらくの間、話した。それからでした。急に彼女が、

「実は線香花火持ってきたんだ。人いないし二人だけで、しよっか?」

 僕は彼女の目を見た。それは海に光る真珠のような曇りのない純真無垢な目だった。その魔力に吸い込まれてしまうかのように僕は、

「うん、良いよ。」

 と答えた。やった、と喜ぶ彼女。彼女は線香花火を取り出してそっと火をつけた。

 僕は彼女との夏の思い出を残したくてスマホを取り出し、ビデオを開いた。火が灯りはじめた線香花火は、遠い昔にお父さんと見た蛍を彷彿させて僕の心を灯した。そして、バチバチと鳴り出す線香花火。彼女は線香花火だけを見つめていて、僕はちょっと嫉妬した。バチバチが鳴り止むと線香花火は地面に落ちてこの世から消えてしまった。

 僕がもし彼女と別れたら、この線香花火のように彼女の前から姿を消さなくてはならないのか?

 僕は消えたくない。

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