BL小説『白い蜥蜴と黒い宝石』第4話
【気づき】
翌朝。朝の支度を終えた頃にイソラがやってきた。
「すぐ出られそうだね。それで、クロ君がどうするかは決まったの?」
「とりあえず今日は俺と一緒にいる」
まだ少しむくれ気味のシロが答える。
とりあえずに変更になったことにイソラがクスッと笑いながら、修行をする広場へ2人を案内した。
広場では数人が各々に何かをしていた。
糸の見えないクロには何をしてるかさっぱりだが、シロには糸を操って武器を扱ったり、糸同士で相殺したり、格闘したりしているのが見えた。
「シロ君の修行は僕が担当することになったからね。とりあえず糸で格闘でもしてみようか。クロ君は危ないから少し離れていてね」
クロが離れようとすると、シロが再び不機嫌な顔になる。その顔にイソラが苦笑する。
「シロ君の糸が届く範囲にはいてもらうから。あと右に5歩離れてもらおうかな。そう。それくらい。これならいいだろう?」
シロが渋々了解する。
その瞬間、無数の糸がシロめがけて襲いかかってきた。
「くっ!」
「ほらほら。しっかりガードしないとやられるよ」
糸の格闘という初めての体験にシロは防戦一方だ。とにかく相手の攻撃を弾きまくる。
『何なんだよ、これ。全くスキが見出せない』
「驚いたかな。僕、これでも結構強いんだよ。まずは僕に一発当てること。それが今日の課題だ」
シロとイソラが激しい打ち合いをしている間、糸の見えないクロは途方に暮れていた。
『ついてきたはいいけど、なんも見えねえな。アイツら、何してんだろう』
無駄だと思いながらも目を凝らしていると、後ろでカサッという音がした。
見ると5歳くらいの子供が3人、珍しそうにクロを見ていた。
「えっと……どうかしたか?」
話しかけられて子供達は驚くが、好奇心の強そうな1人が答えた。
「お兄ちゃんの髪、どうしたの?里の中なのにわざわざ染めてるの?」
「え?いや、これはもともとこんな色なんだ。この里じゃ珍しいかもしれないけど」
え〜?そうなの〜?と話しかけてきた1人が面白そうに触りにくる。すると、もう1人も緊張しながら触りにきた。
「白じゃない髪なんて初めて見た。眼も黒なんだね」
「そうか。お前達は外に出たことがないんだな。外では髪も眼もいろんな色のヤツがいるんだぜ」
「だからみんな外に出る時、髪を染めるのか〜」
どうやら白の人は外に行く時は髪を染めるらしい。目立たないようにするためかなと考えながら、クロはもう1人の子だけ離れた所で動かないのに気づいた。
「チヤもおいでよ。このお兄ちゃん優しいよ」
「………でも、その髪、闇みたいに真っ黒で怖い」
今まで髪を欲のこもった目で見られたことしかないクロは、珍しい反応になんだかむず痒くなった。
『怖い。そんな風に言われたのは初めてだな』
「え〜。そうかなぁ。あ、じゃあこうしたらどうかな」
クロの髪を触っていた1人が、もう1人に耳打ちする。「それいいね」と2人で頷きあって、急にクロの手を引っ張り出した。
「え?ちょっと、どこ行くんだ?」
「いいからついてきて!」
「チヤもおいでよ!」
クロの髪を怖いと言った子もあとからついてくる。
クロはシロの方を見るが、修行に集中していてクロが連れ去られるのに気づいていないようだった。
「はい。これならどう?」
クロは小さな白い花がたくさん咲いている場所へ連れてこられた。
いったい何をされるのかと思ったら、子供達はその花をたくさん詰んでクロの頭に飾り出す。
「これなら夜空みたいだろ。怖くない」
クロの頭に花を散らした1人がチヤのほうを向いて聞く。
「うん。お花がお星様みたい。キレイ」
チヤはゆっくり近づいてきて、クロの頭にそっと触れた。
「お兄ちゃん、眼もキラキラしてるね。とってもキレイ」
欲を含まない褒め言葉は、素直にクロの心に響いた。
「………ありがとう。お前達の眼も宝石みたいで綺麗だぞ」
子供達にむけるクロの笑みは、まるで花が咲いたようだった。
その頃。シロとイソラの激しい打ち合いはまだ続いていた。
『なんとか防御しながら攻撃できるまでにはなったけど、単純な攻撃じゃ簡単に弾かれる。もっと攻撃に力を注げる余裕を持たないと』
シロは汗だくになりながら必死にイソラの隙を探す。
だがイソラはまだまだ余裕があるようで、汗一つかいてない。
「クソ!」
「ほら。気を抜くと防御が疎かになるよ。集中して」
そう言いながら、イソラはちらっと近くの塔を見た。塔の一番上にある時計はちょうど12時を指していた。
「あ、もうお昼の時間だね。いったん休憩しよう」
イソラはそう言うなり、シロが出している糸全てにエネルギーを注いで溶かしていく。
全力で糸を出していたシロは、新しい糸を出すこともできず打ち合いは終了した。
「さて、クロ君。お待たせ。………あれ?クロ君は?」
待たせていたはずの場所にクロがいない。
首を傾げるイソラの横で、シロは青ざめていた。
「あ、そういえばシロに何も言わずに来ちまったな」
子供達と花畑で遊ぶのが楽しくて夢中にになっていたクロは、ふとシロのことを思い出して心配になった。
「シロって?」
「俺と一緒にこの里に来たヤツだよ」
「イソラと修行してた人だね。なら、そろそろお昼だから休憩してるんじゃないかな」
「え?そうなのか。なら戻らないとまずいかな」
「え〜。まだ遊びたい」
口々にまだ帰るなと言ってくる子供達を宥めて、クロはなんとか元の場所に案内してもらった。
「シロ!ごめん。この子達と遊んでたら遅くなっちまって」
修行場に戻ると青ざめたシロと困った顔のイソラがいた。
クロが駆け寄ると、シロに力いっぱい抱きしめられる。
「クロ……良かった……どこに行ったのかと思った………」
泣きそうな声に「ごめん」とクロが言うと、シロは緩く頷いた。
「お兄ちゃん、ごめんよ。僕たちがクロのこと連れ歩いたんだ」
一番最初にクロに話しかけた子がシュンとして謝ってきた。
「いいよ。俺も楽しかったし。髪のこれ、ありがとうな。俺、あんまり自分の髪好きじゃなかったけど、ちょっと好きになれたよ」
その言葉に子供達はぱぁぁっと顔を輝かせ、「じゃあまたやってあげるよ」と喜んでいる。
「とりあえず昼ごはんにしようか。君たちもいったん家に帰りなさい」
イソラの言葉に「は〜い」と素直に答えると子供達は去って行った。
嵐のようなその姿をクロは優しく見送る。
やっとクロを離したシロは、その髪に飾られた花をまじまじと見つめていた。
イソラの持って来てくれたおにぎりを食べながら、クロはイソラに子供達と何をしていたのか聞かれた。
髪を怖がられたことなどを簡単に説明すると、それならしばらくは子供達の相手をしてはどうかと提案される。
あの子達なら何かされる心配もないだろうとシロも納得してくれ、クロは子供達のお世話係となった。
「僕がトア。こっちがセンで、一番ちっこいのがチヤだ」
お昼から再び集合した子供達に、改めて自己紹介をしてもらう。
最初に話しかけてきたのがトア。一番背が高くて活発だ。
次に背が高いのがセン。穏やかで他の2人の調整役をしている。
クロの髪を怖がったのがチヤで、一番小さく少し怖がりだ。
「俺はクロだよ。改めてよろしくな」
子供達は嬉しそうに「よろしく!」と返してくると、ウキウキしながら質問をしてきた。
「なんでこの里に来たんだ?」
トアが先陣を切る。
「シロについてきたんだよ」
「シロとはどんな関係なんだ?」
センが立て続けに質問をする。
「兄弟みたいなもんだよ。一緒に育ったんだ」
「クロにとってシロは大切な人なの?」
チヤが一生懸命聞いてくる。
「そうだな。里を出てもついて来ちまうくらいには大切かもな」
クロは笑いながら答える。
『大切……か。たしかにそうだけど、シロも自分と同じヤツらに会えたんだし、そろそろ兄弟離れしないといけないかもなぁ』
子供達のなにげない一言は、クロの中に小さな芽を植えつけた。
その日の修行が終わり、シロとイソラがクロを迎えに来た。
どうやって居場所がわかったんだ?とイソラに聞いたが、そのうちわかるよとだけ返されて、2人は家に送り届けられた。
「シロ、疲れただろ。ご飯は俺が作るから休んでていいぞ」
言いながらクロが炊事場へ向かうと、シロがついてきた。
「シロ?」
無言で近づいてくるシロにクロが不思議な顔をしていると、急に黒髪を摘んできた。
「どうしたんだ?」
「………俺だってクロの髪、好きだ」
シロは子供が拗ねたような顔をしている。
「クロが髪で苦労してるせいで、自分の髪が嫌いなことは知ってた。でも好きになって欲しくて色々したのに全然ダメで。なのにあの子達は一瞬でクロの気持ちを変えた。俺だってクロの髪が好きなのに。何色かなんて関係ない。クロの髪だから好きなのに。………悔しい」
心底悔しがるシロに、クロはなんだかおかしくなって笑ってしまった。
「俺は真剣なのに。笑うなよ」
「ははっ。ごめん。シロの気持ちは嬉しいぞ。お前は優しいもんな。お前にそう言ってもらえたら俺はもっとこの髪が好きになったよ。ありがとう」
クロが子供達に向けていた花のような笑顔になる。
その顔を見てシロは大喜びした。パタパタする犬のしっぽが見えるんじゃないかと思うくらいの喜びように、クロはまた笑ってしまう。
「俺、クロのために強くなりたくてここに来たんだ。俺と同じようなヤツがたくさんいるなら、ソイツらにも勝てるようにならないとクロを守れないと思って。だから、修行がんばるよ!」
意外な本音にクロは嬉しくなる。だが、同時にあまりにもクロのために生きすぎているシロが心配になった。
「そうか。嬉しいよ。でもお前の力は、お前の人生はお前のためにあるんだからな。俺のことばかりじゃなくて自分のことも考えてくれ。少しは兄弟離れしないとな」
そう言うとクロは食事の用意にいってしまった。
残されたシロはなんとなく感じた違和感に囚われて、その場で動けなくなっていた。
その夜、シロは布団に入りながら違和感についてずっと考えていた。
『クロに自分のことを考えろと言われたから?いや、そうじゃない気がする。何だろう。最後の言葉がひっかかった。兄弟離れ?それがイヤなのか?いや、そうじゃなくて。もっと根本的な………』
答えに手が届きそうになった瞬間、横で寝ていたクロが寝返りしてこっちを向いた。
その寝顔に、シロの心臓が大きく音を立てた。
『………あれ?俺、もしかして、クロのこと好きなのか?』
辿り着いた答えにシロの顔は真っ赤になった。