BL小説『白い蜥蜴と黒い宝石』第7話
【温もり】
目が覚めるとクロは見知らぬ廊下を進んでいた。
まだ感じる浮遊間に体を見ると、先ほどの男に横抱きにされて運ばれている。
「え?は、ちょ、何これ」
「目が覚めたか」
男はクロを一瞥すると視線を前へ戻す。
すれ違う人たちが「長、おかえり」「おかえりなさい」と声をかけてくる。全員白の人だ。
「ここは………」
「ここはお前達が敵対している白の人の里だ」
男は重要なことをサラッと言ってのける。
「え?敵対って。なんで俺がそんなとこにいるんだよ!てか、おろせ!」
クロはバタバタと暴れるが男はびくともしない。
「降ろしてもいいが、どうするんだ。私と離れて里を歩けば里の人間に殺されるぞ。私の仲間は全員、普通の人間を憎んでいるからな。運良く里の外に出れてもこの辺は治安が悪い。殺されるか売られるか遊ばれるか。それがイヤなら大人しくしていろ」
男の言葉にクロは静かになる。
悔しいが男の言うことが本当なら、今のところ危害を加えてこない男の元にいたほうが安全だと判断したのだろう。
『なんでこんなことに。みんな心配してるよなぁ』
シロの顔を思い浮かべながら、クロはため息をついた。
「クロが行方不明?」
クロが男に連れ去られた次の日。夕方に帰ってきたシロはクロが行方不明にいることを聞いた。
「僕らと昨日の昼までは一緒にいたんだ。でも今朝、いつもの場所に行っても来てなくて」
「家にも行ったけど、洗濯物もそのままで誰もいなかったんだ」
子供達の言葉にシロがすぐに駆け出そうとする。その肩をイソラが掴んで止めた。
「どこに行くつもりだ、シロ君」
「クロを探しに行くに決まってるだろ!」
「どうやって?手掛かりもないのに」
「………でも!」
はやるシロをイソラが必死に止める。
その横でイザナが静かに手を上げた。
「とりあえず長に相談に行こう」
クロが運ばれた先は、男の部屋だった。優しくベッドに降ろされ座らされる。
「気分は悪くないか?」
「……あ、ああ。大丈夫だ」
男はグラスに水を入れて持ってきた。
受け取りながら、思いもしなかった優しい扱いにクロは戸惑う。
「ありがとう」
「お前はなぜあんな所にいたんだ?」
美しく冷たい顔が覗き込んでくる。
シロと同じ色のはずなのに、まるで違う色に見える瞳に背筋が凍る。
「なんでって……」
「お前は普通の人だろう。あそこは白の人しかいないはずだ」
素直に事情を言っていいものか。
男が言った敵対しているという言葉が気になる。それが本当ならここにいる人達をシロが斬りまくってることになる。
「………言いたくないなら言わなくてもいい。だがこの部屋からは絶対出るな。死にたくなければな」
そう言い残すと男は部屋を出て行った。
シロ達は長にクロのことを相談に来ていた。
「里中探しましたがクロの姿はないようですね。だとすると、外に出たとしか。しかしなぜ………」
長も今回の件がどういうことなのか、全く検討がつかないようだった。
「クロが勝手に外に出るはずない!誰かに連れ去られたんだ!」
シロは行方不明は外の人間の仕業だと訴える。
「しかし、この里に侵入するなんて…………まさか」
長は何かを思いついたようだった。
「誰か心当たりがあるのか⁉︎」
「………憶測でしかありませんが、可能性があるとしたらクロを連れ去ったのは敵の長です」
予想外の答えに全員驚く。
「なんでそんなヤツが」
「事情はわかりません。しかも、そうだとしたら助けることは難しいでしょう。ですが、クロが危険に晒されることもありません」
「は?なんで?」
誘拐の線が濃厚になり焦るシロは口調がキツくなる。
だが長は全く気にせず話を続けた。
「それは彼の過去に関係があります」
クロが閉じ込められている部屋はトイレも風呂もあり、食事も男が運んでくれるので何も不自由はなかった。さすがに敵地の真っ只中で風呂に入る気にはなれなかったが。
「なあ。俺はいつまでここにいればいいんだ」
「……そうだな。いつまでだろうな」
食事を運んできてなぜか「一緒に食べるか?」言われ、クロは男とテーブルを囲んでいる。
黙っているのも気まずいのでとりあえず口を開いた結果が今の会話だった。
「いや、お前が連れて来たんだろう」
「そうなんだが、どうしたらいいかわからなくてな」
『コイツ、ホントに敵の長なのか?ボーッとしすぎじゃねぇか』
あまりに男がのんびりしてるのでクロは毒気が抜けてしまった。
食事を片付け、先に寝ればいいと言われたのでソファに向かおうとすると、手を引かれてベッドに連れて行かれた。
「2人寝ても十分広いから気にしなくていい」
そうは言うが、さすがに自分を誘拐した人間と同じベッドというのは、警戒心が無さすぎるだろう。しかも敵対勢力の長だ。
「いや、いいよ。俺はソファで」
「だが、不自由な思いをさせるわけには」
ベッドのそばで揉み合ったため、2人してベッドに倒れ込んでしまう。
クロは男に押し倒されるかたちになってしまった。
ドクン
幼い頃の、男達に襲われかけた記憶が蘇る。
冷や汗がながれ、震えが止まらず、体がこわばる。その眼は男を映していなかった。
その様子を見て男が慌ててクロの上から退く。
「お前、もしかして。………その黒髪だからな。すまなかった。俺は風呂に入ってソファで寝る。ベッドはお前が使ってくれ」
それだけ言って男は風呂場へ向かってしまった。
自分の反応になぜか男のほうまで傷ついた顔をしていたのが気になって、クロはベッドの上で途方に暮れていた。
しばらくして男が風呂場から出てきた。
ベッドの上に座ってじっとこちらを見ているクロに気づいてビクッとなる。
一方のクロも、何も羽織らず出てきた男の上半身が傷だらけなことに気づいて驚いている。
「………起きてたのか。大丈夫だ。俺はベッドに近づかないから安心してくれ」
クロが警戒していると勘違いした男はその場から動かすクロの警戒を解こうとした。
だが、男の予想ははずれ、なぜかクロのほうからズンズン近づいて来る。
「……どうし」
「俺の名前はクロだ」
戸惑う男にクロは急に名乗りだす。
「兄弟が白の里に行く時に一緒についてきた。里では子供の相手とか畑仕事を手伝ったりしてる。それと………」
クロは一瞬言葉に詰まったが、苦しそうな顔をしながらも続けた。
「7歳の頃に黒髪のせいで男達に襲われかけた。兄弟のおかげで助かったけど、今でも思い出すと体が動かなくなる」
辛い体験をなぜ自分に打ち明けたのか。
戸惑いながらも男はクロから目が離せない。
「俺のことは話したぞ。次はお前の番だ。名前と、なぜ俺を連れて来たのか。なんでさっきお前のほうが傷ついた顔をしたのか」
クロの手が男の体の傷に触れる。
「なんでこんなに傷だらけなのか」
触れたところからクロの体温が伝わる。
それは男が感じたことのない温かさで。
「………私の名前はシュアンだ」
シュアンはその人間離れした姿のせいで産まれてすぐに捨てられた。
運良く拾われて命は繋いだが、拾われた先が地獄だった。
シュアンを拾ったヤツらは、彼の珍しい見た目を見せ物にして金を稼ぐ。
それだけならまだマシだったが、彼の手脚に傷をつけてもすぐ治ることに気づくと、客の前で傷をつけて治る様を見せるようになった。間違って腕を切り落とした時に新しいものが生えてことに気づくと、毎回手脚を切り落とすようになる。
なぜか再生するのは手脚だけなので、比較するために他の部分も切られるようになっていった。手脚だけなら苦痛もなくまだ耐えられたが、毎度体を傷つけられ見せ物になるのはシュアンにとって地獄の苦しみだった。
そんな日々の中。客の隣に毎回黒髪の子供が座るようになった。綺麗な服を着せられ、客の隣で相槌を打っている。
その子供もシュアンと同じように拾われ育てられている立場だったが、毎回綺麗に着飾られ客席に座るその子と切り刻まれる自分では、全く境遇は違っていた。
やがて、シュアンの中にその子への憎しみのようなものが芽生え始める。
見せ物として切り刻まれる日々が続き、やがて客はシュアンに飽きてしまう。
シュアンはこのままどこかに放り出されないかと期待するが、彼に与えられたのは非情な答えだった。
「シュアンの頭を剥製にして飾りたい客がいるんだ。次の舞台で首を刎ねてプレゼントしよう」
その言葉を聞いた時、シュアンの中で何かが崩れた。
気づくと身体中から糸を出し、周りにいた人間の死体がそこら中に転がっていた。
自分を苦しめた人間達の死体の中を進みながら、シュアンはあの黒髪の子供を見つける。
息も絶え絶えな姿に、自分と違い厚遇された子供への復讐ができたようでシュアンの心は踊った。
だが、子供が発した言葉にその気持ちは一気に覆される。
「これで……やっと解放される……」
安堵したようなその表情に、シュアンは自分が何をしたのかわからなくなってしまった。
そのまま逃げるようにその場をあとにした。
「その後、外に出て黒髪がどういう扱いを受けるのか知ったんだ。きっとあの子は、私のショーのあとに客の相手をさせられていたんだろう」
クロを気遣って、シュアンは言葉を選んで話してくれた。
そんな優しさを感じながら、クロの眼からは涙が出た。
「どうしてお前が泣くんだ?」
「だって……あんまりだ。お前は体だけじゃなくて心まで奪い続けられたんだ。誰もお前に温かさを与えてくれなかった」
そう言いながらクロはシュアンを抱きしめる。身長差があるのでただ胴に抱きついてるだけになるが、それでもその温かさにシュアンの心は溶けていった。
「変なヤツだ。敵の長にそんな同情するなんて」
「同情じゃない。必死に生き抜いたお前を褒めてあげたいだけだ」
泣きながら強気に吠える姿は可愛らしくて。
頬の涙を拭いながら、シュアンは甘えるようにクロにお願いをした。
「なら、今夜は一緒にベッドで寝てもいいか。一度くらい人の温もりを感じながら寝てみたい」
「いいぞ!シロ……兄弟ともよく並んで寝てたからな。誰かが隣にいる嬉しさを味あわせてやるよ!」
子供のように笑うクロに、シュアンは心の奥でズクッと何かが動いたのを感じた。