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移ろう光粒の異空間 アラブ世界研究所(建築物語18)

パリ市街からセーヌ川を下っていくと、ノートルダム大聖堂が見えます。2019年、尖塔が消失した歴史的事件がありましたが、大丈夫だったのでしょうか。そのノートルダム大聖堂の中州を渡り、セーヌ川沿いに「アラブ世界研究所」が見えてきます。



設計は世界的なフランス人建築家、ジャン・ヌーヴェル。ヌーベルじゃなくてヌーヴェルというのも、何か気品をただよわせるような優雅な名前ですね。その名の通り、ガラスや鉄やアルミなどの現代的な素材を使って、装飾的で、繊細で、優美な立ち姿の建築をつくってきた建築家です。

近作のルーブル・アブダビや、ルツェルン・カルチャー・コングレスセンターなど数々の美しい建築をつくってきたジャン・ヌーヴェルです。1987年にオープンしたこの「アラブ世界研究所」の設計で、またたくまに世界に名をとどろかせ、みごと著名な建築家の仲間入りをしました。ちなみに、日本にある作品では、電通本社ビルがあります。



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セーヌ川とは反対側の広場に面しているファサードに、この建築最大の特徴が表れています。イスラム建築の幾何学模様のカーテンウォールが優美ですね。

この施設は、西洋と、アラブ諸国との交流を促進するために建てられました。だから、ファサードにイスラム文化の要素を表現しています。つまり、文化の表象というコンセプトとなっています。


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写真の穴に注目してください。大きい穴、中くらいの穴、小さい穴。何かに似ていると思いませんか?

そう、カメラのシャッター部にそっくりです。これはちゃんと意味があって、内部空間に取り込む自然光を、自動的にシャッターが閉じたり開いたりすることで光の量を調整しているという、驚きのシステムです。つまり、この窓は日射制御を行うルーバーの役目を持ちながら、取り外すこともできるような。この窓はメカなのです。

建築ならではのメカでいうと、日本にも商品があります。それはスウィンドウという窓で、微風が吹いたときに自動的に開き、換気を行ってくれるシステムです。雨や強風時はセンサーで自動的に閉まります。

エアコンによる空調や、機械換気など、完全な機械による制御とは違った、機械の力を少し借りて自然の光や風を取り入れるような、半パッシブエネルギー利用といったところでしょうか。


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ちなみに、セーヌ川沿いの道路からのファサードです。こちらはガラス・カーテンウォールの現代的なデザインとなっています。

写真手前に、広場側と同じ割り付けのカーテンウォールがありますが、光メカはついていません。イスラム文化を表した、美しい光メカを統一して使えば、もっとコンセプトがシンプルにわかりやすくなるのでしょうが、工事費と折り合いをつけたのかもしれません。見るからに高そうですしね。


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光メカに面して回廊があるため、存分に光の空間を堪能できます。廊下に落ちる光の粒がとてもきれいで、異空間に迷い込んだようでした。


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この光メカ自体もとても美しいですね。幾何学の開口が宝石みたいです。カメラのシャッターと同じように、薄い金属が何枚も入っていて、それを絞ることで光量を調整しています。


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資料閲覧室。ほどよく光が調整されて、資料の保存性の機能も光メカは担っています。呼吸するブリーズ・ソレーユですね。ル・コルビュジエの時代から、技術ははるかに進化しました。


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圧倒的な階段室。X状の階段や手摺、その手摺を支える細い柱がつくる景色は、イスラムの幾何学模様を想起させます。窓からの光が逆光となって、影の黒い模様が浮き上がって見えます。


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階段のディテール。ささら桁(階段の側面にある階段を支える板)も手すりや柱と同じ同素材、同径の鉄パイプとなっています。こんな細い鉄パイプで階段の荷重を支えるのは難しいため、垂直斜めの柱で補強しているのでしょう。その無駄のない一体的なデザインが、幾何学模様をつくりだしています。



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パリやニューヨークで、ジャンヌーヴェルの作品を見てきましたが、カーテンウォールひとつひとつが、繊細な模様を描き、とても美しいです。

日本の気候風土の関係で、地震や風に耐える力が必要なため、この繊細さを実現するのは日本では厳しい条件だろうなとは思いますが、いつか真似をしたいと思っています。


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屋上ペントハウスは、一般客にも開放されたレストランになっています。意図されたかどうかは定かではないですが、異空間からパリの日常にでたような、にくい演出ですね。


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ジャン・ヌーヴェルの建築は、現代建築の特徴の合理的でシンプルさではなく、繊細で装飾的です。カッコいいというよりは、優美や優雅、エレガントというような言葉が思いつきます。

日本建築にしろ西洋建築にしろ、古典建築は建築の要素としては必要ではない装飾が優美さを表現してきました。ジャン・ヌーヴェルは建築要素として必要な部分を、繊細につくることにより、装飾的ともいえる優美さを表現しています。

光メカや階段室は、一見すると装飾的と思われるますが、不要な部分は一切なく、ただ丁寧に、丁寧に設計することで、建築表現がこんなにも豊かになっているということです。


ぱなおとぱなこ


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