論47.Jポップス歌手の実状

○声トラブルの若年齢化

 最近、「以前のように自由に声が出なくて」ということで、いらっしゃる人が増えています。
20年前には50代、10年前には40代になると起きやすかった問題が、どうも今は、30代、早ければ20代から生じているようです。それに対しての見解とアドバイスをまとめたいと思います。

○症状について

 主訴としては、次のようなものです。
1.高い声が出にくい、かすれやすい
2.裏声、ファルセットがやりにくい、切り替えがうまくいかない
3.低い声や太い声が安定しない
4.日常の声がかすれたり、出しにくかったりする
 いずれも以前はうまくいっていたことがよくなくなってきたということです。

〇うまくいかなくなった

 人によって、かなりの個人差があります。必ずしも、これらの症状が全てみられるわけではありません。このうち、1~3は、歌う人の多くが一般的に抱えている問題です。
しかし、今回、取り上げるのは、すでにあるレベルで歌えていたプロの歌手たちのケースです。つまり、「―だ」でなく、「-になった、なってきた」です。「出にくくなった、かすれるようになってきた、やりにくくなった、うまくいかなくなった、安定しなくなった」など。
こういうことで気づいたあとも、それがしぜんには回復しにくく、不調が長びくようになっていき、いらっしゃるケースが多いのです。あるいは、よくなっても、くりかえすようになるのです。そのうちの2、3割は、耳鼻咽喉科や音声クリニックに行ってから、いらっしゃいます。

○キャリアと基礎の発声力

 プロといっても、ポップスのヴォーカリストでは、発声においては、プロレベルといえるかは、全く別のことです。天性か天然か、生まれつき、生来の素質でうまく歌えていた人が多いからです。
他の分野に比べて、歌手は、センスや感覚がものをいいます。早熟してデビューできるので、基礎づくりのキャリアについては、案外と心もとないものです。

〇二つの条件

歌い手も子役などと同じく、実体験、現場、舞台で、経験、キャリアを重ねていくことができます。昭和のすぐれた歌手たちは、ヴォイトレや発声で学んだのではなく、歌のなかで声を育てていったといえます。今もそうでしょう。
ただ、それには二つ、大きな条件があります。自分のもつ楽器、声帯を中心とした身体と歌曲と歌い方が、続けていくうちに、理想的に伸びていく方向にセットされていたかということです。また、まわりにもそれを期待して評価する環境、つまり、声について見識をもつ人たちがいたかということです。

〇昭和40年代の境

カラオケのチャンピオンなどと同じく、身体、歌曲、歌い方の方向が3つ一致した人は、大体、歌うほどに声も伸びていきます。
昭和40年代頃までは、そうして声力のついた人しか歌手になれなかったのです。そうではないほとんどの人は、慣れるところまでは声や歌の力が伸びても、その後の実力は頭打ちとなります。(今の多くのヴォイトレは、慣れるところまでの歌唱法を中心にします。)
それが、それ以降、シンガーソングライターやニューミュージック、Jポップスと、音楽シーンが変遷するにつれ、声力がなくてもプロになれるようになり、大きく変わっていきました。(声力そのものは、相変わらず、扱われていないのです。)

○ハイトーンへのシフト

 1980年代後半から1990年代にかけて、歌はどんどん高音にシフトしていきました。音色や声量で問われていたものが、カラオケの影響や音響の進歩もあって、声域がいきなり高音域になっていきました。
2000年以降、男性のファルセットも当たり前となりました。テンポは速く、リズムやメロディは複雑、歌詞は多くなり、その上にハイトーンにシフトするようになったのです。

〇基準の変化

ここでシフトというのは、その人が、本来の発声とは少し異なるところ、歌うためにつくった、発声に移るという意味合いを込めています。ただ、そこは歌ならではの声の見せどころであり、必ずしも身体と合っていないともいえないので、複雑なところです。うまくやれる人は、危なげなバランスを保っているといえます。(日本語の使用は、これをさらに複雑にする。)
 浪曲や演歌、ムード歌謡などを難なく歌えていた人でも、今のJポップスを歌うのは、かなり難しいでしょう。これを日本人歌手のレベルが上がったとみる人もいますが、何の基準をもってレベルというかです。もし、そのように言うのなら、基準が変わったということです。

○基本方針と指導方針のギャップ

 研究所には、昔からのベテラン歌手に加え、今、第一線で歌っているプロ歌手や若い人も来るので、この基準の変化については、私は、もっともよく知っているつもりです。研究所のトレーナーの歌唱のヴォイトレ指導の指針に直接、関わることだからです。ここは、何よりもいらっしゃる人の声と目的に合わせられるようにしてきたわけです。
発声や心身の仕組みというのは、人間、時代によっても、そう簡単に変わりません。ヴォイトレの基本方針は、私もずっと変えていません。しかし、問われることが、そこから乖離していくことへの対処には、いろいろと考えさせられました。そして、複雑になりつつも対処してきました。
 音色や声量(パワー)から声域(高音)へのシフトに加え、複雑でハイテンポなリズム、メロディになった分、そしてダンサブル、ヴィジュアル重視になった分、あこがれる歌手や歌いたい曲と本人の身体のもつ条件とのギャップが広がることが多くなったのです。

〇Jポップスの歌手とトレーナーの声

歌謡曲全盛の頃までなら、今よりも声域も狭く、今ほどの高音域も使われていなかったし、テンポはゆっくりでメロディもなめらかでした。ですから、大体、どのプロ歌手のどの作品を歌っても、あるいは、まねても、基本的なヴォイトレにもなったといえなくもなかったのです。
今は、声そのもののパワーアップからみると、それはおすすめできないどころか逆行するようになりました。
役者、お笑い芸人などは、やり始めたときと、デビューしたとき、そして、10年後と明らかに声自体の力は変わり、声もプロらしくなります。しかし、Jポップスのヴォーカルやその周辺のトレーナーはどうでしょう。そこでは、声のパワーがないだけではなく、価値観が違うということでしょう。今の歌をみるヴォイストレーナーは、私からすると、ヴォーカルトレーナーなのです。

○シフト対応になりゆくヴォイトレ

発声だけでみるのなら、声の音色や声量は、声域やその他の要素よりも基本です。ことば、メロディ、リズム、そして、ハイトーンは、歌としての応用です。
 Jポップスやそのカラオケにおいては、この応用がヴォイトレとしてのメインで扱われていきました。効果がわかりやすいからです。高い声を出せないのを、ヴォイトレで出せるようにするテクニックをマスターするとは、まさにそういうことです。
その分、私の考える発声の基礎づくりはスルーされてしまいます。その結果、5年10年と歌っても、同じくらいの期間を経たお笑い芸人やお坊さんの声にも敵わないのが、現状です。

〇歌手の実力

声を強く大きくしっかり出せて、一声でわかるようなプロの歌い手が減りました。もちろん、Jポップスの歌手にとって、そのことは必要条件ではなくなったのです。シンガーソングライターが中心で、総合的なセンスでみせていく力で、プロとして実力があればよいからです。その結果、それに対応するヴォーカルレッスンがヴォイトレとして多くなったのは当然でしょう。
私は、早くからこの2つをヴォイストレーニングとヴォーカルトレーニングとして区別してきたわけです。

○カラオケ機器の可能性

 もう古い話となりますが、私は、カラオケが登場してからしばらく、その普及に協力しました。「カラオケ上達法」(音楽之友社)を出し、新聞、週刊誌、TVなどのメディアでもカラオケの使い方やメリットをPRしました。
自由にテンポとキィを変えられるカラオケ機器は、本人の声のもっとも出しやすく伸びやすいところにセットして続けていけば、自ずと理想的なヴォイトレを兼ねられると思ったからです。その採点機能の高度化は、音楽の基本要素のチェックをして、トレーナーは、その分、発声そのもののレッスンに専念しやすくなるはずでした。

〇カラオケ機器の功罪

しかし、カラオケは声の力や歌唱力を伸ばすのではなく、歌が、早く楽にうまく聞こえるようになるために使われました。エコーをかけて 誰でも楽にうまくフレーズがつながって聞こえるので、口先や口内でつくった声で歌うくせがつきました。しかも、プロ歌手のオリジナルのキィで歌うのが目標となり、周りの評価となりました。
それどころか、プロもまた、カラオケの曲として売れるように、高く歌うような曲づくりにしていきました。
カラオケボックスが出てから、小人数の仲間内でたくさん歌うようになったのは、この傾向に拍車をかけました。

○カラオケの基準とヴォイトレ

音色や個性での表現は比べにくいものです。素人がうまいと周りがわかりやすいのは、第一に、プロと似ていること、次に、同じキィで歌えること、そして、メロディやリズムを外さないというところだからです。
そして、ヴォイトレも、こうした共鳴、裏声中心のものが大勢を占めるようになったのです。

○カラオケのゲーム化

 カラオケは、徐々にゲーム化して、十代がヴォーカロイドの歌のハイテンポ、複雑なメロディを挑み合っている状況です。つまりは、昭和の後半以降の、幼稚で未成熟な文化の流れに、歌ものってしまっただけのことです(このあたりの延長で、ジャニーズやモー娘からAKB48などが日本の歌のシーンの主流となったことは、略します)。

○音声でみる

 声そのもののよさ、ヴォリューム感、フレーズの動かし方などは、ラジオ、レコード世代の人の方が、音だけで聞いていた分、判断が厳しかったのは当然です。声、歌は、音のよさですから、歌手のルックス、スタイル、ステージでの見栄えなどは二の次でした。
私は、よく知らない国で、歌の音源を買うときは、美男美女のジャケットは避けて買いました。その方が歌唱力のある歌い手にあたるからです。
ここで述べていることは、私の価値観の押しつけではなく、あくまで、今の声の問題とヴォイトレの基本との関係について知ってもらうためです。

○せりふと歌で分かれるヴォイトレ

 先日、久しぶりに、プロとアマチュアの歌手に対して、特別レッスンとして、「大きな声を出す」というテーマで行いました。これは、どちらかというと、役者、声優向けにトレーニングしてきたことです。しかし、昔は、歌手も大きな声が出せなくては選ばれなかったのです。そこに戻してやってみたのです。
 こうしてヴォイトレを歌用、せりふ用に分けること自体、本来、おかしなことです。しかし、日本ではそれが一般的です。役割分担されているのです。
私は新刊の「ヴォイストレーニング大全」には、両方を入れました。しかし、利用者の便宜を図り、せりふと歌でCD2枚に分け、章も大きく2通りに分けました。ただ、それをつなぐトレーニングを設けました。
この2つに分かれることの延線上で、日本のヴォイトレ問題は残ったままなのです。

○息の音

 私は、日本人と外国人の歌唱を見分ける方法として、「ブレス音が聞こえる、あるいは、歌唱フレーズに息の音が聞こえるのが、日本人ではない」と述べてきました。
歌唱フレーズの声に過分に息が混ざると、ハスキーヴォイスになります。たとえば、ハーフ、クォーターや在日韓国人の歌手を何人か思い浮かべるとわかりやすいでしょう。歌謡曲では、歌唱力が落ちるとともに、こういう歌手がみられなくなりました。
それに対し、役者、特に、時代劇やアクション系出身の役者のせりふは、深い息がしっかりと聞こえていたのです。今でいうとお笑い芸人にあたります。
私がそうした役者の体、声をもってして歌に入るように指針を決めたのは、研究所の発足時でした。そこからみるとそういう役者も少なくなり、俳優、女優やタレントといっしょくたに呼ばれるようになりました。

○効果を狙う息声

Jポップスにおいては、そうした深い息ではなく口内でつくった息の音が聞こえることが多くなりました。ミックスヴォイスなどの流行も、ここから生じたことです。いわゆる、息声の音色の感情移入の効果を狙ってのことです。つまり、ハイレベルの歌い手の身体表現の結果、伴って出てしまった息を、その結果からそれらしくつけて狙っているのです。
一般の人にはわかりにくいと思いますが、私の耳では、日本人のこうした息は、歌唱フレーズとして、しぜんに成り立っていない浅い息です。圧がかかって表現を成立させていないから、わかるのです。しかし、それは十代だけではなく、日本人のファンには、充分に魅力的なのです。

〇一歩、譲るとしても、問題は残る

これは、世代差ということでもあり、仕方ないので譲ってもよいと思っています。
私の、歌唱フレーズで、ギリギリのつくりは、西城秀樹ぐらいで限度です。ややつくっているので、まやかしのないとまでは言えませんが。その後の大半のJポップス歌手は、リヴァーヴなしには成り立たない。しかし、ポップスは、マイク、リヴァーヴを前提にしている、いや、むしろ、それをもっとも効果的に使うこととなったわけですから、ここも批判はしません。
ただ一つ、取り上げた理由は、そうした浅い息、声は、囁き声と同じで、発声に障害をもたらしやすいということです。ハードな活動や長期的な活動に支障をきたしやすいという点で取り扱わざるをえないのです。

○悪循環のヴォイトレ

 私は、Jポップス歌手や若い歌い手にも、声楽を交えての基礎の深い発声、呼吸トレーニングを必修としています。それが完全、確実な再現性の確保に必要なフォームとなり、喉の不調時も耐えられて通じる声となるからです。長くなった生涯にわたって、声を健全に使えるようになるからです。

○日本のミュージカルでの発声障害

 思えば、ずっと以前に、宝塚歌劇団、劇団四季など、ミュージカルにおいて、40代くらいで発声障害を患う人がたくさん、ここにいらしたのが、そうした考えになったきっかけでした。
日本のミュージカルは、いくつもの過酷な条件があるのですが、同じ曲目で競うので基準をつくりやすいのです。まず、原調が決まっていて、そこまでの声を出します(自分の声域に合わせた最適の移調ができないケースが多い)。特に、女性で地声をベースに裏声を使う人は、複雑な状況におかれます。多くのケースで本人の声を重視したキャリアがつめていけないのです。

〇出番が悪循環化する

キャリアをつみ活躍していくにつれ、出番が続くようになります。連日だけでなく1日2ステージの日も出てきます(休めず、若いときのように早く回復せず、その時間が取れないために悪循環に陥ることが多い)。
さらに役者のようなせりふ、他人と掛け合う起伏の激しい感情表現の連続が喉に負担を強います。
特にミュージカルでは、悪役や動物ほか、きれいな声とはいえない声をずっと出し続ける場合もあります(特に女性で男性のような声を使うなど)。日本では、脇役のベテランで生き残った人の方が主役よりもパワフルな声であるのは、その結果です。
ともかくも、こういう状況下でひどい場合は、高い声は出せても、1オクターブ低い話し声はかすれて出せないとか、大きな声は出せても、小さな声は出せないなどという発声障害になりがちです。これは、昔、ロックなどでもハードなヴォーカリストによくあった症状です。

○声楽でのフォロー

こうした問題は、歌が専門(音大出身など)の人よりも、せりふやダンスが得意で認められた人や若いときから勢いで歌って通じたタイプに多いです。こうした欠陥をフォローしないまま、声を使い続けるので、無理がくるのです。
声楽をある程度かじっていたら、「大きな声を出せ」と言われても、大きな声でなく共鳴などで応じられます。声の管理も身についているので、逃げやカバーもできて、リスクは少なくなります。

〇日本のミュージカルの傾向

そこで、日本のミュージカルは、役者としての個性やその表現の才能よりも平均的に安定して長持ちする人、たとえば音大の出身者を重用するようになりました。音声の個性や感情表現としては、多様性が失われ、安心できるテクニカルなうまさが売りとなり、つまらなくもなったのです。このあたりは、時代劇がなくなったドラマと同じく、身体性に基づく声の使用は、衰退していく一方と思えてなりません。

○今のプロ歌手のリスク

 日本で若くしてプロになった人は、きれいな地声できれいに高い声域まで歌えて、メロディックなフレーズに、ていねいにことばをつけられる人が多いです。ピアノの演奏でいうと、器用にミスタッチなく最後まで弾けるという自動演奏レベルです。
 声は、一人ひとり違うので、それでも個性となり、まして詞や曲、アレンジなどが独自のものでしたら、プロとして充分です。日本の場合、音声表現力そのものにおける歌手の才能や実力は、かなりあいまいです。
それは、歌手本人もラッキーと思うくらいには、自覚しているケースが多いです。それゆえ、声が出にくくなると、その自信も崩れ、メンタル面からも、一気に発声の障害といった悪循環に入るのです。

○自分の音、自分のフレーズで

そうしたなかでは、プロの歌い手でも音楽にオリジナリティ、クリエイティビティをもつということを知らないばかりか、それに無関心の人も少なくありません。ピアニストなど、プレーヤーでいうと、自分の音をもつ、自分のタッチ、自分のフレーズをつくるということがプロの条件です。これを私は、ずっとヴォイトレの基礎の上にみてきました。「オリジナルな表現を、声かフレーズか組み合わせてみる」と述べてきました。

〇声力でなくアーティスト力

他方では、日本では、音楽性にすぐれた歌手に、声にパワーや基礎を経た音色、独自性を求めるのは、難しいことです。リヴァーヴなしでは通じなくとも自分の声を使った歌唱なので、プロ歌手というよりも、プロのシンガーソングライター、作詞作曲、アレンジでプロという方がよいかもしれません。その場合、他の歌手やヴォーカロイドに歌わせる方がよい作品になることも多いです。しかし、一人の総合力で音声表現までしているのですから、まぎれもなく、そこはプロでアーティストです。
それでは、昭和の頃の、プロの作詞家とプロの作曲家が一人のプロの歌手のためにつくった歌の歌唱、その音声での作品力としては、なかなか敵うものではありません。しかし、それも、もはや、古い見方となりましょう。

〇表現のために固めてしまうリスク

プロの評価はファンのものでもありますから、関わらない人には私が口を出すことではありません。ここでは、ヴォイトレとの関連で述べています。
基礎のないままに声を使っていると、使うごとに疲れがたまり、それで固まってきます。それで何となく声に感情移入しやすく、のりやすく、周りも評価してくるので、さらにその傾向が強まります。

○悪循環のズレ

やがて若いときのように、すぐに喉が回復せず不調が続くようになります。心配すると不眠にもなり、メンタルからも発声障害が起きやすくなります。ときにイップスを引き起こすこともあります(イップスは、他の論点で取り上げました)。声帯結節などにもなりやすい危険な状態です。
発声からみた理想の歌唱の状態は、固めないところまでです。カラオケでも本人が声をコントロールしやすく、出しやすくなったときは、もう疲れ始めているのです。発声と歌声のピークは、ややズレることが多いのです。

○防止策と理想の感覚

具体的な注意としては、ドライマウスに用心してください。唾液で口内を潤しておくことが喉を守ることになります。そのために、身体の水分保持に努めることです。
体から声が出にくいと、サビフレーズを10回くり返しても、完全には同じように歌えないはずです。呼吸の支えがいるし、発声の感覚も、声を出そうとして出しているのでは、全く違ってきます。
発声が習得できている状態では、もう出てしまっている声に歌をのせる感じです。ひびきに当てる、ではなく、ひびいているのです。広がっているのではなく、デッサンとしてのフレーズが描けていくのです。この理想状態を私はこれまでもいろんなイメージことばで例えてきました。

○メインとならないヴォイトレ

歌の表面を加工するようなヴォイトレもあれば、声を分類して、それぞれをマスターするようなヴォイトレもあります。そういうことは、即効的な効果は出ますが、根本は変わらず、むしろ、くせをつけて基本の発声の邪魔をしかねません。だからといって、ダメなのかどうかは別問題です。
浅い息を聞かせる効果などは、私の思う基礎のヴォイトレではありません。ブレス音やシャウトは、即興で行われるもので歌唱に付随するものです。ですから基礎の練習に入れるのはおかしいのです。ヴィブラートのつけ方、コブシのつけ方なども同じです。これらについても、歌唱テクニックとして試してみることはダメとはいいません。
ただし、そういうものは、私には、役者の死ぬときの声の出し方などのメニュのように思われます。それは、そこで成り切って出てくる声でよいのであって、メニュとしてあるものではないし、トレーナーがみせて、まねして習得していくようなものではないでしょう。
 もっと大切なこと、重要なことでやるべき基礎のことが山のようにあるのです。あこがれの人のものまねから入るというのも、そのままでは、よくなくなる典型的なパターンの一つでしょう。

○声の条件

 役者は、マイクを使わなければ、お腹から声が出せているかどうかは、よくわかります。大きい声や強い声がよいのではなく、通る声かどうか、つまり、合理的、効果的に、体のフォームにおいて出しているかを問えばよいのです。喉や部分的なところに頼っていないかどうか、共鳴腔にだけ当てているようなものでは、まだまだです。
 私は、邦楽、狂言などなら、2000名くらいの観客に対して、舞台で声が通るようになることを、若手として伸びる条件の一つと思ってみています。
そういう声は、「大きな声を出す」ことで試みていきます。そして、出した後、洗練させなくてはなりません。大きな声と意識して出す声は、練習用の声にすぎません。それがフォームに支えられるよう、フォームを定めていくように、鍛えるべきところを鍛えます。感覚を磨き、筋肉を鍛えて、しぜんに使えるところまで統合させてもっていくのです。それには、かなりの時間がかかります。

○違いを学んでいく

 ヴォイストレーナーは、必ずしも、当人がそうした条件の声をもっていなくても、その違いがわかって導けたらよいと思います。全ての条件をもつトレーナーなどは稀有の存在です。
体得するものについては、体で判断できるようになるしかありません。
それには、一流の作品の声をよく聞くこと、そして、歌い手なら、声が歌にどう使われているのかをきちんと聞いてみてください。

○声を身につけるには

一流の歌手は、安定して無理なく使いこなしています。声があり余っている、あふれるほど出てくるような歌手もいます。そうでなくとも、プロは、自らの短所を知り、長所でそこをカバーしているものです。
 声を身につけるには、声に親しむことです。残念なことに、今の歌い手は、昔ほど声の力やその効果に関心をもっていないように感じます。そのために、ヴォイトレも歌いこなしのテクニックに寄り過ぎています。

○デビューでの上達ピーク論

 日本では、天然系のヴォーカリストに関していうと、大体、デビュー曲の前あたりまでがパワフルです。デビューして売れたり、ステージが長くなるにつれ、パワーダウンするものです。安定をとり、声のリスクをとってまでの可能性を追求していかなくなるのは、とっても残念なことに思っています。
いつでも遅くはありません。徹底した発声の基礎づくりのヴォイトレをおすすめします。

〇表現に必要な声のパワー

声優やお笑い芸人の方が、素直に声やそのパワーを学んでいます。パワーなくしては、音声表現において、カバーするのが難しいのを知っているからでしょう。
私は、こうした職業分野で声を分けていません。しかし、多くの歌い手に、今、もっとも必要なのは声のパワーです。生涯にわたり、よい歌を、高い完成度で歌い続けるためには、パワーがいるのです。そのために、できるだけ若いときから基礎を身につけていき、生涯、ヴォイトレに励んでください。

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