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内藤正典教授による『ブレッドウィナー』作品解説(ユニセフ試写会レポート)〜後編〜

 2019年で「子どもの権利条約」が採択されて30年。それを記念して日本ユニセフ協会さんが、子どもを主題にした映画の連続上映会「ユニセフ・シアター・シリーズ『子どもたちの世界』」を開催しています。その第9回目として11月18日に『ブレッドウィナー』も上映いただきました

 映画本編の上映後には、同志社大学教授の内藤正典さんにお話をしていただきました。映画だけでは描ききれない、アフガニスタンの歴史的背景に関する解説や、本作を見る上で留意すべき視点などをお話いただいています。ぜひ作品の鑑賞前or後に、お読みください。

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誇り高きアフガニスタンの人たちが、唯一総意で望んでいること

Q. 内藤先生は、中東圏やイスラーム圏の国々を普段見ていらっしゃると思いますが、「中東」や「イスラーム」で括れない、各国それぞれの特徴があると思います。内藤先生にとって、アフガニスタンはどんな印象の国ですか?

 私はアフガンには行った事はありませんが、留学生たちをずっと見ていて、祖国を非常に誇りに思っているのを感じます。自立心に富んで、非常に誇り高い人たちだと思いますね。

 (前述の)2012年の和解と平和構築の会議に、タリバンを呼ぶといったとき、難色を示す留学生たちもいました。でも、直接会って話してみなさいといったんです。みんな怯えながら当日来たわけですが、懇親会になったら、タリバンも政府側も留学生たちも、みんなで座卓を囲んで、ちゃんと話しているんです。こちらが本来なんですよ。政治の話であれば、もちろん意見は対立しますよ。でも、どちかが支配していて、どちらかが従属しているというような関係性ではなく、みんなお互いのことを毅然と見つめ合って話をしているんです。誇り高き人たちだから、きちんと対等に対話する場さえあれば、相手を貶めることなく、和解が可能なのではないかと、そのとき強く思いました。そして、全員イスラーム教徒ですから、時間が来れば一緒にお祈りもします。祈っているときには、政治的な主張の違いも民族の違いも、全部関係なくなるんですよね。こちらのほうが本来の姿なのではないかと私は思います。

 この会議で、政権側とタリバンの両方が唯一合意したのが、「外国軍が撤退したら和平のテーブルにつく」ということでした。当時のカルザイ大統領は、汚職にまみれてはいましたが、「外国軍の駐留を望まない」という1点においては、2014年に退任するまで一貫していました。しかし次の大統領になった途端、あっさり翻して、米軍駐留を容認してしまったから、タリバン側は裏切られたと思って、攻撃を強めてきたわけです。アフガンの人たちは非常に仁義を重んじる人たちで、パシュトゥーンワリという独自の掟のようなものもあるのですが、約束したことを簡単には翻しませんし、約束を破ることを良しとしない意識も強いので…。

 これまで、アメリカに限らず、外の様々な勢力が何世紀にもわたって、アフガニスタンを支配をしようとしてきました。さっき話したソ連の前には、イギリスとロシアが何度も何度もアフガニスタンを侵略しようとして失敗しています。一度も屈したことがなく、支配されたことがない。必ず抵抗して外国勢力を追い払ってきたのがアフガニスタンなんです。その人たちを支配しようとするから間違いなんです。外国の軍隊がひかない限り、アフガニスタンはどんどん悪くなるでしょう。

教育の権利を与えながら、矛盾した阻害を続けている先進国

 現在、中東地域ではシリアが8年越しの内戦状態、いや、外国軍も入っていますから戦争ですね。これが一向に終わらない。アラビア半島ではイエメンが2011年に内戦状態に陥り、特に2015年以降ひどい状態で、国連は何度も最悪の人道危機だと言っています。北アフリカだとリビア、ソマリア、最近ではマリ、ブルキナパソ、ニジェールの3つが崩れだしています。

 私たち東アジアの島国では、そういう光景を目の当たりにすることはありませんし、日本政府は難民をほとんど受け入れないので、街中で難民とすれ違うというようなこともありません。しかし世界の秩序は西半分ではもう崩壊寸前なんです。

 2015年にヨーロッパでは難民危機が起きました。シリアから逃れた人たちが多いですが、2番目に多かったのはアフガニスタンからの人たちです。2015年だけで約130万人がヨーロッパに逃れようとしました。それから4年間でヨーロッパはどうなりましたか?どこのヨーロッパの国々も、いわゆるポピュリストが蔓延して、「難民・移民は出ていけ」あるいはもっと危険なのは、「イスラム教徒はヨーロッパに来るな」というようなことを公然と言う政治政党が台頭してしまいました。EUはもはや寛容の共同体としては機能しなくなってしまったのです。

 そうなると一番影響を受けるのは、弱い立場にいる子どもたちです。当初はEUもそうした難民の子供たちの教育支援に力を入れてきましたし、今も継続はしています。しかし一方で、社会のほうが「お前たちに居場所はないんだ」と言い続けているわけですよね。学習の機会は与えられるけれども、周りから白い目でずっと見られているわけです。それはテロリストになる子だって出てくるでしょう。若い時から、お前の居場所はここじゃない、お前はここにいるべき人間じゃないんだと言われ続けながら、そのなかで、さあ勉強してくださいって。人間、そんなに強く耐えられませんよ。私たちは、人道や人権の名のもとに、そういう矛盾した行動を絶えず彼らにぶつけて続けているのだということを考えていただきたいです。

紛争の大元を絶たない限り、悲しみは繰り返される

 子どもの権利について、ユニセフやユネスコが果たしてきた役割は非常に大きいわけですが、もうひとつ考えないといけないのは、実際に現場で動いている機関がどんなに貢献を重ねても、残念ながら紛争自体を止めないことには、どうにもならないということです。

 紛争を止められないのは国連の安全保障理事会が原因です。世界中のどこで起きている紛争もそうですが、安保理の常任理事国の1国を味方につけてしまえば、好き放題にできてしまうわけです。

 紛争が続いているシリアは、政府のバックにロシアがいますから、シリアに対する制裁決議が出されても、ロシアが拒否権を使います。パレスチナ問題については、アメリカが必ず拒否権を発動します。各々の専門機関が現場で貢献している一方で、国連の中で最も重要な、紛争を抑止したり人道の危険を避けることを決定できたりする安保理が、全く役に立たない。この構造が変わらないかぎり、悲劇は継続され、繰り返されてしまいます

 日本は、そうした世界的な構造を理解するための情報から、あまりにも切り離されてしまっていることを、今日の映画を見て、改めて強く思いました。

(参加者からの質問)Q. この映画はアフガニスタンの当事者の方達ではなく、外国の人たちが作っていますよね。それについて、先生は気になる点はありますか?

 もちろんそれはありますよ。ここまでに私が説明したような背景を知らずに映画だけを見たら、「イスラーム教が支配するとこういうひどいことになるんだ」と偏見を植え付けるために作られたと解釈することもできるかもしれません。

 しかし私自身はこの作品は、おそらく難民キャンプにいる子どもの話を忠実にとったのだろうと思います。私もこういう話はずいぶん聞きました。そのあたりは、誇張はないし、非常にリアリティーがあって、よくできている作品だと思います。もっとも、そう思っていなかったら今日の登壇を引き受けていないですが(笑)。非常に良い作品だとおもいます。特に、子どもの権利とは、非常に包括的な権利だということを、実話に基づいて描いた作品で、高く評価します。ただ、全部はどうしたって描けないので、うまく避けていますよね。劇中でタリバンという言葉は1回しか出てきていません。

 この映画のようなお話を、アフガンの人にも作って欲しいとは思いますが、反面で、もしアフガンの人が作るとしたら、もっとひどい偏見を出してくると思うんですよ。戦争の中である立場に置かれている人たちが、自分たちのプロパガンダとして作っちゃうことはよくあるので。そうであればカナダやアイルランドのような比較的中立の国が作ったほうがまだいいんじゃないかとも思いますね。一方的にある立場を断罪するような作品を作るのは簡単ですし、最近はそういう作品のほうが増えているような気がしますが、この作品はある種、難しいことをギリギリのところで描いていたと思います。主人公を傷つける人物もいれば、助けてくれる人もいる。そういうところも忠実に描いているように感じますね。

 今日の映画でも描かれていると思いますが、率直に言って、軍事力に頼って力で誰かを支配しようとしても、決して成功しない。むしろ反発を招いて、何代にもわたって恨みを残していく

 だからユニセフが「こどもたちの権利」という1点に絞って活動してきたことは、とても意味があると思います。私はユネスコの諮問に長く関わってきましたが、ユネスコ憲章に、「戦争は人の心の中に生まれるんだ、人の心の中に、疑心暗鬼や人を傷つけたい、支配したい、そういう思いが出てきたときに、戦争に突き進んでいくんだ」ということが書かれています。これはかなり普遍的なことを言っていると思うんですね。そしてその戦争の犠牲になるのが、子どもたちやお年寄りや女性たちなわけです。そのことをあらためて、この作品から見ていただきたい。子どもが主人公の作品ですが、登場するのは体の不自由な男性であったり、女性であったり、高齢者はアフガンの場合、早く死んでしまって生きていないので出てこなかったですが…そういう人たちの生存権を守るために、いろんな活動をしていくことが大事だと、教えてくれた、いい作品だと思います。

内藤先生、ありがとうございました!

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●内藤正典先生プロフィール

●映画場面画像 ©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

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