24の小創作とエッセイ
「24の小創作とエッセイ」
マルティン☆ティモリ
1,無題
物質もエネルギーも、この世の全ては実は「自分」という得体のしれない「何か」が見ている幻だ、とする説がある。だがその幻は超現実的な夢物語というわけではなく、翼を持たない人間は生身のままでは空を飛べないし山に向かって動けと命じても山は静止したまま。即ちこの幻は、我々に取ってお馴染みの因果律や論理性に厳密に従う幻なのだ。
それでは結局は現実と何ら変わらないではないか?
いや現実と違って幻には客観的事実というものが存在しない。今自分に見えていないもの、例えば部屋のドアの外には何もない、「無」さえない。
2,「RHYTHM創世記」
太古の昔、唯一存在する楽器は太鼓だった。吐く息、吸う息の発想から先ず2拍子が生まれ、それは表現を広げた4拍子へと進化する。
やがて真面目くさった2拍子や4拍子に飽き足りないお調子者が3拍子のステップを踏み始める。2、4拍子の信望者達もこの動きを従来の拍子に取り入れ3連符を考案、これが常態化して8分の6、8分の12、更には8分の9拍子まで誕生した。
ところでこの進化には傍流も存在した。
そう、暗い森の奥深くでは、世の拗ね者達が5拍子、7拍子の奇妙な舞踏を密かに舞い続けていたのだ!
3,無題
A子が嬉しそうな顔で言う。
「彼が長い旅から帰ってくるの。明日向こうを発つって」
A子はわたしの学生時代からの友人。でも彼女はわたしと違って理系専攻だった。
「えっ?彼がいたの?何て名前?」
「う~ん、ジュンジ‥かな?」
「かな、って…もうっ、真面目に答えてよ!こっちにはいつ着くの?」
「来年の12月」
「ええっ!で、お土産は?」
「石ころがいくつか」
と、ここでわたしは気がついた。
A子は理系。
A子の勤め先はJAXA(宇宙航空研究開発機構)。
…って事は‥ジュンジ‥隼二………はやぶさ2!
4,「輪廻転生」
現在、宇宙のあちこちに生命の可能性のある地球タイプの惑星が次々と見つかっている。
だから輪廻があるとして、また生まれ変わるのだとしても、次に自分が生まれ出る場所は地球であるとは限らないよ。
次は遠い銀河のどこかの星、空に巨大な赤い陽が輝き、夜にはいびつな形の四個の月が空に浮かぶ。
生まれ変わりの自分は両目の上に開いた口から食物を取り、三種の異性と同時に交配して子孫をつくる。
そしてある日、僕はふと前世を思い出してこう思うんだ、
目の下の口?異性がたったの一種類?
オエッ、気持ちわるい!って
5.「同棲の彼」
あたしは言った。
「約束よ。これからは何もかも包み隠さずに話してね」
彼は冷蔵庫(一緒に住むことになった時に彼が持って来た、とっても冷えすぎる冷蔵庫)を覗き込みながら困惑顔で言う。
「何もかもかい?」
あたしは答えず振り向いた彼の目を真っ直ぐに見つめ、ゆっくり頷いた。
「分かったよ」
彼は再び冷蔵庫に向き直り、
「そう‥実はね、僕は火星人なんだ。で、これは冷蔵庫じゃなくて火星表面へと続くワームホールの入口ドア。火星の平均気温は-43度だから、まぁ冷えすぎるのも無理はない」
言って扉を開け、彼は冷蔵庫の中へと消えてしまった。
6.「素朴な疑問」
不思議に感じる事がふたつある。
ひとつは何故にこの世界があるのか?世界などなくて、時間もなくて、ただただ無のみというのが自然な事じゃないのか?
もうひとつはこの宇宙に何故生命が生まれたのか?という事。
生命現象やその生命に宿る意識は、無味乾燥な物理法則の支配するこの宇宙の凡ゆる動きの中にあってはとても特殊だ。
他の動きと全く似ていないし、秩序への志向は物理現象とは真逆であるとさえ言える。
そしてこれらの謎への答えを知らない人間存在など、いくら偉そうにしてみたところで所詮は砂粒の様なもの。
7,「不思議なアリバイ」
ある男が窃盗犯として逮捕された。
ちょっとよそ見をしている間に、マダムの指から高価な指輪が消え、その指輪が彼の服のポケットから出て来たのだ。
だが彼にはアリバイがあった。指輪が消えた前後の時刻に彼は少し離れた街にいる所を目撃されていた。
取調官がおや?という顔をする。
「おい、お前の腕時計2時間も進んでるぜ」
男はニヤリと笑う。
「気づいたね、そうさ、俺はあんた達より2時間多く生きた。俺以外の宇宙全体の時間が何故か2時間のあいだ止まっていたんだ。それでその時間を使って俺はマダムの指輪を盗んだのさ」
8,「QUEEN/MOZART」
「Don't stop me now」はモーツァルトの交響曲第39番と似ている。
ゆったり広々としたメロディで始まり、途中から音楽が走り始める‥走り始めるともう止まらない、天才だけが作り得るノリのいい音楽が曲の終わりまで躍動を続ける。
フレディ・マーキュリーもモーツァルトも、そんな風に短い人生を駆け抜けていった。
9.「卒業式」
「君たちは無限の可能性を秘めている!」
壇上の校長が言う。
(ケッ、陳腐な言葉だぜ)と誰かが呟いた。
だが校長は続ける。
「そう、宇宙は無限なんだ、恐らくね。では空間的に、そして時間的に無限とはどういう事だろう。それは全てが存在し全てが起こるという事。ただ我々の脳はその内のたったひと通りの空間、たったひとつの時間の流れしか認識できない。だが覚えておいて欲しい、見えはしないが君達の周りには、無限個の別の現実が存在している。そして意識を変えればいつでも、別の現実に乗り換えられると言う事を!」
10,無題
138億年前に宇宙が出来た後の初期の頃、もちろん宇宙に生命はいなかった。原子といえば水素とヘリウムしかなかったのだから生命が生まれる筈もない。1億年後にやっと最初の恒星が輝き出し、炭素など生命の元となる原子が出揃ったのが5億年後くらい?では少なくともその間、宇宙は誰にも知られずにただ存在していた?まさか!
寧ろ宇宙は生まれた時から超意識に包まれて存在していた。宇宙に生命が生まれ、知性を持った生物が生まれた為に、その生物の脳を通して超意識の一部が漏れ出してしまったというのが正解。
(…というちょっとした思いつき)
11,無題
僕らはどうやら自動運転の車に乗ってる様なものらしいね。というのも、行き先(人生の目的地)についてはじっくり考えて決められるけれど、ある研究によれば日常の細かな振る舞いについては、僕らの意識が決断を下す一瞬前から既に行動を起こしてるとの事なんだ。
即ち僕らが自由意志と思い込んでるものは実は錯覚で、後付けの理屈に過ぎない。僕らの行動をを起こさせているのは意識ではない他のもの。
ああ、どうしてあんな事をしてしまった?なぜあんな事を言ってしまった?
僕らは多分、何か得体のしれないものに翻弄されているんだろうな。
12,「無意識(その1)」
無意識は神の領域。
無意識の海に神様は住んでおられる。
無意識の漆黒の海を神様は泳いでおられる。
神様は僕たちが危機に出会った時、無意識の海からの声のない叫びを発し、咄嗟の判断を与えて救って下さる。
僕たちが絶望した時には慰めを与え、また、創作の時に霊感を授けて下さる。
僕らは夢を見ない眠りで無意識の海と出会う。神様と出会う。
夢を見ない眠り、そこにあるのは無ではなくて神様のおられる豊穣の世界。
それなら神様は自分の一部かって?馬鹿を言うんじゃないよ。自分が広大な無意識の海を漂っているだけなんだ。
13,「無意識(その2)」
夜、海に板を浮かべる。
ロウソクに火を点け、板にロウを垂らしてロウソクを立てる。
ロウソクを立てた板は夜の海を沖へと流れて行く。
ロウソクのぼうっとした明かりには、板の周囲ほんの数十センチほどの海面が照らされている。
その光の中に浮かび上がるのは夜光虫に彩られた海面だったり、油にまみれ汚物の浮かんだ海面だったり。
照らされている範囲の海は僕らの意識。どこまでもひろがる広大な海は無意識の闇。
意識は無常、意識は移ろうが無意識もまた自分。自分とは思っている処をはるかに超えて得体の知れないもの。
14,「好きなもの(その1)」
大島弓子さんの漫画が好き。
「綿の国星」が有名だけど、一番心に残っているのは短編の「四月怪談」です。
死の国に赴いた女の子が、とても長い年月、生きかえる事を強く望みながら果たせない男の子の霊と出会って2つの霊が一体となってこの世に帰ってくる物語。
その生き返った後の彼女の瑞々しい感性の発露が余りにも素敵!何を見ても嬉しい、この世は美しく、驚きと不思議で満ちている!
彼女は本当にいい笑顔で、ニコニコしながらこの世を見る様になるんですね。
僕らの目は日常に慣れすぎて曇ってしまってるのかもしれません。
15,「好きなもの(その2)」
一番好きな音楽はシューベルトの「冬の旅」です。
かつて愛し合ったはずの女性に拒否され、冬景色の中をさすらう男の絶望の歌。
この辛さは普遍的だし、この苦しみを知らない人は不幸と言っていいんじゃないか。
書き間違いじゃありません、拒否される辛さを知らない人は(そんな人がいるとは思えないのですが)この世の真実に触れていない、だから不幸。
第5曲の「菩提樹」。前奏でピアノが表現する木漏れ日の煌めき。この安らかな響きを味わえるだけでも、生きていて良かったと思えます。
それは辛さを知ってればこその事。
16.「月」
月は四十億年前に出来た。
それまでの、地球が生まれて以後の六億年の間、地球には衛星がなかった。地球はパートナーを持たない淋しい惑星だったのだ。
だがそこに、地球の半分くらいの大きさの惑星がぶつかって来た。地球は大きくえぐられて傷つき、無数の破片が周囲に飛び散る。そして数千年の後に、破片はひとつにまとまり、あの丸い月が出来たのだ。
地球はえぐられ大きく傷ついた故に月を得た。傷つかなければあの美しいパートナーを得ることもなかった。
傷つきたくはないけれど、傷つく事を恐れ過ぎるのはやめようぜ。
17.「QUEEN/HESSE」
「Bohemian Rhapsody」の、「ママ、人を殺しちゃった」という歌詞。 どこかでよく似た言葉に出会った事がある。
ヘルマンヘッセの小説、「知と愛」の中で、修道院を飛び出したゴルトムントが放浪の最中に仲間を殺してしまう。その時のゴルトムントの言った言葉が、「聖母さま、殺しちゃった!」
人を殺さないまでも、齢を重ねるごとに子供の頃の無垢な自分ではなくなっていく。
幼稚園の頃の、マリアさまに愛された自分はいなくなってしまったと悲しくなる。
「聖母さま、僕、こんなに情けないオトナになっちゃった!」
18,「暴走自転車」
西から東から、自転車が弾丸のようにやってくる。
歩道という字を見てみろよ、
このエリアは人が歩く為の道なんだぜ。
だがそんな正論は弾丸自転車には通じない。
正論が冷笑されるこの世だからだ。
若い男に若い女、年配者に令夫人、
サドルの上には様々な男女の丸くて横柄な尻がのっている。
人々の身体をかすめ、すり抜けてゆく弾丸自転車に、速度を緩めるという発想はない。
ブレーキなんて知らない。
選択はいつもハンドル回避。
そして、東へ西へと、
弾丸自転車は振り向きもせずに去って行く。
19,無題
物質にはレギュラーな物質と反物質とがあるらしい。
そして物質と反物質が出会うと光を放って消滅してしまう。そんな反物質だけで出来た世界が宇宙のどこかにあるかもしれないとのこと。ならば、その反物質世界が、何かの間違いで僕らの物質世界に近づいて来ないとも限らない。
ある日、夜空のどこかに小さな光が輝く。それは反物質世界が僕らの世界と対消滅を始める兆し。
光は瞬く間に夜空いっぱいに広がり最早昼の明るさ。空の一点で眩い光の爆発が起こる。土星が消滅し木星も消えた。
僕らはただ呆然と空を見上げるのみ‥
20.「その《場所》へ」
未来のある日、僕は音声自動操縦装置を備えた自家用機の運転席に座り、これからどこへ行けばよいのか思案に耽っていた。友達と、機への「たった一言の命令」でどちらが長時間、機を飛ばせ続けられるかの賭けをしたのだ。
「北極へ」?「南極へ」?いや地球上で最も遠い場所に行きたければ「地球の裏側へ」が正解。だがそれ位の事は誰でも思いつく。
でも僕は閃いた。そしてあの21世紀前半から続くお馴染みの合言葉を口にしたのだ。
「OK Google 東へ行ってくれ!」
機は地球の自転方向へ向け永遠の旅に出発した。
21.「地学」
海は荒れ、風が強さを増し始める。
舳先に立ったバイスバロット氏は風を背に受け、左腕を自らの斜め前方に突き出し叫んだ。
「さあ、おれの指差す先を見ろ!あそこに怪物がいる。下手すれば俺たちの生命を奪いかねない、凶暴で、とんでもなく巨大な灰色の怪物がな!」
その時、左前方、船乗りたちの目に映ったのは不吉な色の雲の柱、海面上を反時計回りに回転する化け物のような積乱雲だ。
「面舵いっぱい!」
操舵手が慌てて舵を右に切ると、船は大きく傾きながらその進路を変える。
‥バイスバロットの法則
(注)バイスバロットの法則とは、北半球で台風による風が吹いている時、その風を背に受けて立つと、台風の中心は常に体の左斜め前方にあるというもの。19世紀オランダの気象学者バイスバロットによって提唱されたためにこの名がある。
22.「恐怖に寄せて」
恐怖とは抑圧された怒りであると言われている。
確かにそうだ。
今朝みた夢でその事を思い出した。
恐怖を感じる相手に対して僕はいつも、
怒ってはいけない、
怒るべきではないと、
自分を諌め続けてきたのだった。
23.「シュバルツシルトの半径」
遠い未来、ひとりの宇宙冒険家がいた。
彼は人類で初めてブラックホールを探検しようとしていた。
宇宙服を着てブラックホールに突っ込んで行くという計画。当然、強い重力に体は引き裂かれ、彼は命を落とす。
だが彼は英雄になる事を選んだ。
交信の際、家族はせめて最後の姿を写真に撮っておくよう望んだが、彼はその必要はないと断った。
そしてハッチを開けブラックホールへとダイブ!
彼は落ちて行く。
だが強い重力の為、見ている者にとっての彼の時間は止まった。彼の姿はブラックホールの上空に凍りついた。
家族の前に彼の遺影が残った。
24.「創世の痕跡」
宇宙開びゃくの頃の事、最初に神は「光あれ」と言われた。そして光があった。
それから138億年の時が流れ、宇宙は様々に変化を続けた。
だが、ひとつ変わらないものがあった。
それは光。
光とは光子。
光子には質量がない。
光子は光速で移動するが光速で移動するものに時間はない。
よって光子には時間がない。
光子は神が造られたまま、そのままの姿で、宇宙を飛び続けている。
光は神の瑞瑞しい息吹を、今もそのままに保っている。
神の創造の輝きをそのまま今に伝えている。
光は生まれた、神を知らせるために。
(終わり)
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