強くなったね!
正直、僕は最初から反対だった。
だって、ほとんど学校に行っていない息子にとって
一泊二日の林間学校
はさすがにハードルが、それこそセルゲイブブカの棒高跳びの世界記録並みに高すぎると思ったからだ。
しかも、この数週間、連日の猛暑にもかかわらず、秩父への家族旅行、釣りイベントへの参加、ドラムの発表会など行事が立て続けにあって、体力的にもかなり消耗しているはずだしね。
実際、本人も前日の夜、不安と心配のせいでウゲッーって何度か吐き気を催していたから、僕は何度も「無理しなくていいんだよ」と言ったのだけど、楽観的な妻は「大丈夫だよ」ってしきりに言っていて、きっとそのお母さんの期待に応えたいという気持ちと「一生に一回しかないイベントだから、ちゃんと体験しておきたい」という自分の意志が勝って、翌朝、彼はリュックと大きなボストンバックをひきずりながら、家を出ていったのだった。
何かあれば、すぐに先生が連絡してくれる、という話だったから、外出中も、僕と妻は何度も自分たちの携帯を取り出しては着信の有無を確認していた。でも、結局、家に帰るまで電話はなかったから、お互いにホッと胸を撫で下ろしたのだった。
でも、自宅で夕飯を済ませた後、「やっぱり彼がいないと退屈だよねー」と2人で呑気に言い合っていたまさにその時だった。
突然、妻の携帯が鳴り、そのディスプレイに見知らぬ電話番号が表示されたのは。
詐欺やイタズラの可能性を疑った妻は結局その電話に出なかったのだけど、おそらく先生からだと直感した僕がかけ直すように促して、彼女がしぶしぶかけ直したら、やはり僕の予想通り、先生が出たのだった。
妻と先生のやり取りを隣で聞いていると、どうやら息子は朝、バスに乗る前と夜、キャンプファイヤーを終えた後の計2回、吐いてしまったようだ。
でも、熱はなさそうだからとりあえず保健室で休ませて、明日の朝の様子を見て僕らに迎えに来てもらうかどうかを判断するというのが先生の考えらしかった。
妻は電話の間中ずっと「ご迷惑をかけてすみません」と先生に謝っていて、そして、謝罪に集中し過ぎたせいか、自分から息子の様子を聞くことはほとんど出来ていない様子だった。
電話を切った後、僕も妻も背骨を抜かれたFUJIWARAの原西みたいにフニャフニャになってリビングのソファの上にへたり込んでしまった。
「やっぱり吐いちゃったか…」
と呟きながら、その時の息子の心境を思わず想像してしまった僕は、気づいたらポロポロと玉のような涙を流していた。
その様子を見て、最初のうちこそ、「気色悪っ!なに泣いてんの?」とからかって、その泣き顔を写メっていた妻も、やっぱり息子のことが心配になってきたのか、いつしか神妙な面持ちになっていた。
そして、やっぱり今日の彼の様子をきちんと先生に確認しようよ、という話になって、今度は僕から先生に電話することにしたのだった。
先生は、すぐに電話に出てくれて、そして全く迷惑そうな様子も見せず、「もちろんお話ししますよ」と言って、その日の息子の様子をとても丁寧に説明してくれたのだった。
その先生の話から、
バスの中ではずっと静かに寝ていたこと。
午前中の山登りはクラスメイトが途中で何人もギブアップする中、ちゃんと頂上まで登り切ったこと。
お昼ご飯も残さずきちんと食べられたこと。
夕方のキャンプファイヤーも参加できて、でも、晩ご飯を済ませた後、お部屋で吐いてしまったこと。
でも、ちゃんと自分が用意したエチケット袋に吐いたから、部屋は汚さなかったこと。
などが分かった。
というか、その時の彼の姿が僕のまぶたの裏にはっきりと浮かんできた。
最後に先生は
「◯◯くん、本当にとても頑張ってたから、きっと頑張り過ぎたせいだと思いますよ」
と優しい声で言ってくれたのだった。
そんな先生に対して、僕は、ずっと彼を見守ってくれたことへの感謝の言葉を述べた後、「ご迷惑をおかけしますが、これからも彼のこと何卒よろしくお願いいたします」と深々と頭を下げたのだった。
そして、この電話の後、僕はついさっきまで自分の心を支配していたシンパイがずいぶんと薄れていることに気がついた。
それは、先生の頼もしい受け答えに安心したということもあったけど、まぶたの裏に映った彼の姿が
僕が思っていたよりもずっとお兄ちゃんで強い子に見えたからでもあった。
そして、翌日の夕方
帰りの高速道路の渋滞のせいで、ちょうど僕が会社から帰宅するくらいのタイミングでバスが学校に着く予定だ、という連絡が妻から入った。
僕は駅に着いてから、はやる気持ちを両足に込めて小学校の通学路へ向かった。
10分くらい歩いた頃だろうか、約10m前方に妻の乗るママチャリのシルエットがぼんやりと見えてきた。
僕は大きく手を振りながら、彼女たちの元へと駆け出した。
そして、2人の元に辿り着いた僕がママチャリの後部座席に座る息子に目をやると、本当に漫画みたいに魂を抜かれたような惚けた顔をしていた。
けど、僕が「林間学校、何点だった?」とあのお約束の質問をしたら、
「70点…」
という僕らの想像の倍くらい高い得点だったから、
「なんだ、全然大丈夫じゃん」
と改めてホッと胸を撫で下ろしたのだった。
その夜はもちろん特別に思う存分彼を甘やかした。
そして、最後はいつものように二人でお風呂に入った。
湯船につかりながら、彼は僕がのぼせ上がるくらい長い時間をかけて僕が知らないこの二日間のエピソードを存分に話してくれた。
「友達がひとりできたよ!」
「うんうん(よかった)」
「彼女、僕のこと優しいって言ってたよ」
「うんうん(だろうね)」
「先生、怒るとめちゃくちゃ怖くて、僕もいつ怒られるかずっとビクビクしてたよ」
「へえーそうなんだあ(意外)、それにしても君のビビリぶりは健在だね(笑)」
「山登りのときに落ちていた誰かの虫除けシールを拾ったら、リーダーの男の子から「あなたは神様ですか?」って言われたよ」
「なんじゃそりゃ(笑)」
「8回くらい吐きそうになったけど、なんとか我慢して、結局吐いたのは3回だけだったよ」
「うん、よく頑張ったね!(涙)」
そして、こんなにも生き生きと夢中になって林間学校の話をしている君の姿を見ていたら、昨晩の僕の考えはあながち間違えてなかったと改めて思ったよ。
確かに、お父さんが知らない間に君はずいぶん強く、そして大人になったね!
「でも、修学旅行には行かないよ。だってカッコつけて変に悪ぶっている男子たちがやっぱりダサくウザいから。」
ときっぱり言い切るところを含めてね(笑)
〈おわり〉
今回はそんな彼が次回のドラム発表会のために選んだこの曲で。選ぶ曲もなんだか強くなってきた(笑)
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