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“シャープ”ブランドのこと

泉利治

ここ一月ぐらい家電メーカーシャープの周りが騒がしい。液晶技術で明らかに世界をリードしたことによって、ソニーを打ち負かした、かっての勢いはそこにない。まして、台湾の部品メーカーの支援に一喜一憂している姿はまったく想像が出来ない。なぜこんなことになってしまったのかという理由を知りたくて新聞の経済面やインターネットを調べているが、それらの情報は現在起きている出来事の情報だけでその理由のついて、納得させてくれる記事には出会えていない。
 
私はかってブランドのレクチャーでシャープの事例をよく取り上げた。シャープブランドのブランド力向上の物語はわかりやすい構造を持っていたからである。また、シャープは以前からブランド力というものに深い関心を示していたことも知っていた。私が実ビジネスから退いた年の正月にシャープは新聞の見開きにブランド広告を5日連続?で打った。またそれとリンクするようにテレビに吉永小百合のナレーションで美しいCFを流した。それは日本市場だけか、世界の市場にむけて流したものか定かではないが、そこに新時代の家電の覇者の姿を見たものだ。
 
また、“亀山工場”製の液晶テレビがその品質ゆえに売り上げや利益に貢献しているという記事も目にした。ブランドに携わっていた人間として、工場もブランドになるのだとえらく感心をしたものである。
 
シャープの周りがきな臭くなって見るとその落とし穴のひとつに“ブランド”があるような気がしているのでこの稿を書いてみる気になったのである。
 
シャープという会社は創業者の早川徳次が1912年に東京本所で立ち上げている。生粋の関西の会社ではない。旧社名は早川電気、コーポレートブランドが“シャープ”だった。それはかれらを世に広めた画期的な商品「シャープペンシル」に由来している。「早川式繰出し鉛筆」といったその商品と液晶のシャープを結ぶつけられるものはなにもない。稀代アイディアマンだった早川徳次はまずメカ分野の発明家として一躍名をはせたが、関東大震災で事業も家族も失い失意のうちに大阪に行く。ここで電気と出会う。国産第一号の鉱石ラジオが当たり、家電分野をテリトリーとした独自な商品で成長する。
 
関西は家電のクラスターが確立していたようだ、シャープもその恩恵をかなり受けたと思われる。東京にいては液晶のシャープは生まれなかったろう。家電のクラスターとは家電ビジネス関連の事業体が集まっているということである。オートバイにおける浜松のようなものだ。パナソニック、サンヨー、シャープと純粋な家電メーカーが三社とも関西を拠点としている。同じ家電メーカーでも関東を基盤とする東芝、日立、三菱そしてソニーとは違っている。
 
シャープは今年で創業100年の記念すべき年のはずだがそれどころではなさそうである。インターネットで検索すると「倒産」という言葉が飛び交っている。門外漢には信じられないこの企業の変転は「なぜ?」という思いにかられる。ソニーでもそんな思いはしたがソニーよりこちらのほうが突然感があり、狐につままれたような気がするからだろう。それはヤマダ電機に行った限りでは判らない、店頭でのサムスンのシェアなどとるにたらないものだからである。しかし、原因はどうもそのサムスンにやられたらしい。
 
シャープにはテレビがブランドで売れるという「ブランド過信」があった気がしてならない。しかし、テレビはもはや価格で選ばれる時代になったのだ。ソニーがテレビで築いた不沈のブランドを技術力で沈めたシャープだったが、その時はすでにテレビにとってブランドは価値のないものになりつつあった。
 
私はブランディングの仕事をしていたとき何回かシャープのブランド担当者と会う機会があった。どこの会社のブランド担当者でもそうだが、日本企業のブランド担当者はみな良く勉強をしており、自社ブランドの価値を高めることに大きな情熱をもっていた。とくにシャープの担当者はベンチマークとしてソニーを念頭においており、明確な目標ゆえかその真摯さは例に見ないくらい強いものだった。ブランドに関する施策というのは一般的には即効性を求めないものだが、ここは違っていた。かなり具体性を持っていた気がする。具体性というのは実践度合いをいっているのだが、判りやすく、シンプルな目的と手段で次々と実践していくのである。
 
たとえば同じような会社でオリンパスがそうだった。こういうことである、ブランド力のある会社は「スター社長がいる!」ということがわかると、自社の社長と世界の有名人の対談を企画してその対談内容を見開きの全国紙に掲載するというようなことを、すぐにやってのけるのである。その相手というのは世界的にだれでも一目置くような人でその人と対等に話し合えるわが社の社長はそのようなレベルなのだ!というインパクトを社内外に与え、スター社長としての布石を打っていくのである。
 
シャープは吉永小百合をつかって、シャープの企業メッセージを上品に伝えていたようであった。それはブランドビジョンを伝える広告で、ブランドのめざしている夢や、志を伝えようとしていたが、私などは随分と金を使っているなという印象をもった。しかし、太陽光発電に関しては日本では、まずシャープが業界のリーダーなのだろうと思わせた。確かにシャープのシェアは当時も現在も日本では第一位である。しかし、世界では第八位であり、今のシャープの状況を考えると予断を許さない位置に甘んじている。
 
液晶と太陽電池の二つの分野はまったく競争の質が異なり。それを一つの会社の経営者がコントロールするのはかなりむずかしいと思われる、というのはユニクロがプレタポルテを立ち上げて運営するようなものであるからだ。シャープの経営能力を超えているような気がする。たぶんGEならその事業の売却を考えるだろう。そのビジネス分野で世界8位のシェアでは勝ち目はないからだ。
 
しかし、私はシャープのブランド戦略は私の理論に則っていたので一時期シャープの液晶偏重の経営に警戒していた一部の経済誌に対しては常にその間違いを指摘していた。というのはシャープがめざしていた経営はポーターの「差別化集中戦略」であり、そこのポイントを押さえていれば永続的な競争優位を築けると考えていたからだ。たとえばダイソンなどは掃除機だけに特化している(独創的な扇風機もあるが)また、アップルもそれに近い、つまり限られた狭いカテゴリーに強いことが事業もブランドもつよくするというのが現代の経営原理なのだ。昨日アップルの企業価値が49,5兆円であることが発表された。マイクロソフトを抜いて世界一になったと報じている。その原動力になったのは新しい携帯端末が発売されるという期待感であった。世界に何でも造れる総合家電メーカーがどのくらいあるだろうか?そんな企業の代わりは世界のどこにもいるのだ。確かに企業は何が造れるか?ではなく何を創るか?というところに価値あるのだ。
 
シャープは液晶技術のパイオニアで30年近く前からコツコツとこの技術を進化させてきた。そのプロセスを見ると頭が下がるし、そこにこの会社の真骨頂を感じたものだ。したがって業界に先駆けて2005年にシャープのテレビをすべて液晶にする!といったときはそこに賭けるこの企業の確信のようなものを世に喧伝したと思われた。
 
だが、太陽光発電に着目しそこに注力し始めたとき、正直「おゃ!」と思ったものだ。というのはこの会社、そんなに器用な会社であるとは思えなかったし、太陽光発電に参入できるほどの体力も能力もある会社であるようには見えなかったからだ。シャープの液晶+太陽光発電はダイソンの掃除機+扇風機とは内容的にも規模的にもあまりに違いすぎる。
 
また、シャープの基本戦略は差別化集中戦略であり、液晶分野における絶対的な世界王者になることなのである。現在シャープは液晶でも太陽光発電でも世界的に見ると、アップルやダイソンにくらべるとかなり見劣りするプレゼンスになってしまっている。
 
現在、日本の総合家電メーカーは元気がない。いろいろ考えるとこのようなポジションの企業経営は成り立たなくなるかもしれない。グローバル時代の競争状況から見ると中途半端なのである。また、生き残るには日本市場に特化した競争優位を構築し、価格競争一辺倒のマーケティング環境を打破する必要があると思われる。たとえば、昔の町の電気屋さん的なチェーン網「ナショナルショップ」ようなものと抱き合わせた優位をつくることも一つにある。高齢化社会では現在の家電環境はあまりに無機質過ぎるのである。
 
だが、“シャープ”ブランドはかってのソニーのようになりつつある。わたしも15年前に家電量販店で他のブランドなら25%も引いてくれるのに10%しか値引きしない、ソニーのトリニトロンテレビを何の抵抗もなく買ったものだが、一昨年液晶テレビを買いに行ったときは事前にシャープの“アクオス”ときめて、店頭にたった。そのとき悩んだのは40インチでは大きすぎるのではないか?ということだけだった。
 
シャープの企業不安はせっかく築き上げたブランド力を減損させていることは確かである。まだ、ブランド神話まで至っていないシャープブランドはプラスの情報よりマイナスの情報を身に纏ってしまうからだ。生き残るためにシャープは資金援助のほかに大規模なリストラも始まったらしい。
 
シャープの技術者であった中田行彦氏はシャープの失敗の要因を投資戦略と自前戦略の失敗と言い切っているが、それ以前にブランド戦略とも絡んでいる基本戦略の間違いであると、私は思っている。自らが打った、ブランドビジョン広告に夢と現実を混同してしまったのではないか?と思えて仕方がない。太陽光発電は地球を救う、そのイニシアチブを握るのはシャープなのだ!という幻想にとらわれてしまった。何年か前の正月の三が日、いやでも目にしたそのCFを見る限りこれは正夢に違いないと思ってしまったのだろう。

2012/10/8 投稿記事

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