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コンセプトの方法序説-創出する・8

泉利治

コンセプトを創出するというテーマに対してどれだけクリアになったか甚だ疑問であるが、そう思わざるえない根本的な問題をひとつまだ抱えている。それはブランドコンセプトとは何かと言うことである。というのが私は常にブランドを成功させるのはその対象であるビジネスの成功であり、その確信のもとにコンセプトを考えてきたからである。私が抱えている根本的な問題とはブランドコンセプト=ビジネスコンセプトなのかという疑問である。プロジェクトとして取り組んだブランドはそのブランド以前にビジネスとしてうまくいっていないことが明白なものばかりであった。たしかにブランドランキングのベスト10に入っているようなブランドのコンセプトの再構築などの仕事はブランド戦略構築に携わった30年近い年月でもそんなに多くはない。また、プロジェクトとして世界一のブランドのコカコーラのブランディングの仕事もしたことはあるがまったく部分的な仕事であった。
 
もし、事業がうまくいっているビジネスのブランドコンセプトを構築するという仕事の依頼がきたらどうだろうか?そのプロジェクトこそ本当のブランドコンセプトを提案することになるのではないか?たとえばうまくいっている会社が時代に乗り遅れまいとして、ともかく、時代とともに歩いていますよ!というメッセージを社会、市場、消費者に送るためにブランド再構築をやるようなことだ。
 
また、CIのときもそうだったが、そんなブームが来るとうまくいっている会社でもブランドコンセプトを確認したがるものなのである。そうした場合のプロジェクトの大義名分はパオスの中西元男氏に言わせると予防医学型のCIということになる。
 
このようなプロジェクトはそんなに多くはないが、あえていうならば「国際化時代に対応するためのブランド再構築」というようなプロジェクトはあった。こうした場合の方法論はベンチマークをするモデル企業を参考にする。たとえば国際展開している同業他社のブランドの活動をつぶさにみて、自社に足りない点を指摘して、そこを補うための施策を講ずるためのブランド戦略を構築し、そのためのブランドコンセプトを導き出すということになる。そうすると純粋にブランドというテーマと正面から向き合うことになる。ようするにこれは戦略コンセプトではなくブランド戦略コンセプトを、戦略コンサルタントではなくブランドコンサルタントとして手がけるということである。
 
しかし、このようなプロジェクト領域の曖昧さはブランド業界の特徴かもしれない。私の場合なぜそのようになったかを考えると、最初のコンサルタント会社の経験がそうさせているような気がしている。つまり、CIやブランディングは目的ではなく、手段なのだ。目的とは事業環境や経営環境をよくすることなのだ、と教わったからだ。しかし、この考え方は本質的だが危うい方向にプロジェクトを導いていく懸念もある。ブランドに正面から取り組まなくてもよい逃げ道を用意するようなものだからである。そのわかりやすい例がブランドを良くしたいのなら、その対象であるビジネスを改善しましょうということになるのである。クライアントにしてみればブランド屋さんが指導する商品開発なら、その商品よってブランドが良くなるのであろうと考えてしまう。
 
今になって思うとその答えは出ていない、ただ、それゆえにだろうが純粋にブランドによる解決法の発展が見られないような気がしないでもない。それでは純粋なるブランドの解決法とは何なんだろうか?ともかく、ブランドのプロジェクトとは最初に行うプロジェクトの依頼与件の確認とプロジェクトの定義が大変重要になってくる。
 
たとえば「インターネット時代にふさわしいブランドに企業ブランドをリファインする」などというプロジェクトはありそうである。だが、このようにすっきりとまとまった依頼与件のもとに仕事が発生することはほとんどない。一般的にプロジェクトの定義は依頼主がやるのではなく、受ける側のわれわれがやるからである。ブランドのプロジェクトはほとんどの場合漠然としたニーズのもとに生まれる。唯一の例外は企業同士の経営統合や合併で新社名になった場合のみである。とくに規模的に世界一の企業になった、などという場合はやりやすい。今まで世界一だった会社のやりかたが下敷きになるからである。
 
それ以外のブランドのプロジェクトとはクライアントと合意の下で依頼の趣旨を確認し、専門家としてその趣旨に見合ったプロジェクトの定義を行う。すべてはここから始まるのだ。このプロジェクトの定義の部分の仕事はことのほかしたたかに、ことを進める必要がある。というのはこれが最終的なアウトプットであるコンセプトと大きく関係があるからだ。プロジェクトの定義とは自分の能力に見合った「問題」に解釈することが重要で、悪い言い方をすると答えを事前にすりかえることである。
 
「プロジェクトの定義」は常にプレゼンテーションでは冒頭に話す事柄なのだが、実際の仕事ではコンセプトを書いた後にプロジェクトの定義を修正することがしばしばあった。そうしないとプレゼンテーションが成り立たなくなってしまうからだ。そのコンセプトは、その定義とは異なっていると指摘されてしまう可能性があるからだ。そのおかげか私はプレゼンテーションで失敗をしたことは一度もない。
 
こんなことがあった、私がいた会社の別の担当者が世界的な総合電気メーカーのブランド再構築の仕事を受注したが、その人はプロジェクトの定義に自分の能力をはるかに超えた問題を設定したため、最終的に収拾がつかなくなり、広告代理店が開発したタグラインを企業ステートメントに昇格させて、なんとなくブランド再構築として落とし前をつけた。そのころブランドブームの絶頂期で私のいた会社はその中心にいたので、この結果が会社として取り返しのつかない汚点のなってしまった。
 
その担当者はブランドコンセプトとは何か、ということが分かっていなかった気がするし、それを自分が確実に生み出せるという確証をまったく持たないままにプロジェクトを始めたのだ。しかし、分かっていたとしてもそれが生み出せるか否かは神のみぞ知るであるが。私は新しいプロジェクトに着手するときいつも、このプロジェクトに満足な答えが与えられるだろうかといつも迷いながら始めたものである。

コンセプトの創出には新しいアイディアを必要とする。そのアイディアが生まれる瞬間とはいまもって謎が多い。世のアイディアマンといわれる人は何か独特な方法論を持っているようである。有名なある人は風呂に入って、テーマとなっている欲しいアイディアが出るまで風呂の中に潜るそうである。そうすると苦しくなる、それでもアイディアが出るまで出ないと誓うことがプレッシャーになって、その苦しみから逃れるためにアイディアが出るそうである。ホンダの創業者の本田宗一郎がアイディアとは苦し紛れの知恵だといったことを地で行く話しである。
 
アイディア創出に関して必ず書かれていることにブレーンストーミングがあるが、こと戦略構築のためのコンセプト創出ではほとんど役に立たない。それより、プロジェクトを担当しているアシスタントや調査部門のスタッフなどとの雑談のほうがいい結果になることが多い。相手にこちらの意図などを伝えずにいろいろ話しあうのである。不思議なもので答えは解らずとも正解はわかるものである。
 
だが一般的にコンセプト出しは本当に孤独な作業である。膨大な情報、そこから導かれたいくつかの仮説、クライアントが求めている本当のニーズ、成功する可能性の高さ、今後のプロジェクトへの展開の具体性などさまざまな要件を満たしたのがコンセプトにおける正解なのだ。たぶん頭の中でこれらがシェイクされるのであろう。
ラテン語で「考える」をCogitoという。デカルトの“われ思うゆえにわれあり”ego cogito,ego sum の“思う”とか“考える”のcogitoであるがこの語の語源は“振る”とか“揺り動かす”からできている。要するにシェイクすることなのである。
 
アーサー・ケストラーはそのさまをビンの中に入れた泥水を棒でかき回したのちに水と泥が分離するさまにたとえて言っているが、コンセプトの創出も時間をかけて考えるうちにさまざまな情報や知識がうまく分離してコンセプトがくっきりと目に見える形になるものである。
 
私はよく寝る前に詰め込めるだけ情報や知識を詰め込んで、寝たものである。朝起きると不思議に分離しているのである。また朝、歯を磨いているときや朝の通勤列車のなかでコンセプトがポッとうかんだものである。朝にアイディアが生まれやすいのは寝ることで自分が気づかない既成概念や呪縛から開放されるからだといわれるが、たしかに朝や午前中はアイディアが生まれる。その理由は生理的に意識が半分朦朧としていることだからだともいわれている。
 
私は健康な時代に似つかわしくない喫煙の習慣をいまだもち続けている一人である。私の場合は葉巻なのだが、一本吸い終わるのに40分から1時間かかるが、これを庭先で資料を見ながら吸っていると、ドラッグをやったような状態になる。これはどうも口蓋の皮膚を通してニコチンが脳に浸透するらしいのだが、なるほど意識が朦朧としてくるのである。そうするとアイディアやコンセプトが意外と簡単に出てくる。葉巻はたしかに高価だがそれに余りあるだけの稼ぎをしてくれていると思っている。
 
私が最初に勤めた会社はことのほかアイディアを要求された会社だったので入社して1,2年は良く胃を痛めたものであった。これではこのような仕事を長く続けることはできないと思い、世にある創造性に関するあらゆる本を読んでそのような苦しみから逃れる方法を考えた。アイディアが出せる方法論があるはずだと思ったからだ。インターネットがある現在なら簡単に探せたろう、そのようなジャンルの本や文献も当時探し出すのは至難の業だった。私が着目したのは世に言う天才の業績とそれを生み出したプロセスであった。「天才」というキーワードを手がかりに探し出した最初の本はクレッチマーのズバリ「天才の心理学」という本であった。最近ではそのような学問分野は確立しつつあるようだが当時はまったく特殊な世界の本であり、今までかかわったことのない分野であった。
 
現在は創造性に関することが世界にとって大きな価値を生む時代になったせいか、たとえば企業などに対して創造的な組織づくりなどのプログラムなどに関する書籍も多々あるようである。
 
このことでもっとも参考になった本はアーサー・ケストラーの書いた「創造活動の原理」である。この人はその後「ホロン革命」という本で一躍メジャーな人になったが、ともかく独特な発想を持った人である。それともう一人はコリン・ウィルソンだ。彼はそのキャリアもユニークなだけにあまり専門にとらわれない人だった。ただ、創造的なことが人間の存在に与える意味のようなことに関心を持っていた。マズローについて書いた本もあるが、SF小説として書いた「賢者の石」は人間の創造の秘密をユニークな視点からとらえている。
 
しかし、方法論で役立ったのはケストラーの本だ。それによって、芋ずる式にバートランド・ラッセル、アンリ・ポアンカレ、デカルト、から始まってレオナルド・ダ・ヴィンチなどの芸術家までの創造力の秘密を知ることとなった。
 
方法論としてはたとえばA・Eハウスマンが昼食でワインを飲みその酔い心地で緑の大地を散歩しているとその彼方から詩想がとどめもなく私のほうに向かってきた・・・・というような記述からおおいにヒントになったのだ。アルコールやニコチンは確かにうまく使えば創造性を高めてくれそうである。そのお陰で私は人生をともかく無事に過ごせたようだ。

2012/8/20 投稿記事

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