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ライフスタイルとしての客死

泉利治

このテーマを考え続けて3年目に入るがまだ書けるまでには至っていないが、1月6日のGLOBEに海外に住む日本人と言うテーマが特集されたので、この懸案のテーマに本腰を入れる時期かなとの思いから、頭を整理する意味でともかく、表題のようなテーマを掲げた。GLOBEの記事は「1-100…今、海外に住む日本人は118万人を超える。100人に1人の割合だ。内向きと思われがちだが、新しい形で海外を目指す人たちが出てきている。」という、いたって前向きな新しい時代の日本人の生き方のようなとらえ方をしている。したがって、本論考のような暗い見方ではないことをお断りしておこう。
 
私がこのようなことに興味を持ったきっかけは横浜の外人墓地を訪れた際に、そこに眠る外国人の生涯を思い描いたときかれらが異国の地で葬られることに対してどのような感慨を持ったかということからであった。いわゆる「客死」ということ、道半ばでこんなところで死ぬはずではなかったという、一種の無念さがその墓地のいたるところから押し寄せてきたように感じたからである。そこにはたとえば、第二次大戦において異国で亡くなった、多くの日本人とその家族の思いに似た悲しい慟哭を聞く思いがしたのである。
 
客観的なものに対しての感慨などは基本的に自己の反映なので外人墓地での私の感慨などは私の気持ちの反映であることは確かなのだ。しかし、もしかすると今の私と同じ感慨を持って死を迎えた人が何人かいるかもしれないが、知っている限りでは見当たらない。
 
ただ、現在は昔と違い手軽に異国にいける時代である。また、簡単に異国から帰れる時代である。それを前提にGLOBEは書かれているし、読むほうもそんなつもりである。では私がそんな心持になる要因はどこから来るのかと考えると、これは幼年期の原体験のあるのではないかと思っている。私は同世代の人にこのことを確認したわけではないのでなんともいえないが、どうもそれは私自身の独りよがりというより、日本人独自な、とくに戦後すぐに生まれた世代の特殊な感情ならではのもので、あまり一般的な感慨ではないのではないかと思えてきている。
 
私は昭和21年に生まれている、終戦の次の年である。物心がつく年齢を3,4歳とすると昭和24,5年はいわゆるシベリアに抑留された人たちがぞくぞくと帰ってきた時代である。この抑留と望郷の念を歌った「異国の丘」がレコード化されたのが昭和23年9月であり、翌年の昭和24年に映画化されている。したがって、そんな感情を時代が持ったときに物心がついたのである。

今日も暮れ行く 異国の丘に
 友よ辛かろ 切なかろ
 我慢だ待ってろ 嵐が過ぎりゃ
 帰る日もくる 春がくる

今日は更け行く 異国の丘に
 夢も寒かろ 冷たかろ  
 泣いて笑うて 歌ってたえりゃ
 望む日がくる 朝がくる

今日も昨日も 異国の丘に
 おもい雪空  陽がうすい
 倒れちゃならない 祖国の土に
 辿りつくまで その日まで
 
 冬のヨーロッパを北回りでいくとシベリア上空を飛ぶ、陸地でありながら同じ風景が数時間も続くその景色に驚く、それ以上にその暗い雪景色が一種の寂寥感を誘う。その根底にはもしかするとここで100万人を超える日本人が過酷な状況下で働かされ、30万人以上がここで亡くなり、葬られた場所だからかもしれない。
 
それと似たような情念をもしかすると私が育った環境のなかで語られたのだろう。子どもはその詳細はわからなくともそのときの大人たちの心に去来する感情は受け止めるものである。日本で生まれて日本で死ぬと言うことが幸せなのだという、確信が芽生えた背景がここにある。横浜の外人墓地に立ったときそれとは逆の思いが押し寄せた。
 
しかし世界にはさまざまな死生観をもつ国があり、人がいる。いわゆる客死、それこそが名誉の死と思う国や人もいるのではないか?本当にそうなのか確信を持っているわけではない。というのは亡くなった本人から聞くわけには行かないからだ。
 
現在の日本における外国人登録者数は中国人が一番多い、開国直後を除いて明治期も変わらない。大いなる生命力を持つかれらは当時も今も変わらないようだ。外人墓地とは一般的に中国人以外の人たちが眠る墓所ということであり、中国人のための墓地は「中華義荘」という独立した墓所が中国人街の近くには必ずある。無論、横浜にもある。華僑として横浜にいる人たちの墓地でもあるので現在進行形の外国人墓地である。
 
ただ、外国にある中国人の墓地「中華義荘」は仮の墓地として機能していたようで、世界に散った華僑の人たちは死後生地に葬られることを当然としていたので地域ごとに遺骨などを生地に運ぶネットワークシステムが構築されていたということである。だから、中国人は華僑として世界に飛び出すことができたのであろう。中国人にとって客死は肉体上のことだけでかれらの魂は故郷と永遠に結びついているのだ。それが仏教的な由来か、儒教的な由来か定かではないが「異国の丘」に通じるものを感じる。
 
同じように西洋人が眠る外人墓地に立つと同じような心持になって、なんともいえないものにおそわれる。ただこれは私や、日本人ならではの思いなのかもしれない。西洋人の死生観でいくとここに眠る人たちは単なる石くれ、土くれに過ぎないからだ。なぜならば、その人の魂は神の元に行ってしまい、墓はその人旅立った港に過ぎない。したがって、残された人たちが花を手向けに来るということは、愛する人が旅立った場所、港を訪れるということなのだろう。そこでかの人の想い出にひたると言うことなのだろうか?
 
横浜の名所の一つである外人墓地にはどんな人たちが眠っているのだろうかと考えると、明らかに事故などで不本意に客死してしまった人たちのほかに、客死するつもりで日本に渡来した人たちも結構多いのではないかと思われる。識者の話では伝道のために日本に来た人たちは日本に骨を埋めるのを当然としていたらしいが他の人たちは成功をして故郷に錦を飾ること目論んでいたようである。そのような人にとって客死は想定外の出来事になる。
 
私は明治期に渡来した多くのスコットランド人のことをイメージしている。それはお雇い外国人として新生日本国家が要請した人たちやビジネスで一旗上げることを目論んで日本に来たスコットランド人のことである。前者の代表的な人は技術立国日本の道を開いたヘンリー・ダイアー、後者の代表は「グラバー亭」でおなじみのトーマス・グラバーである。かれらは基本的に1707年以来、GB連合王国なので英国人になってしまうが、本質的にはスコットランド人と呼ぶべきなのであろう。
 
スコットランドは独立すべきか否かという国民投票が来年に迫っている。この300年スコットランドはイングランドの従属的な地位で我慢を強いられてきたとの思いが常にあったようだ。しかし、この民族はなかなか実力のある国民である。実力とは能力的な意味を言っている。たとえば人類史上最大の革命といわれる産業革命を担っていたのはスコットランド人である。それはジェームス・ワットの蒸気機関の発明から始まると学校で習った。彼はスコットランド人である。
 
明治政府の使命である近代国家建設とはその字義の通りでハードのインフラストラクチャーが前提で成り立つ。それを実現するための日本人を育てるために工部大学校をつくる。現在の東京大学工学部の前身である。土木、機械、建築、電信、化学、冶金、鉱山、造船の各科を若き日本人に教えるために有能なスコットランド人が教授として来日し、教育と実施の指導に当たった。また、多くの商人たちがビジネスのソフトをになった。たとえば西洋諸国にある便利な商品を日本でプロモーションし、導入の端緒を開いた、たとえばダイナマイトなどはスコットランド商人のジェームス・ペンダー・モリソンが持ち込み、高島炭鉱を仕切っていたグラバーに売り込んだのだ。当時のスコットランド人は新生日本のハードとソフトの両面から支えたといえる。
 
スコットランド人は実業の能力が大変優れた民族である。技術で言えば実用に供する技術であり、学理先行の技術ではない。したがって、スコットランド人は世界のどこの社会でも頭角を現し、有用な人物として尊敬を受けてきた。かれらの多くはその出自に誇りを持ち、さぞかし祖国スコットランドのすばらしさを喧伝したろうと思われる。
 
外国こそがかれらの能力を十二分に発揮できるところなのだろうか、ヴィクトリア女王の時世63年間で、スコットランド総人口の35%に当たる有能な人材を海外移民で失っている。他の民族でこれほど高い比率で人口流出した例はないといわれている。そして現在でも海外スコットランド人は2000万人はいるといわれている。これはスコットランド本国の4倍にあたる人口である。中国人の華僑の比ではない、しかし、これらの人たちで本国に帰りたがる人は少なく、たまに旅行で行くぐらいでちょうど良いと思っているようだ。
 
スコットランド人は他国で客死することが自分たちの宿命と思っている気がしないではない。海外に飛び出したスコットランド人の死生観に関しては華僑などにくらべるとわたしたち日本人にはわかりえない部分が多い。ただ、国民のライフスタイルとして客死というもの、生地以外の場所で葬られてこそスコットランド民族という気概があるとしか思えない。かれらにとってスコットランドの丘が観念的な異国の丘なのだろうか。そのように考えると私が横浜の外人墓地に訪れたときの感慨はスコッランド人に関しては当てはまらないようだ。かれらは実質的な意味で祖国に眠ったことになる。

2013/2/4 投稿記事

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