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コンセプトの方法序説-最終章

泉利治

創業者が企業のコンセプトの原型を創る場合がことのほか多いと思う。しかし、GEなどは本来もっと一般的なハイテク企業のようになっても良かったような気がしないでもないが、特殊分野で明らかにハイテクをやってのけている。GEは発明王エジソンが創立した会社である。このエジソンという人は小学校の図書館で読んだ偉人伝に書いてあるより、なかなかしたたかだったしビジネスマインドもことのほか強力だったらしい。GEの特殊分野とは航空機エンジンや鉄道、発電機、医療機器などである。この分野同じハイテクでも愚劣な価格競争はない。ライバルも限られており、高い参入障壁のお陰でとんでもない会社が出てきて市場をあらすこともない。なので安定した高い収益が見込める事業なのである。本来GEならばパソコンやテレビなどをつくらねばならなのかもしれないがそこはしたたかなGEなのである。
 
新発明は金にならなければ意味は無い・・とエジソンは直接言ったかどうかはわからないが、明らかにGEのコンセプトにはそれがある。お金はGEの事業を評価する企業活動の共通項分母である。事業活動のあらゆるものの分母が儲かるかどうかである。
 
しかし、営利企業である限り当然の考え方である。最近のGEは時代を変えるような、、人を驚かすような大発明にはとんとご無沙汰だが、確立された分野でライバルを半歩リードした発明や工夫で確実に勝利しているようだ。GEは分母の儲けに焦点合わせ金融分野にも進出したが、あまり芳しくない、私はGEのブランドコンセプトに合わない気がしないではない。GEはリーマンショックで金融部門がかなり大損したと聞いた。しかし、そこから撤退する気はないようだが、そこにエジソンのコンセプトがあると思うべきである。
 
こころみにGEの経営哲学のようなものをエジソンの人生の行動から関連付けてみよう。
 
福島原発の事故でその原発がGE製であることが図らずも周知のこととなった。発電装置およびそのシステムの事業化の発明こそエジソンの真骨頂であった。たしかにエジソンというと電球や蓄音機などの家電的プロダクトの発明者と思っているからだ。が、電気機関車などの電気システムのインフラもそうであり、その延長線上に飛行機のエンジンとそのエンジンをメンテナンスする統合システムなどにそれは発展した。
 
また、GEの業績のよさは世界の企業のなかで最高レベルでその理由は発明などの価値創造が一番儲かるからやるのだというエジソン哲学がベースにあるからなのではないかと思っている。そのためにかれは発明の権利の取得にかなり時間をさいたようだ。そして、そのために四六時中訴訟をやっていたので“訴訟王”とも呼ばれていた。かれにとって価値の創造の最大の価値は最大の利益を生み出すというところにあったのだ。したがってGEにとって高業績こそが企業の存在価値の証しになっているのだ。
 
GEの人材教育には定評があり、アメリカ企業の経営者養成学校ともいわれている。たしかに新しい経営理論や人材教育メソッドの開発と実践に余念が無い。その代表的なものがジャック・ウェルチがつくったクロトンビル(ジョン・F・ウェルチ・リーダーシップ開発研究所)だ。この世界初の企業内ビジネススクールで人材が育てられ、課題として世界のGEで現実に起きた問題が提供され研究されている。この原型は1877年に蓄音機の発明、商品化で名声と財をえたエジソンがつくったメロンパーク研究室だ、この発明家集団を効率よく機能させるためにそのマネジメントにエジソンが辣腕をふるったのだが、その発想や目的はまさにクロトンビルで今も具現化されている。
エジソンはレオナルド・ダ・ビンチみたいな人でさまざまな分野の発明をやってのけ、その発明にあわせた新会社をつくり事業として発展させている。その結果GEは儲かる事業なら分野をいとわないコングロマリット企業になっている。
 
GEを突き動かしているコンセプトはエジソンの中にある。それは100年たって変わらないアイデンティティになっている。またその構造はステーブ・ジョッブス=アップルと同じである。いずれにしてもコンセプトとは一人の人間のなかにあるのだ。
 
私は日本でも有数な歴史のある保険会社の企業コンセプトを知るために8人の歴代社長の言行録や社史から各人のパーソナリティを調べたことがあった。戦争に巻き込まれたり、犯罪捜査に巻き込まれたり、日本史上初の敗戦の中でもがいたり、歴代の社長はそれぞれかってだれもが体験したことのない、経営環境のなかで会社を運営してきた。そのような会社の場合、そのコンセプトは意外と複雑になりそうに思えるが決してそうはならない、また確かに調べる資料は確実の増えるがかえって、8人の社長が暗黙のコンセプトそれぞれ守り抜こうとしたことが鮮明に浮き出て、間違いのない結果を得られるものである。
 
ラルフ・ローレン、IBM,ソニー、アップル、ホンダ、GEなど主だったいくつかの企業を通してコンセプト、とくにブランドコンセプトについて考えてきた。その答えは意外にもいや、当然かもしれないが答えはありきたりのものになってしまった。コンセプトとは行きつくところその創業者のアイデンティテイにほかならない。それが時代や市場の変化などに合わせて若干アレンジされるだけである。
 
バッハのゴールドベルグ変奏曲はアリアと30の変奏曲からなる、チェンバロのための有名な曲である。最初に演奏される32音からなるアリアからさまざまな変奏曲が奏でられるのだが、それはすべて最初のアリアがベースになっている。このアリアを企業における創業者が創造したコンセプトとしたならば、そののち奏でられる事業展開は健全な発展をしている企業ならば、そのコンセプトの変奏曲にたとえられそうである。この最終章で事例にあげたGEなどをみるとよけいそのように感じる。
 
たしかに偉大な創業者をもったGEは明らかに偉大な企業になっている。だが、どんな事業であれ、それを立ち上げた人は偉大なのである。しかし、時代や市場は移ろいやすいものなので、そのアリアはすぐに飽きられてしまうのである。どんな、偉大な芸術作品も時とともに忘れられていったのだ。そして、その人も忘れられてしまう。しかし、ここで気づかなくてはならないことは創業のコンセプトは普遍であるということである。したがって、あとを引きづいた人が、そのアリアを主題とした変奏曲を書かなければならないのである。それをやり続けた価値がブランド価値というものを生むのである。
 
一時期、流行ったエクセレント・カンパニーとはそのように時代や市場、社会や人々のニーズに合わせた変奏曲を奏でることができる会社である。そういう会社のみがエクセレント・カンパニーという勲章を着けられるのである。
 
この論考を書いている今日、ロンドンオリンピックの開会式が行われた。最初のセレモニーは田園の中のイギリスそれが産業革命のイギリスに変わり、2つの戦争を経てピーターパン、メリーポピンズ、ハリーポッターやビートルズにつながり、今のイギリスが紹介される。この演出のイギリスらしさを見ることができる。イギリスはもっとも歴史に価値を見出した国である。ゆえにこの国は優れた国になったのだろう。
 
イギリスはそのセレモニーを通して自国の歴史を壮大な演出のなかで再現した。それを見た世界の人はそこにイギリスという国のアイデンティティを感じるだろう。そして、多くのイギリス人はそこに自国のコンセプトを感じるだろう。イギリスの未来はその延長線上にあるのだ、そしてそれこそがイギリスが独自な存在であるための処方箋なのである。
 
世界で最も賢明で有能な国の運営の仕方とはそのようなものである。国家とは最大の企業みたいなものである。私はこのオリンピックの演出が今、時代が必要としている解を提供したのではないかと思った。

約7ヶ月にわたり、ブランドコンセプトとは何かについて書いてきた。少なからずこれは他の人に伝えるというよりも自分のために書いてきたように思える。ブランディングの仕事に携わって30年何となく忙しさにかまけて、肝心なことについて真剣に考えなかった。少々怠けていたような気がしないではないが、いつかはどんなレベルの解であれ自分が納得できる解を探したかったのである。それを毎週、掲載する「慎慮と洞察」のなかで書いてきた。ここで毎週かかなければならないという、一種の義務は自由の身になった私には少々、窮屈を強いたが、一方で健全な晩年を送ることに憧れをもっていた私にとってここに書くことは丁度よい仕事であった。 
 
コンセプトをテーマにした論考はここまでだ。これ以降はまた別のテーマについて書いていこうと思っている。

2012/9/24 投稿記事

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