見出し画像

東京大学が授業料を値上げするとかの話題,この国の為政者はなにを考えているのか? 岸田文雄君よ,首相の地位を去るまえにせめてひとつくらい「異次元的に」教育の分野でいい仕事を残したらどうか

 ※-1 先々月(2024年5月)に主に『日本経済新聞』と『毎日新聞』に出ていた大学関係の記事を,その後に,あらためてみなおす機会があったのだが,とくに学費値上げを企図しつつある国公立と私立を問わない「大学側の動静」が顕著になっている。

 まず,2024年5月17日『日本経済新聞』朝刊に,こういう記事が掲載されていた点から紹介したい。

    ♥ 東大,授業料引き上げ検討 
           国際競争力低下に危機感
                  他大学にさらに拡大も ♥

       =『日本経済新聞』2024年5月17日朝刊=

 東京大が授業料引き上げの検討を始めた。最大で年10万円増の64万2960円とすることも視野に入れる。有力大の間で国際競争力低下への危機感が高まるなか,トップ大の東大が引き上げを決めれば,他の国立大へさらに広がる可能性がある。学生の負担増で進学しづらくなる状況を避けるため,教育費の公的支出のあり方も含めた議論が求められる。

『日本経済新聞』2024年5月17日朝刊

 補注)先に断わっておくが,この報道は授業料〔など〕を値上げすれば,大学経営がなんとかなるみたいな方途を示唆した報道にも読めた。だが,問題の焦点というか核心に控えていた問題は,授業料の多寡(その焦点は値上げにあった)だけにかかわるではない事実をもって,とくに,日本の大学経営のあり方に関して「軽視されてきたほかの諸事実がある点」に注意しなければならない。

〔記事に戻る→〕 文部科学省の省令は国立大の授業料の標準額を年53万5800円とし,最大で20%まで引き上げられると定めている。関係者によると,東大は標準額と同額としている授業料について,限度額までの値上げを含めて検討中だ。

【参考画像資料】-東京大学教養学部学生自治会資料から,実質賃金の低下傾向と消費者物価指数の趨勢に注目-

国立大学は私立大学となにが違うのか?

 東大広報課は16日,「学内の会議で話しあっているのは事実だが,現時点で具体的に公表できることはない」とした。

 国立大の授業料の標準額は2005年度から据え置かれている。東京工業大が2019年に初めて,標準額からの引き上げを実施。その後,東京芸術大や一橋大,千葉大など首都圏で広がり,文科省によると計7大学が標準額を超える授業料を設定している。

 補注)庶民の経済生活では「実質賃金がまったくといっていいくらい増えていない」その後における経済情勢のなかで,大学経営,それも国立大学がいろいろ苦しい内部事情があるとはいえ,私立大学とほぼ完全に同じ経営方法でもいいとみなすような発想をもつに至った情勢のなかで,ともかく,経営状況を改善したいという意向なのであれば,ともかく,授業料値上げをして学校法人会計の健全性を維持していきたいという基本姿勢が,まずもって問題含みであった。

 その指摘は,国立大学が独立行政法人に衣替えしていたからといった理由があったせよ,外部に居るわれわれの耳朶にはまともな主張として,聞こえてこない。規制緩和・新自由主義の政治路線に苦しめられている国立大学の立場だからといって,そのいいぶんがただちに許容されるのではない。

〔記事に戻る→〕 授業料引き上げの背景には,優秀な教員の獲得などで教育の充実を図り,国際競争力を向上させたいとの狙いがある。英教育データ機関がまとめた世界大学ランキングでトップ100に入るのは国内で東大(29位)と京都大(55位)の2校のみで,欧米のほか,中国などアジア諸国にも後れを取っている。

このごろの日本の大学は
東アジア諸国の大学に後れを取っている

 研究力の指標となる引用上位10%の論文数で日本は下落傾向で,2019~21年の平均では過去最低の13位に沈んだ。国立大の基盤的経費である国からの運営費交付金は減少傾向にあり,物価高などで研究や教育のコストは高まっている。

 東大の2022年度の経常収益は約2663億円。そのうち運営費交付金が約800億円,授業料が約165億円だ。他の大学より資金力があるものの,研究力の向上などに向けて外部からの収入増を進めている。

 補注)ここで注意したいのは,上記の「経常収益は約2663億円。そのうち運営費交付金が約800億円,授業料が約165億円」というそれぞれの金額についてである。これならば大胆に決めつけていっておく。

 授業料は10分の1でもよい,学生は毎月の月謝を1万円納入すればよいとその変更を措置するとしたら,この授業料による東大の収益は約16億円に減る。そこで,そこまで減らすのであれば一挙に,この16億円もなくして授業料はゼロにしたら,さらによいのである。

 東大へ進学する学生(高校生)に対して授業料なしにしたところで,なにも不都合なことはあるまい。日本という国家にとって将来,有為な人物をより確実に輩出させるための経費と考えれば,お安いものである。このお安さまでケチルしか能のない「日本政府の教育政策」には,なんの哲学も理念もないことだけが明白になっていた。

渋沢栄一・3葉

 渋沢栄一流にいえば,いまの日本政府当局には「論語も算盤も」もわからない連中しかいなかったことになる。

〔記事に戻る→〕 筑波大の金子元久特命教授(高等教育論)は「財政状況がきびしい国立大は多く,東大が授業料の引き上げに踏み切れば追随する大学は多いだろう。教育の質の向上にきちんとつながるよう,授業料の使途や教育成果などについての情報公開を併せて進めることが必要だ」と指摘する。

 補注)政府側の勝手な,つまり,教育の基本に対して完全に無理解な立場のせいで,国立大学の学校法人会計の状態が苦しくなっているからとして,そろそろ学生から徴収する授業料値上げをしなければならないという考えたじたいに,そもそも問題ありであった。

 しかし,いまの高等教育機関では,その程度の考え方が当然の思考回路として形成されていて,しかもその方途に凝り固まっている。だがまた,こうした「教育は百年の大計」に関した「教育への投資」というものが,個々の大学経営の問題次元でのみ,その運営に関して発生している経理上の困難を「なんとかして解決しなければ」(後段で触れるが国立大学は独立行政法人化されていた)という意識水準でしか語られていない「日本の教育問題意識水準」そのものが,教育の根幹をみうしないったがごとき姿勢を露骨に反映させていた。

 国々によっては大学の授業料は無償のところがないのではない。もっとも,彼我においては,あまりにも教育の問題に対する基本思考が異なり過ぎ,相互に比較する余地などありえないいほどに大きな差,つまり,日本の場合をわれわれ庶民の家計に照らしてでいえば,

 「平均年収が4百万円台」の世帯に暮らしている子どもたちの場合,私大医学部に進学を希望しても,この年収付近の世帯に暮らしている子どもたちの場合,どんなに頭がよくとも進学は不可能である。国公立の医学部であっても(他学部と同じ授業料であっても),いまでは,平均的に相当に貧困化してきた一般世帯にとってはたいそうな負担である。下宿などさせねばならないとなったら,それはそれでその負担はさらに重くなる。

【参考記事】-その後,つぎの記事をスクラップできたので,ここに挿入し,補足説明に充ててみたい。

大学へ子どもを進学させることだけが
一家の人生過程(ライフサイクル)にかかわる目標になっているのか?

その目的と手段と因果的な前後の系列関係が
グジャグジャになっていないか?

それでもこの解説記事の話題の対象になりうる「世帯・家族」はまだマシであり
まったくおよびでない「世帯・家族」にはうらやましい話題

 「家計の絶対的な貧富差」そのものが,子どもたちの高等教育課程にまで着いてまわる現状に関してていえば,そうした経済状況の格差が要らぬ障害となって,貧困層の子どもたちの面前に立ちはだかっている。この国の教育環境は,「日本の教育社会における常識的な理解」としてだが,子どもたちに高等教育課程への進学に対して,いわば諦めの心理さえ抱かせている。かといって,その心理を当然視することはあってはならない。

 その種の問題点を少しでも克服しようと,つぎのような記事が『日本経済新聞』2024年6月27日朝刊(「埼玉・首都圏経済」面)に出ていた。※-2に移って紹介する。


 ※-2 途中になるがあえて,こちらの記事を全文紹介しておきたい。要は,いまでは補習などとはいえなくなっている「学習塾」に関した話題である。


 以下にまず紹介する記事は,「中高生向け公営塾広がる 収入による教育格差なくせ」『日本経済新聞』2024年6月27日 1:49,https://www.nikkei.com/article/DGKKZO81665520W4A620C2L92000/

 自治体が運営する中高生を対象にした公営塾が広がっている。東京都江戸川区や足立区は経済的な事情で塾に通うのがむずかしい生徒を対象に塾を開く。

 神奈川県箱根町は町内に大手の進学塾がなく,保護者の要望で中学生向けの塾を運営する。家庭の収入格差によってうまれる教育格差や地域間格差をなくし,世代間の貧困の連鎖を断ち切る狙いだ。

 「時制を一致させるために動詞の形を変えよう」。6月18日夜,足立区の「こども支援センターげんき」で,区内の高校2年生が個別指導を受けて熱心に勉強していた。区が高校生向けに開く「ミライゼミ」の一幕だ。高2は週1回3時間,人工知能(AI)学習教材を用いた個別学習と個別指導が90分ずつという構成だ。

 対象は世帯年収が基準以下の高校生だ。1人親世帯なら年収750万円以下を目安にする。教材費などいっさい費用はかからない。試験で選抜された1,2年生各30人ほどが通い,入塾時に英語,数学,国語から1科目を選択する。

 足立区は同様の世帯を対象に中学3年生向けの「はばたき塾」を2012年度から運営し,のべ1000人が学んだ。2022年度には都立の最難関校の日比谷高校に合格する生徒も出た。生徒からは「区営塾で無料なのに,民間の塾と変わらないような講師や授業だった」など歓迎の声が出ているという。

 江戸川区は9月,中学3年生の成績上位層に向けた無料塾「EDO塾」を開設する。経済的な事情で塾に通うのがむずかしい就学援助世帯の生徒を主対象とする。定員は120人。週2日3時間,3つの区立図書館で開く。科目は数学,英語,理科,社会。

 同区はこれまで,成績不振の生徒には放課後補習教室を開き支援してきた。成績上位ながら民間の塾に通えない生徒への学習支援にも踏み切る。

 自治体が無料で塾を開く背景には子どもの貧困がある。2023年度の江戸川区立中学3年生の学力調査で成績中・上位2420人のうち635人は塾に通っておらず,このうち約120人は就学援助世帯だった。斉藤猛区長は「貧困の連鎖を断ち切るには教育が重要」と強調する。

 都市と地方の学習環境の格差に向き合うのは神奈川県箱根町だ。町内に住む中学3年生向けに2017年,「箱根土曜塾」を開講した。同町には大手の進学塾がない。保護者から「塾に通わせたいが,遠くてむずかしい。公営の塾を創設してほしい」との要望があり,始まった。

 教材費は月3000円で,民間のオンライン学習システム「デキタス」を使用する。2023年度は公立中学校に通う3年生57人のうち44人が参加した。受講生同士で教え合うなどし,学習内容の理解の定着を図っている。

 直接塾を運営しなくても費用助成する自治体もある。千葉市は小学校5,6年生の子どもがいる生活保護世帯などを対象に,学習塾やスポーツ教室などの習い事で使えるチケットを配布している。年間最大12万円分支給する。

 230家庭の募集に対して毎年度200件ほど利用がある。約8割が学習塾で利用しており,「学びたいという気持ちが強くなった」などの声が寄せられているという。

 市に集まった寄付を原資として2019年に始めた。現在も企業版ふるさと納税や寄付金で費用をまかない,一般財源からの支出はない。

   # 用語解説『公営塾』#

 自治体が講師の人件費や会場代,教材費などを負担して提供する学習塾。塾が少ない地方の自治体が設けるケースが多かった。子どもの貧困がクローズアップされ,首都圏でも実施する自治体が増えている。家庭の収入格差を教育格差につなげないようにする目的だ。

 自主学習を中心にしたスタイルが多い。東京都豊島区は2016年度から「としま地域未来塾」を開く。自習の中で分からない部分を学習支援員が個別に教える。24年6月からは区内にある学習院大学の協力をえて,同大学内でも始めた。

用語解説

 以上のごとき,自治体側において独自に努力されている塾的な補習態勢,いいかえると,世帯の経済格差や地域によって不利が介在する「子どもたちの能力(学力・才能)向上」のために学習機会を確保する努力は,それじたとしてとても貴重ではある。けれども,そうした部分領域における対応姿勢にとどまっており,まだ根本的な対応にはなりえていない。そのように観察してもかまわない事実は否定しきれない。

 前段で話題になっていた公営塾で補習を受けられたそれらの子どもたちが皆,東京都立の日比谷高校に合格しうる実力を要請できるのであれば,問題はなにもない。しかし,この子どもたちが最初から経済的な障壁によって高校・大学進学への進路を制約されてきた実情があったゆえ,問題の根幹に控えていた諸障害が,ただちに全面的に除去できているわけではない。

 話は東京都内の事例になっているが,公営塾で日比谷高校から東大に進学できても,この東大がこれからまた授業料を値上げを検討することになっており,年収の低い世帯の子どもたちの進学において,またもやさらに経済的な困難がより重くなるとしたら,なお基本的な困難がその進路には待ちかまえていることになり,救われにくい状況が依然残される。

 その種になる進学関係の障壁に遭遇してしまい往生する世帯があれば,この問題は奨学金制度(貸付型ではなく給付型の奨学金制度)を,画期的に充実させておかないことには,基本的な解決への道はいつまでたっても開けない。

 『日本経済新聞』2024年6月28日朝刊1面には,つぎの記事が冒頭(トップ)記事として報道されていた。貧しい世帯の子どもたちは,大学へは進学しなくてよい,高卒で働けばいいのだなどといっていたら,それでなくともすでに完全に落ち目になっているこの国の政治・経済は,さらに人的資源(労働力)の積極的に活用しようとする側面おいて,その不足にさらに拍車をかけるだけでなく,いよいよ「衰退途上国」の窮状を深めざるをえない。

少子化によりとりわけ若手の人手不足が
いちじるしくなっている
 

 だから「教育は100年の大計」だと,けっして大げさではなく語られるのであって,貧富の差のせいで取り残され埋もれてしまうような「各種の才能があり,潜在的能力も多種多様にある子どもたち」が,無闇に教育を途中で終えざるをえない現況は,まさに「教育体制そのもの」のありかたとして逆機能そのものを意味する。

〔最初から紹介している日経の記事に戻る→〕 国立大の授業料をめぐっては,高等教育の将来像について議論する中央教育審議会の特別部会で,委員を務める伊藤公平・慶応義塾長が年 150万円への引き上げを提言した。

 伊藤氏は日本経済新聞の取材に「教育水準を高めて高度人材を輩出するには学費を上げるしかない。経済的に少しでも困る人には,給付型奨学金を充実させるべきだ」と狙いを説明した。

国立大学も私立大学と並行的に学費値上げは仕方ない
という考え方はいいかげんにしておいたほうがよろしい

「約20年間据え置き」という国立大学授業料の金額は
「失われた10年」と密接に対応する時代の流れであった

 補注)前段のような慶応義塾長の提言は,いまのこの国における平均的な所得層の家計に属する人たちが聴いたら,はっきりいって《浮世離れ》している。

 『日本経済新聞』2024年5月9日朝刊「社会」面に掲載されたその塾長伊藤公平の議論は「国立大の学費150万円に上げ,教育の質向上を」などと,それこそ完全に戯けた主張を披露していた。

 その記事の前文だけを以下に引用する。

 「国立大の学費を年150万円に上げるべきだ」。2040年以降の高等教育の将来像について議論する中央教育審議会(中教審)の特別部会で委員を務める伊藤公平・慶応義塾長の提言が議論を呼んでいる。奨学金の拡充と併せて,現在の学費から3倍程度値上げし,家計の負担増を求める内容だ。

『日本経済新聞』2024年5月9日朝刊

 伊藤公平はもちろん,「給付型の奨学金を徹底的に充実させてほしい。授業料が米国のように上がりすぎないようにすることも重要だ」などとも断わっている。しかしならが,現実的に「いますぐに」この日本の高等教育のおいて,給付型奨学金に関して強調されたその意図が,すぐに実現させえないことには完全に手遅れだというほかない。

 慶応義塾長の議論としてであったが,残念ながら現状日本に向けた議論としては「お公家様」の高踏的な発言にしか受けとれなかった。とりわけ,給付型の奨学制度そのものに関したこの国における制度の未熟さ,というよりその不備ぶりに関係していえば,

 日本学生支援機構(旧日本育英会)の,まるで「サラ金まがいの貸与型奨学金の存在」からして自明に過ぎた話でもあった。それゆえ,お金持ちの子どもが多いはずの慶応義塾大学の立場に引きずられた議論にしかなりえていなかった。

 大学授業料の金額,その水準に関した議論が,まるで商品(品物・売りもの)にまつわる話題してしか聞こえてこないのは,奇異に感じさせる。そのせいか,この塾長による自説開陳については,日経編集委員2人がつぎのように補足する意見を添えていた。

 日経編集委員はこう評言していた。

        ◆ 教育のコスト負担 冷静な議論を ◆

 国立大と私立大の間の授業料格差の解消じたいは私学団体の年来の主張で目新しさはない。伊藤氏の発言はその方策として私大の値下げでなく国立大の値上げを求め,150万円という水準を示した点が衝撃的だった。

 公立高校の保護者からは「国立大の授業料はいまでも高い」という声を聞く。不安や反発が広がるのは当然だ。説明不足のまま発言が一人歩きすれば,少子化対策にも水を差しかねない

日経編集委員の補足意見

 補注)さてここで,「少子化対策に水をさしかねない」という意見は奇怪であった。というのは,すでに「その水が差されつづけてきた対策」しかおこなってこなかった「日本の教育政策」になっていた。だからこそ,この少子化というさらなる「人口統計上の減少」がじわじわ進行するなかで,教育のありようの問題がより深刻化してきた。

〔日経編集委員の記事に戻る ↓ 〕
 
 一方で高等教育の質を高めるコストは誰がどう負担すべきなのか。その議論から逃げてはいけない。家計全体を見渡せば受益者負担を求める余地はある。国立大の授業料標準額は20年近く据え置かれているが,物価や賃金の動きも踏まえて適正な水準を探るべきだ。

 重要なのは質,量(大学の数や定員),アクセス(教育機会の確保),コストという4つの面から縮小時代の大学のあるべき姿を冷静・徹底的に考えることだ。中教審はもちろん,広く社会的な議論が要る。そのなかで授業料のあり方も一定の指針を出すべきだろう。

日経編集委員の補足意見・続き1

 

 補注)このような「議論の必要性」をなにやかやとウンヌンしているうちに,日本の高等教育はますます地盤沈下というか,実質崩壊していく現象の歩調を早めてすらいる。

〔同上・記事に戻る→〕  奨学金政策は重みを増す。現状は住民税非課税世帯など低所得層への支援は手厚い半面,準低所得・中所得層に十分届いていない。奨学金を充実し,学ぶ意欲があれば授業料の額面は気にせず進学できるようにしたい。(補足意見の引用終わり)

日経編集委員の補足意見・続き2


 残念なことに,この日経編集委員の指摘・疑問に応えうる議論の中味が,慶応義塾長の主張のなかにはうかがえなかった。だからというべきか,補足意見を編集委員は述べざるをえなかった,と推測する。

 要は,私大の雄の一校としての地位を誇れる慶応義塾大学の立場からとなったが,国立大学の有力校を対抗的意識し,四の五のいっているといった受けとめ方しかができなかった。

 この塾長の主張には肯定できる意見もあるが,基本的にはある意味,ずいぶん身勝手な私学精神を地盤に発言していたと,邪推ではなく本気で疑わざるをえない。

 さらに関連させては,『日本経済新聞』2024年6月29日朝刊の1面コラム「春秋」が,つぎのように語っていたが,これは多分,編集委員の誰かが担当しているはずだが,前段で登場させた人物が執筆したと推測してみる。

いまの時代いおける大学の授業料はどうすればよいのか?

 こちらの意見をすなおに聞いたぶんには,慶応義塾長のいいぶん,その意向は,だいぶ削がれるに違いあるまい。日本における奨学金制度の即時的な手直しが,つまりは,給付型のそれをただちに大々的に,質量ともに拡充しないことには,塾長の考えは,単なる一時の発想として発散・消失するほかない。

〔『日本経済新聞』2024年5月17日朝刊の記事                  (一番・最初に紹介した記事)に再び戻る ↓ 〕

 学生の生活状況はきびしい。全国大学生協連が2023年秋に実施した調査によると,下宿生の仕送り額は月平均7万120円で,2019年比で2690円減った。食費も同年比510円の減少となった。

 文科省は2024年度から,扶養する子どもが3人以上いる多子世帯などについて,給付型奨学金の支給対象となる年収の上限(目安)を380万円から600万円に拡大。ただ中間所得層への支援は十分ゆきとどいていないのが現状だ。

 補注)いまどき「扶養する子ども3人以上」で,年収600万円未満という「制限」は,実にみみっちい設定である。年収制限などとっぱらえばよいのである。子どもが3人以上いる世帯は,いったいいかほどの数になるか?

『子3人以上世帯の大学無償化』に〈平均年収800万円〉の日本の子育て世帯,無反応『1人育てるのも大変なのに』」『資産形成ゴールドオンライン』2023年12月11日,https://gentosha-go.com/articles/-/56512〔?page=2〕 は,半ばしらけ気味の論調でこう解説していた。

 つぎつぎと「異次元の少子化対策」をみすえた施策がニュースになっていますが,今度は,子ども3人以上の多子世帯を対象とした「大学の授業料無償化」。確かに大学の授業料「たかっ!」という声は聞こえてくるので,子育て世帯からは賞賛の嵐かと思いきや,ほぼ反応なしの無風状態。なぜなのでしょうか。

    ◉ 夫婦が「理想とする子ども」は減少傾向…理由は? ◉

 国立社会保障・人口問題研究所『第16回出生動向基本調査』によると,夫婦の平均理想子ども数は,2021年調査時で平均2.25人,平均予定子ども数は平均2.01人でした。どちらもゆるやかな低下傾向が続いています。

 (中略)

 ……理想の子どもの数を「3人以上」とする割合は,1990年代後半に50%を下回り,2021年調査時点では33.8%にまで減少。また「2人」とする夫婦の割合は53.3%と半数を超え,「子どもはいらない / 持たない」4.3%,「1人」5.2%。理想の子どもの数「ゼロ / 1人 / 2人」に関しては,一貫して漸増が続いています。

 理想の子ども数をもたない理由としては,

 「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」がトップで,52.6%。
 「高年齢で生むのがいやだから」40.4%,
 「ほしいけれどできないから」23.9%,
 「これ以上,育児の心理的,肉体的負担に耐えられないから」が23.0%

と続きます。

 (中略) ……前述のとおり「3人以上の子を望む夫婦」は減少しているなかでは,「多子世帯で大学無償化」といわれても,効果はかなり限定的といわざるをえません。

 厚生労働省『令和4年 国民生活基本調査』によると,児童のいる世帯の平均所得額は2021年 785.0万円。経年の推移をみてみると,多少の上限はあるものの,近年は増加傾向にあります。これは子育て世帯において,共働きが増えたことが主要因と考えられます。

【児童のいる世帯の平均所得金額推移】

  2012年:673.2万円
  2013年:696.3万円
  2014年:712.9万円
  2015年:707.6万円

  2016年:739.8万円
  2017年:743.6万円
  2018年:745.9万円
  2020年:815.5万円

  2021年:785.0万円

   ※2020年はコロナ禍の給付金の影響があると考えられる。

 補注)ところで,所得水準に制限など付ける必要はなし,というのが本ブログ筆者の意見である。それでは,高所得層を不当に優遇するという意見が必らず出てくるが,その層にはその分に応じてさらに,なにに関してでもいいから,支出してもらえればよい。

〔記事に戻る→〕 夫婦共働きで収入が増えているのだから「子ども,もう1人もてるでしょ」というよりも,「子どもを育てるのに片働きではやってられない」というのが現状。また経済的に余裕があるにしても,働きながら「もう1人」というのはかなりの負担です。

 子どもを1人育てるのも大変なのに,子ども3人以上で大学無償といわれても……

 もちろん,いろいろな子育て支援策が検討されており,ひとつの支援策だけを論じるのはあまり意味のないことかもしれません。ただ,いまのところ「子育て世帯 / これから子どもをもつ世帯」から高評価は聞こえてこないことを鑑みると,少子化対策,まだ異次元に達しているとはいえない状況かもしれません。(引用終わり)

〔『日本経済新聞』5月17日朝刊の記事                 (最初に紹介した記事)に再度戻る ↓ 〕

 経済協力開発機構(OECD)が2022年に公表した報告書によると,日本の高等教育費のうち家計負担の割合は52%で,加盟国平均(22%)の2倍超だった。公的支出(33%)より多いのが現状だ。家計の負担が一層重くなれば,学生や保護者からの反発も予想される。

【参考画像資料】

奨学金制度の相違はこの表には反映されない

 授業料引き上げは学生を集めやすい首都圏で広がっており,地方の大学との格差拡大につながる懸念もある。

 補注)前段での慶応義塾長の学費値上げに関した意見は,給付型奨学金制度の充実・拡大を強調してはいたものの,この段落で指摘されるような問題とは多分,完全に無縁(つまり特記すべき不利な利害状況なしか?)の立場から議論を披瀝していたゆえ,説得性において難があった。

〔記事に戻る→〕 中部地方の国立大の幹部は「人件費の高騰などで値上げしたい気持ちはあるが,同程度の教育内容で都市部の大学と授業料が同額なら,受験生は都市部に目を向けるだろう。簡単には上げられない」と話す。

 桜美林大の小林雅之特任教授(教育社会学)は「授業料引き上げは修学支援策の中間所得層への拡大などとセットでおこなわれるべきだ」と指摘。「公的支出を含め,質の高い教育にかかる費用をどのように社会で支えるのか議論を進める必要がある」としている。

 さて,であるが,以上のごとき議論を踏まえて,つぎのような少し横にずれる話題をとりあげてみたい。


 ※-3 東京都公立大学法人「東京都立大学」はほぼ9千人の学生数の公立大学である。

 都立大学への入学後に要する納付金学は,次表のとおりであり,「国立大学の標準額,1年間の授業料は53万5800円」とほぼ同額である。

東京都立大学の入学・授業料納付金

 都立大の話からいきなりだが,2024年7月7日に予定されている東京都知事選をからめた話になる。あの「虚言癖の持主であった女帝小池百合子」が都庁という伏魔殿で,これまでブラックボックスそのものでありつづけた都政をおこなってきたなかで,

 たとえば,あの西新宿にある都庁舎に向けて「プロジェクションマッピング」なる,昔風にいったら「幻灯機をつかったお遊び」をおこなっていたが,そのために費消する2年間分の予算が48億円とかであった。

 ところが,その道の専門家にいわせると,そのプロジェクションマッピングの演出・実行には億の単位までの金額は不要であって,数千万円程度で実現できたと指摘・批判されていた。当然,そこには電通が介在したうえで,小池百合子主導になる「中抜き作業」も旺盛におこなわれていたと推理するほかない。

 その話題に関連させていえば,2年間でその48億円といわないまでも,これを10年に分割してとなれば,その4億8千万円を東京都立大学の学生・院生に対する給付型種学金として,そのさいもちろん,成績の上位に着けて優秀な学業を修められる学生・院生に支給する金子として充てるとしたら,どうか? 

 自治体のなかで唯一,非常に余裕のある財政状態を誇る東京都である。

 都立大学の学生・院生のうち成績上位の,たとえば15%までの学生,人数だと「9000名✕0.15」の135名に対しては授業料免除,さらに毎月(半年分まとめてもよし)の修学費支給などを与えて,さらに勉学に集中してもらえる条件を提供するのは,どうか?

 分かりやすい話としたいのであれば,国費留学生の制度を想定すればよいのであって,なにもむずかしいことはない。その総額予算は「4億8千万円 に対する「授業料52万8千円 × 135名分」+「修学費20万円 × 135名分」と仮想して計算するに,

 「4億8千万円 -(7128万円+2700万円)」= という計算になり,この引き算する数字の金額合計は9828万円だから,まだまだ予算は残る。あとは,さらに授業半額免除の対象とする「成績順の16%から30%までに属する学生」を,さらに選ぶことにし,準じた奨学金などを給付したらよい(こちらのための総予算額は前群の半分ほど,5千万円ほどとみておけばよい)。

 以上で,成績順に上位30%までの学生たちに対して,なんらかの奨学金支給(広義)の実施となる。もちろん給付型である。それでも,上記の金額4億8千万はまだまだ余裕で残る。つまり,3億3千万円はまだ残る計算となる。

 要は,あの小池百合子という都庁という,伏魔殿に住む,いまはすっかり「灰色になっていた古狸」の立場からでも,その程度の都立大学学生向けの奨学金制度など難なく設置できるはずだという「仮想の話題」であった。

 東京都立大学のホームページには,「奨学金」に関して https://gs.tmu.ac.jp/scholarship/ という頁があるが,この表紙のページは現時点の7月1日現在としては,すでに年度初め以降の業務をすでに終了した時期になったせいか,閑散とした記述しか残されていない。
 
 都立大の話題はともかくも,日本学生支援機構の貸与型奨学金制度は,それこそ「最低に非育英的でかつ反教育的な運営」をおこなっている。そうとしか評価のしようがなかった。市中の銀行から資金調達をおこない,これの利子を支払うための貸与型奨学金の運営をするなどといった事業方式は,「教育100年の大計」から大逆走しているどころか,教育政策としては反動もいいところである。

 そういえば,本日7月1日の『毎日新聞』朝刊1面下部のコラム「余禄」は,安倍晋三のオジイチャンが昔,こういう発言をしたと書いている。「世襲3代目の政治屋」の晋三はいうまでもなくそうであったが,CIAとは好意の関係を維持していた信介も,かなりトンデモな爺さんであった。血は争えないとでも解釈したらよいのか?

 なお,安倍晋三は米帝のいうことを聞かなくなり暴走気味になったので,山上徹也のパチンコ玉6個を詰めた散弾銃の2発による狙撃を受け,死んでいった,という結論にまとめられていた。だが,こちらの出来事に関してわれわれに与えられてきた記憶は,かなり奇天烈な筋書きになっていた。

安倍晋三夫婦は無子であったが……


----------------------------------

【「本稿の続編」】を構成する2024年7月3日からの記述の案内。

---------【参考文献の紹介:アマゾン通販】---------

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?