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【連載ミステリ小説】 つぼ天狗 #11

seiichi

切らしていた香煎を買おうと切通し坂を下って池之端仲町の仲見世通りに入った。

通りに面して名店が多く、薬屋の勧学屋、貞松堂、小間物屋の日野屋、大槌屋、櫛屋の十三屋、煙管屋の住吉屋などがあった。

古くは不忍池の堤だったところで池の南側にあたる。裏通りは狭くいりくんでいた。

香煎とは、はったい粉、シソ、山椒の実、陳皮などをすり潰して粉にして飲むものだ。

仲見世通りに面した香煎屋、酒袋から出ると裏通りの入口の木戸門の前にひとだかりがあった。

ひとを避けるかのように普段は静まり返るのだろう細い道に役人がゾロゾロと入っていく。皆、夏用の菅の一文字笠を被った番方だった。

つい興味本位でついて行った。烏合の衆の浪人風や町人や子供もいた。

現場は紅葉屋という出会い茶屋だった。

裏木戸から紅葉屋の敷地に出入りする役人をしばらく眺めていたら知った顔に出くわした。

「花井さん」

花井は声をかけられて一瞬意外そうな顔をしていたが、「そうか、男坂下でしたな」と千枝に意味深な笑みを浮かべた。

「なにかあったのですか?」

「ええ、殺しです」

「え、誰が殺されたの?」

「ご存知ですかな。当代人気茶屋看板娘のおゑいですよ」

千枝はドキリとした。と同時に血染めの小袖を思い出し必死に心の内で打ち消した。色に出さぬようつとめて。

「いつですか?」

「犯行時はおそらく、昨夜夜半。後頭部を撞木のような金槌で殴られていました。一発で陥没し即死でしょう」

顎に手をかけ花井は言った。

あの小袖が家の前に置かれてあったのは、たった今朝のことだ。もちろんそのことは言わない。心の臓がバクバクして飛び出しそう。それには悟られないように、「犯人は?」と訊いた。

「わかりません」

呆気なく言った。

千枝がモジモジと怯えたようにしているのを、ちゃんと仕事しろ、という幕臣への批判と勘違いしたのか花井は顔つきを変え、「ああ、でも目星はついてますよ」と申し開く。

「誰です?」

「夫の内藤有貫ですよ。新婚なのに・・・・・・しかもお腹の中には嬰児がいたって話で、酷いことしやがる」

「確か、九郎助稲荷の地主で、おゑいさんと新婚よね?」

「知ってましたか。あんな小さな瓦版の記事を」

ニヤニヤ不謹慎に笑う花井。余計な疑惑を持たれないように千枝は躱した。

「なぜ殺したの」

「わかりません。ですがここは出会い茶屋(ラブホテル)ですよ。殺されたのは茶屋の庭です。主人の証言では内藤はおゑいでない女と2階でお楽しみだったと。忍び込んで夫をとっちめようとしてたんでしょうな」

「・・・・・・」

「花魁ですよ。九郎助稲荷は吉原のすぐ近くだから」

「内藤さんて、旗本だそうですけど役職名は?」

「それがひっかかるのですよ。私は町方同心だから江戸の町の現場仕事が主ですが、内藤は表向き徒目付で普段、番所の巡察とか悪い旗本御家人を捕まえる仕事。言わば私の上司ですよ」

花井は正式には、市中取締諸色調掛与力に今はいる。与力は世襲だが、花井に子はなく抱席(一代限り)になりそうだった。だから、十手をかさに多少荒っぽいこともできる。

「なぜひっかかるのですか?」

「表向きは、なのです。ほんとうは何か他の任務を仰せつかっていたんじゃないかな」

花井の目が光った。

花井の眼力に見透かされ思わず二の句が継げない。

花井はしばらく千枝の目を見ていたが、「いや、家禄も家格も上の父のようなお方だから扱いづらくてね」と話題を変えた。

「また宇田川塾で会いましょう」

そう言って花井は再び紅葉屋に入っていった。

急いで家に帰った。

寅吉がおゑいを殺った?

素知らぬ顔して罪を逃れようとしたが、義憤に駆られた何者かにそうはいかじと証拠を突き出された?

殺ったのは寅吉?   突き出したのは誰?

まさかとは思うが、心の天秤がその方向で傾いている。

しかし、さっきの顛末をあらかた話し終える前に寅吉は顔面蒼白になり、「ほんとうですか?」と力なく嘆息した。

そもそもそんなにおゑいに依存していたの。すこし不自然なくらいだけど・・・・・・。

しかし、これが演技だろうか。

「オレ、見てきます」

そう言って雪駄をひっかけ寅吉は袴の股立(ももだち)をとると一目散に駆けていった。




「それはなあ、九郎助という黒い狐が真崎の白狐と相性が合うかといえば、合わないだろうよ」

篤胤は、のほほんとお茶を呑んで言った。

「真崎がなぜ白狐なのさ?」

「知らんのか。あそこの祠に穴があって油揚げを置いておくと白狐がたまに食べに来るので有名なんだよ」

「陰と陽で、黒と白は死と生だから、とか言うんでしょ」

「あのな、黒狐とはドス黒い欲の塊なの。泥を被ってでも欲しいものは手に入れる。白狐は欲しくてももの欲しそうな素振りはみせない。でも手に入れたい。おゑいは白狐さ。遊郭の間をくぐって九郎助の稲荷にでた頃にはすっかり泥まみれで黒くなってたってわけさ」

「・・・・・・」

なんだかできすぎているが、色白のひとは大体恬淡なような気もする。

ただ閃いた。

feitだ。おゑいと内藤、どちらが惚れたのか。

真崎稲荷に行ってみようと思った。

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