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【連載ミステリ小説】 つぼ天狗 #14

seiichi

「あたしは則兵衛さんが殺ったと思うんだけど」

おせんが切り出した。

「則兵衛さんというのは?」

「差配(大家)ですよ。長屋のことをあれこれやってはくれるんだけど、、、すこし逸脱しててね」

喜代は、則兵衛が殺したことには同意しないが、則兵衛に好意はさらさらないらしい。

「家賃の徴収とか修繕とか積立とか揉め事の仲裁とか色々とやってくれるんだけど、則兵衛さん、喜代さんのことが好きなんですよ、ねえ」

「うーん、そんな気は全然しないけど・・・・・・ちょっと・・・・・・」

「ちょっとどころか」

おせんは顔を顰めた。

「なにが問題なのですか?」

「あの人の家以外、女だらけの長屋なのです。それですこしあの人が・・・・・・」

おせんが話し出すと、喜代が目を光らせたような気がした。

「喜代さん、おゑいさんの部屋の壁に耳あてて聴いたり、不在のとき黙って中に入って腰巻(下着)を盗っていったり」

「ちょっと、それは憶測でしょ!」

喜代がおせんを窘(たしな)めた。

「いや、あの安雄ってガキが盗ったに決まってる」

差配は五人組の長屋の揉め事の評定(裁判)なども主宰するため法律に詳しい。そのため町ぶれ(民のための掟)などにも精通し、教養もあり違法なことはしないで悪用はするすこしずる賢い人も少なくない。

おゑいが内藤と結婚してしまうと、喜代もここを引き払う上に家賃収入が減る。それをこころよく思わなくておゑいさんを殺しまではしないだろう。露見したらこんな損しかないことはない。

とばっちりもいいところだ。

おせんは鬱憤が相当溜まっているとみえる。

「変な人は来ますか?」

「ときどきね。でも、大抵大した害はない」

「誰か最近おゑいさんが接触した人で、特殊な人っていましたか?」

「いた」

うーん、と暫し考えて喜代は絞りだした。

「亡くなった夫は竿竹の行商でした。木場の竿師から釣竿を仕入れてくるんだけど、いーっぱい家にあったの。それを娘がどこから連れてきたか知らないけど紅毛人に売ってたことがあったわねえ」

竿師や紅毛人の話によると日本の竹は種類が多く美しいのだそうだ。稈(かん)の生長にともなって竹皮の落ちる男竹は、節が荒く高い布袋竹、五三竹、淡竹など。節間の多い女竹は、矢竹、大名竹、高野竹などとある。

「ひとりでですか?」

「いや、もちろん通詞の方がいましたよ」

「どんな感じでした?」

不審に思った。

「それは友好的な紅毛人ですぐ帰りましたよ。ただ、格好が面白い人たちだった」

「格好?」

「真っ黒い合羽で頭に山伏か天狗のようにちょこんとした丸くて黒い西洋烏帽子をしてたの」

烏帽子?  父はそういう格好が好きでよくする。

外国人のお父さんに似た人・・・・・・?

「いつですか?」

「うーん、ハッキリと覚えてないけど今年だったと思う」

「変と言えば、則兵衛のとこの安雄だよね、喜代さん」

おせんが口を開いた。

まだ言ってる。相変わらず根に持ってるようだ。誰かに不平を聞いてもらいたくて仕方ないらしい。

「亀沢町三丁目に元武家屋敷があって今公園になってるんです。そこに大きな池があって亀がいっぱいいたんです。そこであの安雄は、なにを思ったか鼻血を亀の餌にしてたんですよ! 気持ち悪いったらありゃしない」

「・・・・・・」

「ああ、そういえば、今思うとなんですがね、あの娘、銀貨ばかり集めてるの。江戸は金貨で銀貨は職人の間ぐらいでしか通用しないのに。それだけじゃない。矢立とか煙管とか古いガラクタの銀製品を集めてたの」

「・・・・・・」



おゑいの殺害事件から3日経っていたが、寅吉はあれから家を空けていた。

父、夫、2人の子供との夕餉のときだった。

銕胤に隠しても仕方がないので、すべてを話した。心に去来する懸念も。

すると、銕胤は、「それは丸戸という男の犯行だよ」とにべもない。ほぼ異論の余地のない様子。

黙って聞いていた父は、けんちん汁を啜り叩きごぼうとわらびがんもどきで白飯をパクついていた。

千枝は料理をほとんどやらない。やりたくないというか、惣菜売りがしょっちゅう家の近くを出入りしているからだ。だから、つい頼ってしまう。

家にへっつい(竈:かまど)はあるが、あまり頻繁に使うと火事を起こしかねないので怖いのだ。一家離散では済まない江戸の歴史に残る大惨事に発展する可能性がある。

お湯を沸かすことくらいはするので、茶を淹れ銕胤に茶漬けを食べさせようとした。

「それでね・・・・・・」

千枝が話し終える前に銕胤は機嫌が悪くなった。

「こら!  今、飯食ってるんだぞ。義父さんも気持ち悪いじゃないか」

「それはなあ、洞庭湖のスッポンじゃよ」

斜めから聞こえるような声だった。一向に気にせず口にものを含んだまま篤胤は言った。

「差配の息子の分身の亀がおゑいを殺したのじゃ」

「なんですか、その話し・・・・・・」

「唐の李鷸(りいつ)という者が邵州(しょうしゅう:湖南省)の刺史(地方長官)に任命された。家族を連れて洞庭湖を渡った。船を下り汀(みぎわ)を歩いていたら鼻血が出た。それをスッポンが舐めると李鷸の姿に変わった。スッポン李鷸は、本物を湖に沈めるとなに食わぬ顔で家族の待つ船へ。そのまま赴任する。ある年、旱魃(かんばつ)となり西江の水が干上がると後ろ手に縛られた本物李鷸が現れた。道士が護符を岩に貼りつけると岩は飛び上がり役所で執務中のニセモノに当たり、ニセモノは逃げた、という話し」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

好きだねえ、その手のお話しが・・・・・・。うっとりしたくなるほど頭の中はお花畑だ。

千枝は父を睨みつけると、「面白いですよ、お義父さん。本の種ですね」と夫は幇間(たいこもち)のように囃し立て盛り上げる。

千枝は面白くなかった。

自分が軽んじられているような気がして早々に夕餉を切りあげた。

ほんとうに父はこちらを煙に巻いていて信用もできぬ。

紫露草の絵付の紙扇子で寝ている2人の子供を扇いで自分にも風を送った。

まだ7月中旬だがもう耐えられないくらいに蒸し暑い。

膝元の7才の延太郎の垂れた眉はおじいちゃん譲りだ。血は争えぬ。寝ている2人の髪を手で梳(くしけず)った。

9才のふきは泡のように肌の肌理(きめ)が細かくとりわけ白い。情操的でこの頃、読み書きお絵描きにも興味を示している。

算盤を嫌がるのは父と千枝と同じような血だろうか。延太郎は銕胤似で算盤もすぐ覚えたしよく気がつく方だった。長ずれば延太郎もしっかりしてくれるだろう。

ふきは杏(あんず)を重ねたようなぷくっとした小さな唇は紅をひいたら美しくなるだろう。

唐黍(トウキビ)のような頭の延太郎は、額にじっとり汗が滲んでいた。

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