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01.湯治=それは長期滞在の場 in別府 鉄輪地区


別府の特殊性

別府は湯でつながっている。温泉地は温泉を資源としているため、お湯が街の主軸になることは当然のことである。しかし、こと別府に関していえば、その傾向がより一層強く感じられる。別府市を俯瞰してみると面積がかなり広いことがわかる。ハの字状の扇状地である別府において南北に別々の泉脈と、西の山から東の海へと緩やかな勾配によって源泉が各地に点在し、それぞれの泉質が異なるといった湯の多様性に溢れている。この泉質の違いや源泉の位置から別府には八つの温泉地区があり、これらを別府八湯と呼び総称として別府温泉という名称で親しまれている。

別府八湯

沿岸部は別府温泉発祥の地である浜脇温泉があり、貿易商や近隣の炭鉱夫を癒す花街として栄えた。戦時中は負傷兵の療養基地として指定されたり、陸海軍の経由地として軍の街としての色が強くなり、戦後はGHQによる接収により米兵相手の繁華街などが建ち並んだ。
一方で、山側の温泉地は秘湯と呼ばれるような未開の地であった。そういった秘湯などは修験の場として開山されていくことになる。鉄輪をはじめとする源泉では白い湯気が立ち昇る様から「地獄」と称され、僧は地獄の蒸し湯に浸かりながら南無阿弥陀仏を唱えることで病気(殺生に起因するとされた)を治す修行を行っていた。これらが次第に民衆へと伝わり、重病に侵された患者たちが治癒を祈願して真似を始めたことから湯治文化が開かれていくことになる。


現代の価値観にあった湯治を考えたい

ここで現代も湯治文化の残る鉄輪地域に焦点を当てたいと思う。湯治と聞くと障害によって動かない体を癒したり、不治の病に対する緩和医療などを思い浮かべるのではないか。実際、別府では原爆被爆者の療養施設などがあったことや、医療施設の数が全国的に見ても多いことがわかる。しかし、近年では「モダン湯治」といった新しい価値観での湯治が広がっている。これは、働き方や暮らし方を考え直す現代社会において、観光地(特に温泉地)における新しいモデルを考えるキッカケになるのではないか。

特に湯治が色濃く残る鉄輪には、長期間療養する患者のための「貸間旅館」という宿泊形態がある。これは、端的に言うと素泊まりの一種であり、食事や必需品、布団なども自分で調達して部屋だけを貸りるというシステムで、宿泊費用がかなり安い。実際に、数か月単で宿泊していたり、何度も長期滞在を繰り返している方などがおり、観光客でも定住者でもないが鉄輪に暮らしている人々がそこには居た。

貸間旅館

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お湯があるから自然と人が集まるという特異的な街の作られ方をした鉄輪、延いては別府において、今までのように患者が長期療養する場としてだけではなく湯に浸かることを中心に置いた暮らしの場として、新たな湯治場を提案したい。そこでは暮らしと仕事、活動が一体となった場であることが望ましいと考える。



新しい湯治モデルへの提案

1.地元湯前にある「湯冷まし」のたまり場
2.人と物が集まってくる「蔵」の提案

一般的な観光では日常の生活から切り離され、非日常を体験することに価値がある。しかし、湯治のように長期滞在について考えた時、その土地に合った暮らしを体験しつつも、各人の日常生活での癖や習慣などを暮らしに加えていくことが必要である。そこで、私達は別府の「湯」を中心とした普遍的な湯治の風景と、滞在者が各々で暮らしをカスタマイズできるようなインフラ「蔵」を提案したい。


  1.『地元湯前にある「湯冷まし」のたまり場』

200815_渋の湯_手書きパース

別府温泉の鉄輪地区には地元湯という共同温泉が7つ存在する。一部はむし湯という古来の温泉の在り方を残していることもあり、観光地化されている場所もあるが、その多くは湯治のための別府で暮らしている人や、近所に住まう人たちの温浴場として機能している。かつては2階部分に集会所があるなど、人が集まる拠点であったが街が大きくなるにつれ、共同温泉の存在は良くも悪くも街に溶け込んでいる。

ここに私達は「湯冷まし」のたまり場を提案したい。湯冷ましとはお湯に浸かった後に火照った身体を冷ますことを意味しており、こと別府においては湧き出るお湯が熱いため、湯冷ましの風景は今も見られる。この湯冷ましの風景に観光と暮らしの境が曖昧になる魅力を感じており、7つある各地元湯の前に街並みに沿った湯冷ましの場をつくりだすことを目指している。


  2.『人と物が集まってくる「蔵」の提案』

蔵のビジネスモデル_アートボード 1

湯治として別府で暮らしていた人々は数か月単位や年単位でリピーターとして戻ってくることが多い。格安で泊まれる貸間旅館などは素泊まり形式であり、必要なものは宿泊者が自分で調達しなければならない。日常生活では使用頻度が多くはないが、たまに必要になる道具や壊れた物を修理するための場所があることで、離れた土地でも自分の暮らし方を実現することができるようになる。別府を訪れる頻度が多いほど様々な道具が必要になる一方で、必需品以外の物の保管に関して問題がある。

「蔵」の提案では、会員制の蔵および作業スペースを運営することで、長期滞在者や近隣住民は使用頻度の低い道具や、持ち運びに困る道具類を「蔵」に預けることで保管、および他の滞在者に格安で貸し出すことができる仕組みである。「蔵」には作業場や会所が併設されることで、人や物が集積する場をつくり、鉄輪での長期滞在を支えるインフラを提供する。



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Custom Off Scene

松村拓哉
(横浜国立大学 建築都市デザイン Y-GSA)

中尾壮宏
(横浜国立大学 建築都市デザイン Y-GSA)


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