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ゴスロリ重兵は革命の歌を聴かない:PART TWO 竹馬の友

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痛み止めを飲む。呼吸を整える。((人生とは大聖堂……))これまでで、多くの血が流れてきた。ゴスロリファッションを着こみ、2丁のライフルをぶん回して戦うベンテンでさえ、見てきた血液量が総リットル数で言えば今日に匹敵する日はなかなかないくらいだ。革命の戦い、その大義名分がなければ単なるサイコ・殺人もいい所だ。
だからこそ弁天は理解している。一度流れた血は、もう二度と戻ることが無いと。猪突猛進。城塞めいた役場その13階へとたどり着くまで。
即席の相棒たるキャロルに、詩を読むような口調で話すのは、とても年明けにはすべきでない、イかれた退廃の物語。

エレベーター内。恐るべき遅さで上昇している。妙な抵抗がかかっているのだろうか、キャビン内は時々、揺れる。
「彼女……つまり古い友人の事なんだけどさ」「ああ。二人いるから訳わからん」「一人はさっきの影人形で現れた刀使い。白井剣姫。『けんひめ』って書いて、『たまき』って読むらしい。本人がそう言ってるだけだから、別に感じがあるかもだけど。それでもう一人は……ええっと……あれ…………?」顔や名前に不可逆のノイズがかかっているようだった。全く思い出せない。

迷う弁天にすかさずフォローを入れる。「そんなことはあるさ」5階。弁天はボタンを連打した。「このエレベーター、風邪ひいた時みたいに遅ェよ……それで、剣姫のことだ。剣姫がああなってしまった理由、それがボクが今3億求めて走る動機だ……」

かつての戦いの記憶。今日のような記念日のたび、弁天はリフレインする。

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それはクリスマスの事だった。
といっても、珍しく弁天はホリデイ強盗をするわけでもなく、のちに「伝説のヒーロー暗殺事件」と呼ばれる作戦のために、同志とともに住むアジトで、一人、銃のメンテナンスをしていたのだ。
酒造工場を改造して作ったアジトであったから、キルハウスが作れるほどには広かったし、仲間も気のいい人間ばかりで、この時の弁天は緩やかな平和さを謳歌していた。
ただし弁天にとって凶日はそういう時期に限って訪れる。
今弁天の愛用しているショットガン、ドゥームブレイカーを完成させた日の事だった。この時はまだ、名無しの銃である。赤毛の女ハッカーが呼びに来たのだ。彼女の顔色は悪かった。

「ベンテンッ!!! 早く来いッ!!! あんたのダチだろ!!! オレは……オレは……ッ!」

弁天は急いで作戦会議室へと向かう。既に仲間たち全て集結しており、その恐怖すべき光景を、固唾を飲んで受け入れていた。
「こいつは……ひどい」冷静を装う者。
「めでたくも何ともねェ……」「ええ」あくまで冷酷に、事実を受け入れようとする者。
「私は…………………………一言も言う気に…………ならない」電子タバコをチェーンスモークする者。
「なんで! なんでなの! ねえ! 聞いてよ!」宛先のない怒りをぶつける者。
他にも、いろんな感情が集中した。内容は異口同音だった。
弁天は仲間たちをかき分け、問題のそれに直面した。

『親愛なる悪辣なサイコ怪物集団へ 君たちが好きそうなものをお届けするぞ。気に入ってもらえると嬉しい。PS・チェックメイトだ。覚悟しておけ。 成敗者より』

「……これってよ……まさかそうじゃあないのか、これはヤバイかもだぜ」情報屋の竜が呟く。弁天は何も言わなかった。

悪趣味極まりない肉体改造だった。剣姫は人間くるみ割り人形と化していたのだ。ガタガタと顎を手で動かせるようにしてある。椅子に縛り付けてあるが、この様子では動けない。歯には剣姫が得物としていた刀の刃が取り付けてある。皮肉だ。

仲間の一人、リーダー格の男が言った。「まず医者だ。医者から潰したのだ。この中で一番連中の脅威となるからだ。悪魔かよ……」

弁天は剣姫の着ていた白衣より、シリンジガン(注射銃)を取り出すと、彼女のこめかみに向けてから、引き金に指を掛けた。

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「それでもボクらは進み続けた。あの戦いは勝利した。それでもね、どんな金庫を襲おうが、どんな依頼を受けようが、あの破滅の運命からは逃げられないんだ。そんな日の事だった。試しに彼女に相談したんだ」「名前が出てこない方か」「うん」
弁天は2丁のライフルを上向きで扉の前に立てかけると、またしてもドゥームブレイカーを取り出し、赤子をあやすように抱えた。

「彼女曰く、『もっとも結びつきの強い物。そして、いくばか失いたくないもの。あなたならば、多分お金と思う。一人の人間が一生に稼ぐ分だけ持ってきたら、きっとうまくいく』……とか、自分の立ち位置と状態もわきまえずに適当な事言いがやってさ。二進も三進も行かないくせに。仕事する気合が入ったからいいんだけど」

キャロルはタバコを咥える。紫煙が、くるくるとキャビン内で渦巻く。

「なるほどな。シンプルな理由じゃないか」「バレた?」「ああ」「……よけい暗い気分にさせたら悪い。でもね、ボク、ちょっとずつだけど、思い出してきたんだ。戦う理由について」「俺は最初から決まってたがな」「らしいね」

階数表示は現在10階。弁天は唐突に天井へドゥームブレイカーを向ける。
「それでね、これはドゥームブレイカー。運命を打ち砕く銃だ。あるいは、審判を下す銃。ここで死ぬ定めじゃないんだ、解るか?」

ドワオ!

アグワーーーッ!」頭上より悲鳴! 数秒後、耳を突き刺す音がした。機械の歯車が、ひどくきしみ始める、そんな音だ!

キャロルは動揺を隠せない。「おい、おい、お前どうしたんだ? ツーかなんだよ!」

「悪いけど、このエレベーターは13階へ行けない」「どういう意味だよ!」「落ちるって事だ!」

頭上より聞こえる不快な金属音は勢いを増す。「なあ弁天、いつから罠だと気が付いていた?」「最初からだ。タバコ吸ってから確信した! しっかり閉じてある! ここに逃げられる隙間はないよ!」「クソッタレ!」

階数を表すモニタは『非常』とだけ点灯し、エレベーター内に強烈なマイナスGが無慈悲に襲い掛かった。「床に伏せろ!」

二人が墜落死を覚悟したその時だった。重力が唐突に戻ったのだ。がくんと揺れる。「……助かったのか?」弁天は墜落の時とは別の金属音を耳にした。「いいや……我慢できずにやって来たのさ。狩人の習性だ」

扉の隙間に黒い鉤爪が外側より差し込まれる。「……化け物か?」キャロルは身構える。弁天は立ったまま、扉を見つめる。ぎぎぎ、と音を立て、その鉤爪はエレベーターの扉を押し曲げ開けた。ちらりと見えるは光る眼。部屋内を覗かれた。「やっぱりな」弁天は扉に立てかけたライフルを2丁とも手に取る。

「キャロル、殺しを後悔しない覚悟はできたか?」「どういう意味だ?」「ボクを置いて、クソオヤジをブッ殺りに行くって意味だよ!」

一気にドアが開く! 最大まで開いた瞬間、弁天はライフルの引き金を引いた。「………!」鋭い眼光の持ち主は、危険な雰囲気を察して、エレベーターを停止させたまま、一言も発せず後ろへと飛びのく。バタバタと弾丸がばらまかれた。当たらなかった。回避したのだ。間一髪でハチの巣になっていただろう。「さすがに無理か」弁天はエレベーターより歩み出る。キャロルもそれに続いて這い出た。
「う、うへェ……」キャロルは不幸なことに、死体の手を踏んでいた。
戦いの痕がそこにあったのだ。死体の山と、銃弾が空けた穴だ。左後ろの階数表記盤には、「8階」と書かれていた。

弁天は誘われるように、ひょうひょうと、バロック洋館建築風大ホールの真ん中へと歩いた。伸びる二本のカーペット敷階段には死体がごろごろ転がっている。有名な絵画には血痕が掛ってかつての美しさはない。頭上を蓋するのはきらめくシャンデリア。そしてボロボロの彫刻群。そのどれもが、荘厳で、弁天を圧倒する。

それでも真っすぐ前を見ていた。面と向かって、鉤爪の持ち主と顔を合わせる。

「……カワイイじゃん……君……」

「………………」

可憐な人形の様だった。夢を集めたようなピンクのフリル、ワイングラスをさかさまにしたような大きなスカート。履いているぽっくり下駄めいた大きなブーツには、あちこちに薔薇のモチーフがあしらってあり、その姿はあたかも弁天の裏返しだった。

白い、ゴスロリ。

「だけどボク、ゴシックの精神って闇夜と思うんだよね。おっぱいでけぇのも……気に食わねえ」「…………」

さることながら、ただ夢を集めた生き物ではない。ロリータ服にはあからさまに返り血である飛沫の痕が存在し、そもそも指先は鉤爪だ。手の甲には小型の丸鋸を付けている。顔だって、口元がガスマスクで覆われている。

「つまり君が刺客なんだね。順子を殺して、今度はボクらをガントレットで真っ二つにする魂胆か。いいだろう」

弁天は右手のライフルをキャロルの方へと投げる。「それ、持ってきな」キャロルはぎりぎりキャッチした。重みが腕をつたう。「……わかった」

左手のライフルを背中に納める。取り出したのは、カランビットナイフ。派手な色をして、苦無に似た見た目で、メリケンサックを構えるようにして握るのだ。拳を使った格闘術に、さらに刃の威力を足す、派手好きの弁天にとってはこれ以上とない近接武器である。

「ボクが相手する。言っておくけど、180秒経つまでは、キャロルへ一切手を出すな」「…………………」「喋れよ」「…………」

弁天はキャロルへ視線を送った。彼はその意味を理解すると、銃を聖職者が祈るように持ちながら、そろり、そろり、白ゴスの殺し屋の横を通って、階段を上った。「……」特に危害は加えられない。そいつはじっと、弁天を睨んでいたのだ。「……………三分の一」「は?」「……………それ以上かけないよ…………」「偉い自信じゃん」

白ゴスは電動丸鋸を回転させる。火花が散る。対する弁天は構えを固定する。程よい緊張が背筋を走る。

「君、名前は?」「…………ヒナギク」弁天はにやりと笑う。「ボクはベンテン。一目でわかるよ。これまでの連中とは違うって事。……ま、最後の刺客がそんな服着てるって事は君もアイツに雇われたんだろうね」「…………」
「黙ってようが、ココから先は踊れるだけ踊ってやるさ——」小さい身振りで挑発する。「——かかってきな」

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コインいっこいれる